ゾンビとエルフ 4

 剣、槍、斧、槌、他にも短剣や手甲など冒険者が振るう武器には様々だが、その中でも遠距離武器である弓を得意とする冒険者はかなり少ない。

 理由は単純で、多くの人が弓を使うくらいなら魔法で十分と考えるからだ。


 弓を戦闘で実用するには、相当な訓練が必要になる。剣や斧なら下手でも振るうことは出来る。だけど弓だとそうはいかない。下手くそが放った矢なんて、力任せに放り投げた棒切れよりも遥かに殺傷能力が低い。


 習得が難しいという点は魔法も同じだけど、魔法の方が弓と比べて利便性に優れる。

 弓の手入れや弦の調整、矢の調達のような手間がなく、覚えてしまえば身一つで扱える魔法は冒険者に好まれやすい。才能や学ぶ機会の有無に大きく左右されるとはいえ、後衛の攻撃手段としての魔法は実に便利だ。攻撃の仕組みや軌道は魔法毎に多種多様、有効射程にしたって弓に負けず劣らずの広さ。

 口の悪い冒険者の中には、「弓術なんて田舎者の狩猟技術、パーティの後衛は魔法使い以外あり得ない」と吐き捨てる者もいるくらいだ。


 たしかに魔法は凄い。シルフを始め一流の魔法使いを沢山知ってる私には、乱暴にこう断言したくなる彼らの気持ちも理解出来なくはない。

 ……だけど、それでも弓術を極める冒険者は少ないながらいる。そいつらの実力も知っている身からすれば、弓が下位互換の弱小武器だなんて絶対に言えない。


 特にエルフの冒険者が主に扱う優れた弓術体系。あれを軽視できる者なんて、よっぽどの強者かよっぽどの三下くらいなもんだ。


 ゾンビですらおののくこの窮地、脱するには託すしかない。エルフが誇る文字通り人並み外れた技術、ヴェルデの背負った長弓と矢の真価に。




 吹雪く空を舞いながら獲物を見定める飛迅竜ワイバーンの群れ。翼を広げ飛び交うその姿は実際よりも大きく、そして威圧的に見える。

 竜種の中でも、特別飛ぶことに特化した体躯を誇る飛迅竜ワイバーン。その筋張った見た目通りの高速飛行と群れでの狩りを得意とする、強靭かつ狡猾な魔物。

 その上で更に厄介なのは、群れで行動を共にする点だ。


 私も何度か飛迅竜ワイバーンの討伐依頼を受けたことはあるけど、その度に悪戦苦闘の記憶が更新されていく。一度だけだが、逃げられて依頼クエスト失敗したことだってある。

 強いのもさることながら、それ以上に厄介で私にとって苦手な魔物。しかもそんな相手に圧倒的不利な環境で襲われる。

 これぞ、最悪中の最悪。


 ただ二つ、私たちにとって有利な点もある。一つは私にとってこの飛迅竜ワイバーンの群れは立ちはだかる障害であって目的ではないってこと。そして、もう一つは──


「──ちっ!!」


 ヴェルデは背負った弓を素早く構え、矢筒から取り出した矢を据える。流れるように華麗な一連の動作には、重装備による動きの抑制なんて微塵も感じさせない。一体どれほど訓練を重ねれば、これほど無駄を削いだ動きが出来るようになるのやら。

 技量だけなら十分『金級ゴールド』に達してるというダリオルの評価は、やはり節穴ではなかったようだ。

 エルフの弓術にそこまで詳しい訳じゃないけれど、この動きだけでヴェルデの卓越した技量は透けて見える。

 遠距離攻撃手段に優れる仲間がいる。空を飛ぶ敵と相対した時、これ程頼れることはないね。


 そう、もう一つの私の有利。今、私は一人じゃないってこと。


 ヒュッッ──


 鋭く空を押し進む心地よさすら覚える快音。強く引き絞られた弦から射られた高速の矢は、吹雪く風をものともせず目標へ直進し、正確に飛迅竜ワイバーンの頭部に衝突した。


『グ、──ガアァァ!!』


 苦悶に満ちた鳴き声。敵から距離を取るための牽制の一射なはずだが、ただの牽制以上の効果を発揮している。

 固い外皮と骨格を持つ飛迅竜ワイバーンには、「刺す」矢による刺突攻撃はあまり有効ではない。だからヴェルデは固く重い矢じりを使った「突く」矢での殴突攻撃によるダメージを狙った。いくら強靭な飛迅竜ワイバーンといえど、こんな風に頭に直撃すれば死にはしないまでも相当に効くはずだ。


 重い矢じりによる軌道のブレをものともせず、急所である頭部を正確に射つ手腕。有効な攻撃手段を即座に判別し選択する冷静な頭脳。強烈な攻撃に敵の群れが怯んだその一瞬の隙をついて、私の元まで逃げ戻る行動の速さ。

 安易に前衛である私から離れた軽率さを差し引いても、後衛弓手として完璧に近い動き。


 うーむ、凄い。……やるなぁ。


「……どうする!? 流石にこの状況でやりあうのは得策とは思えない。退くか?」

「ぐぅうん……」


 逃げの判断は冒険者にとって、常に持っておくべき選択肢の一つだけど、この状況だとなぁ……。

 正直、この状況下だと逃げる方がリスクの高い選択な気がする。足元の悪いこんな場所で逃走した所で、背後を付かれて痛い目を見るだけに決まってる。

 それに比べれば、撃退に賭けて抗う方がよっぽど安全策だ。


 それに、今のヴェルデの腕前を見て、それなりに分の良い策も思い付いた。


「……俺一人だと、こいつらを撃退するなんて流石に手に余る。ゾンビ、お前に遠距離攻撃の手段があるのか?」

「ぐぁいぐぉ」


 私の武器は手斧。一応投擲という遠距離攻撃の方法はあるけど、予備も合わせてたったの二本じゃそのやり方は使えないも同然。

 そもそも、こんな状況下で飛んでる相手に手斧を命中させる繊細な技術なんて、私にはない。


「じゃあ、どうする?」

「ぐぃ、ぐぁぐぉ」

「……ぐぃ?」

「ぐぃー!」


 せめてこんな一言くらい、伝わってほしいのだけど……。


「……火、か?」

「ぐぁう!」

「それは……、たしかに火はどんな生き物にも有効だ。弓手として、もちろん火矢の準備もある。だが──それは、無理だ」


 無理、か。その理由は分かる。


「こんな雪山で、一体何を燃やす? そもそも、こんな状況じゃあ小さな火程度……」

「ぐぃーあ、ぐぁうぐぉ」


 いいや、ある。こんな吹き荒ぶ冷たい風の中でも着火した火が消えない、優秀な可燃物が。


 そう、ここにある。ヴェルデ、あなたの目の前ね。

 腐った手で胸を叩く私を見て、ヴェルデは青い目を丸くし、そして一呼吸おいた後に黙って頷く。


 よし、伝わったっぽい…かな。そうそう、こういう以心伝心な感じこそ、私の望むところだよ。

 たとえヴェルデが寡黙で、人も亜人もまとめて避ける厭人的な傾向の性格だったとしても、その理由に皆目検討が付かなかったとしても、私が彼と仲間になれない理由にはならないよね。


 パーティ仲間の信頼関係って、そういう個人の好みから超越してるところにあると思ってるし。 

 ふふ、ちょっと意図が通じたくらいで浮かれる当たり、やっぱり私は根がポジティブだ。なんだか、巧くコンビネーションが取れる気がするね。



「ぐぁーうぅ!! ぐぅあー!」


 出方を伺い付かず離れずでこちらの様子を窺う飛迅竜ワイバーン達。そんな敵の懐に、荷物や装備をなるべく外して歩み寄る。まるで…火に入る虫の様に、出来る限り迂闊に喧しく。


 かの英雄『覇天』のバルバロの伝記みたく、舞い飛ぶ無数の飛迅竜ワイバーンを相手に単騎で無双するなんてことは無論出来ない。けれど、囮と引き付けの役割ならどんな英雄よりも上手にこなせるさ。

 これこそ『不死』たるゾンビの本領。一流の囮に惹かれたか、火に入る虫に飛迅竜ワイバーン達が近寄ってくる。


 ふふっ、火に入る虫、か。我ながら……上手いこと言うね。


「──ぐぃぐぁあっ!!」


 ──ドスッ!


 私の号令でヴェルデが放った矢は、狂いなく標的の腕に突き刺さる。その矢は、火矢。矢先に結ばれた油紙に火を点した、小さな種火。

 一流の弓手の強みってのは、この無数の手札による対応力かもしれないな。技術さえ確立していれば、切る手札によってどんな敵や状況にも有効な手段を選択出来るこの柔軟性こそ、魔法使いを凌ぐ後衛射手の価値。ヴェルデの強さだ。


 ボッッ!!


 種火が可燃物に移り、燃え盛る。


 そう、ゾンビが激しい勢いをもって炎上する。


 私に向かって滑空して来てた数匹の飛迅竜ワイバーンは、突然の獲物の発火に完全に虚を付かれ、動揺し、踵を返して逃げ去っていく。それ以外の連中も、当然私へは近付けない。

 これから喰らってやろうと思っていた獲物が突如炎上して、臆さずいられる生き物が果たしているだろうか? 

 いくら高い知能と警戒心を有する竜種でも……いや、有するからこそ、この想定外からは一目散で逃げさるさ。


 私の身体はよーく燃える。恐らく身体の大部分が死蝋の様になっているからだと、『灰兎の窖』の魔法使いの一人から聞いたことがある。

 大雑把に言ってしまえば私の身体は巨大な蝋燭みたいなモノ。

 体内に火を取り込めば爆発するが、体表に火が灯れば燃え上がる。それなりに連れ添って来たからこそ分かる私の身体の特異な仕組みだ。


 私はこの奥の手の「技」を、「炎上」と呼んでいる。


 燃え盛る炎から逃れようとするのは、あらゆる生物の本能。強靭さも素早さも関係ない。撃退するだけなら、炎ほど有効な手段はそうそうないだろう。

 いやあ、ヴェルデが優秀な弓手で助かった。火矢用の油と火打ち石を持っているのは、彼が準備を怠らない優れた弓使いである証拠だ。


 炎が身体を焼き尽くそうとする。ゆっくりと焦がし、溶かし、灰塵と化す腐敗肉。だが、ゾンビの再生能力が追い付いているから、朽ちることはない。焦げ朽ちるのは、身に付けている衣服くらいなものだ。

 無限の蝋に火が灯り、その炎は決して衰えることはない。パチパチと鳴る火の粉の音が小煩く耳につんざくけれど、不快感といえばそれくらいだ。熱さも痛みも、もちろんない。


 燃え盛る得体の知れない存在に集る飛迅竜ワイバーンは、もう一匹たりとも残ってはいない。所詮は読みやすい本能沿いの賢さ。手玉に取るのはそう難しくない。


「……ゾンビ! だ、大丈夫……なの、か? それ」

「──………」


 声が一切出ないので、遠巻きで目を見開き口をパクパクするヴェルディに向かって炎を纏いながら頷く。


「………いや、なんというか、ゾンビの特異さはよく分かったよ……うん」


 呆れと困惑の顔が炎の向こう側に見える。というか、若干引いてるな。

 とりあえず、もう当面の危機は去った訳だしこの火を消そうかな。幸い──


「まず、その火を消そう。……その状態じゃ近寄ることすら出来ない。幸い、水気は周りにいくらでもある」


 私の考えそのままを写したかのように語るヴェルデ。やっぱり、言葉なんてなくとも伝わるものは伝わるね。

 ふふっ! この燃え上がる火の如く、根っこのポジティブさが身体からみなぎってくるようで、良い感じだ。


 この調子で、このまま依頼クエストも達成して、パーティとして絆も育んでいこうって気がメラメラ湧いてくる。

 ヴェルデも同じ気持ちのはずだ。だってあんな気恥ずかしそうに顔を背けて、頬を赤らめているんだもん。


 きっと私との完璧なコンビネーションを感じて、照れているのだろう。

 ぐっふっふっ! そうに違いないね。

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