ゾンビとエルフ 1

 このフィラム大陸には人でもなければ魔族でも、もちろん魔物でもない、亜人と呼ばれる種族がいる。


 エルフ、ドワーフ、ホビット、リザードマン……あとはそう、ゾンビとか。

 見た目が大きく異なる彼ら亜人種は人間にとって、「人」ではない「人」。今ではそれなりにアルテミア統一王国に紛れて存在している異物達。


 そもそも亜人とは、かつての大戦において魔族として敵対しなかった知性を持つ人外種のことを指す…らしい。反対に、敵対していた人外種達を総称して魔族と呼ぶ。

 つまるところ魔族と亜人とは、「人」ではないという点で共通していて、人間から見たら敵対しなかったこと以外に差異はない。

 顕著な例を上げるならば、エルフとダークエルフだろうか。エルフという亜人種とダークエルフという魔族、この二つに生物種としての差はない。見た目も中身も、何もかも。

 人類という大戦の勝者が、敵と敵でない者に区別しただけの差。しかしこの差こそが、今の世において絶対的な差なことは疑うべくもないことだ。


 エルフもドワーフもホビットもリザードマンも、そして一応ゾンビも、この国では「人」と同じ権利を持つ。大戦後の政の思惑は知るよしもないけれど、兎に角アルテミア統一王国では亜人に対しての権利尊重を殊更謳っている。歴史書によると、『八戦雄』の一人である『必中』のガルダが亜人の地位向上に一役も二役も買ったらしい。

 私が冒険者をやれているのも、そんな冒険者の枠組みの中で『冠付き《クラウン》』という最上級の肩書きを貰えてるのも、この亜人尊重の国家思想のおかげだ。

 あやからせてもらってる身としては、頭が上がらないくらいには有難い。


 ──だけど、じゃあ亜人が人間の群れの中でなんの差別もなく暮らしているかと問われれば、もちろんそんなことはない。


 見た目が違う。生き物としての仕組みが違う。異物の中でも特に例外な私には縁の無い話だけど、文化だって大いに違う。

 いくら国家規模の政で矯正しようとも、個人感情まで曲げることは出来ない。そもそも埋めがたい生物差があるんだから、差別感情だってそりゃ生まれるさ。

 そしてそれは、多数派側にとっても少数派側にとっても同様の話。


 別に私は種類差別なんて小難しいことに興味はない。どうだっていいことだ、そんなの。

 ただ、願わくば私の容姿に差を見出だす者がいなくなってほしい、とは思う。

 だって、そうであれば──もしゾンビの腐った肉体が普遍的な個性の一つであったならば、私の求めるモノはとっくに手に入ってただろうしね。


 ああ、腐ったはぐれ者の亜人すら心から仲間に迎え入れてくれる度量の深~い冒険者。はたして何処かにいないものかな……。




 ──さて、この幾多な雑踏がこだまする城下町で、今の私以上に腐った存在などいるだろうか? ……いや、いないね。


 身体はいつも通り腐ってるし、その上今は心まで腐っている。どんな生ゴミや残飯でも、心まで腐ってるモノはないもの。

 いくらゾンビとはいえど、気力が削がれることはある。前向きを心掛けてはいるが、無尽蔵の体力と比べて気力の方は無敵じゃないからね。


「ぐあぁぁ~っ」


 ため息すら、いつもより腐敗してる気がする。フード付きの外套を羽織っていても、隠しきれない腐敗の気配と弱った心。


「アララ、さしものゾンビもへこみ気味ジャンか。グレンのバカもゾンビが不貞腐れてるってぼやいてたケド、アイツの冗談ってワケじゃなさそうだネ」

「ぐぅう」


 身の丈ほどの杖に顎をのせ、変化の乏しい表情で苦笑いをする。案の定、頭の出来も視野の広さもグレンより上のシルフには隠せなかったようだ。

 そうだよぅっ! いくらゾンビだって、これだけ上げては落とすを繰り返されたら心の方がボロボロだ。身体の方ならいくら傷付いても数分あれば完治するけど、心の方は身体ほど丈夫じゃないもん。


「才能ある若い魔法使いをギリギリで取り逃したんだっけ? 腐る気持ちも分かるケドさ、ギリギリまでいった進歩を誇ればいいデショ。ホラ、荷物持ちの駄賃で何か奢ってあげるからさ、機嫌直しなヨ」


 うう…相も変わらず、グレンみたいなガサツで粗野な野郎とは別次元の存在だ。抑揚の無いシルフの言葉の一つ一つが女神様の囁きみたいに耳を撫でる。女神様なんて、会ったことも話したこともないけどさ。


 私は今、シルフの付き添いで城下町の道具屋で買い物をしている。『灰兎亭』のいつもの席で項垂れてた私に、「暇なら手を貸してヨ」とシルフが誘い出した形だ。

 実際貸す手が必要な程、シルフの買い物は量が多い。魔法使いは防具や武器の買い替えが少なく済む反面、こういう出費は大きい。ゾンビの手も借りたい気持ちも頷けるってもんだ。


「ぐぁぐぃがぐぉう。ぐぃうぐぅ~!」

「ハイ、どういたしまして。それにさ、相手も悪かったと思うヨ。貴族はボクら根無し草と違って、多彩なシガラミで雁字絡めだからネ。背景にどんな事情があるか分かったモンじゃないし、固定パーティとして信頼するには些か安定さに欠けるカナ」


 流石は元貴族。考えることが私なんかより一歩も二歩も深い。

 ワケあって地方の小領主の家を捨て、出奔した貴族崩れ。かつて彼女が私との自己紹介で語った、私の知るシルフという人間の背景の全て。彼女があらゆる教養に優れているのも、この過去の遺産故だろう。

 これ以上の過去をこちらから掘り下げる気は一切ない。興味が無い訳じゃないけど、誰だって踏み込まれたくない領域はある。そこを覗き込まないのは、冒険者流の親しき仲での礼儀ってものだ。


「ン、こんなものカナ。なかなか良い買い物が出来たネ。ホラ、このナイフとか、結構な上物だヨ。魔物の解体とかで便利カモ。ウチの男共はガサツだから、後衛でも持ってて損はないデショ? あと、このランタンとかも良い感じじゃナイ? 単純に、形状と見た目がサ。ほら、お洒落だ」

「ぐう、ぐぃいぐぁんぎぃ」

「うんうん、肯定してくれてるのは分かるヨ。オジサン、彼女が持ってる商品全部買うんで、お会計お願い」


 シルフは表情にこそ出てないが、気を良くしたように数度頷き、道具屋の店主に声をかける。


「ははは! こんな買ってくれるなんて、相変わらず冒険者は気前がいいねぇ。シルフさんは上客だから、会計に色を付けておこうかな」

「ソレ、金持ちだからぼったくるって意味?」

「いや、冗談冗談! そんなことしたら後が怖い。安くしときますよ」


 ひょろりと長い身長を弓の弦みたいにしならせて、あまり面白くない自分の冗談に高笑いする男。鼻下の髭を小綺麗に揃えたこの中年男性が店主であることは、馴染みの客のシルフはもちろん、私だって知っている。

 品揃えと安さで地味ながら評判の良いこの店は、冒険者にとってそれなりに御用達だ。あまり店を利用しない私ですら、何度か来たことがあるくらいには。

 ただまあ、店主の方は私を覚えてはいないだろうな。なにせ私は、町へ赴く時は常に全身をスッポリ覆う外套を纏っているからね。


「それで、そっちの荷物持ちのお方。君ひょっとして亜人かい?」


 ──って、あらら? まさか気付かれるとは。輪郭だけなら人間そのものの私がこの外套を着込めば、基本バレることなんてないんだけど。……臭いがキツかったのかな? 一応町へ出る時はいつも香草や香水をしこたま利用して、体臭に気を使ってはいるんだけど。


「……ウン、そうだヨ。ウチのギルドにはそこそこ亜人がいるんだケド、オジサンは亜人否定派?」

「あ、いやいや! そ、そんなことはありませんよ、ホント。ボク的には、お客は皆等しく大事な商売相手ですから。亜人さんも、遠慮せずいくらでも買っていって下さいね」


 私に向けて営業トークを投げ掛けて来る店主の顔は、やはり何処かぎこちない。

 これはまあ、仕方のないこと。『灰兎亭』で何度も経験した、善良な一般市民が初見のゾンビに向けるありがちな反応の一つだ。むしろ追い出されたりの過激な拒否反応を示されなかっただけありがたいくらい。


「いやあ、ははは…最近は町で亜人さんを見かけることが増えましたからね。未だに亜人を認めない頭の硬い変わり者、そうは居ませんよ。まあ、その少数の化石頭が過激な事件を起こしてることも事実なんですが……。亜人さんも気を付けてくださいね」

「……」


 声は出さずに、こくりと一つ頷く。今思うと店主が私を亜人だと気付いたきっかけは、多分話し声だな。久々に町へお出かけしたせいかつい気にせず喋ってしまったけど、こんな人ならざる声じゃそりゃバレても不思議はないな。


「お買い上げありがとうございます、またのご来店をー!」


 店主の年齢の割りにハツラツとした声を背に店を出る。荷物はもちろん使いの私が殆んど持っている。量が量だけに、気を抜くと腕が肩から外れそうなくらい重い。気を付けなきゃ。


 シルフは明後日の方を見上げながら、額を指で軽く叩いている。何か、考え事でもしてるのかな?


「ねぇねぇ、ゾンビ。ゾンビってまだパーティメンバー探し、諦めてないんだよネ?」


 もちろん、諦めてなんかいない。確かにさっきまでは不貞腐れてたけど、あんなのは一時的なものだ。それに、シルフの買い物に付き合うことで少し気も晴れた。もしかするとシルフは、私のことを気遣って誘ってくれたのかもな。うん、シルフの性格を考えれば、十分あり得る。

 ガサツなグレンと堅物なバルストイ、そんな二人とパーティを組めてるだけあって、細かいところに目が届く冷静沈着かつ心温かい才女。子供みたいな体型に反して、尊敬に値する成熟した人格。ほんっと、感心するくらいに。


「ぐぁう」

「ならサ、ボクにチョット良い案が思い浮かんだんだけど。ホラ、さっきの店主の話を聞いてサ」

「ぐぃいがぁん?」

「そう、良い案。ゾンビってやっぱり、亜人だから避けられてるトコあると思うんダヨ。だから、その考えに沿ってさ──亜人だから避けるって発想がない相手、つまり同じ亜人を仲間にするってのはどうカナ?」


 ……うん。シルフの案は、尤もだ。実は私も同じ考えに行き着いたことがある。

 ただ、その案には決定的な問題があるんだよね。


 そう、当たり前といえば当たり前だけど、亜人は同種族ですぐにパーティを組む傾向にある。だから今パーティを組んでいない亜人の冒険者が一人もいないという根本的な──


「一人、心当たりがあるヨ。まだパーティを組んでない亜人に」


 ……へ? そう、なの? 私には全くないんだけど。結構周り、気にしてたつもりなのに。


「まあアイツ、自分がエルフなことを隠してるみたいだケドね。冒険者の中で気付いてるの、ボクだけしゃないカナ」


 へえ、シルフがそこまで言うなら事実なのだろう。こういう視野の広さなら、私自身よりもよっぽどシルフの方が信用出来る。

 よし、シルフのおかげで私の肉体以外の腐敗はバッチリ完治した。ふふふっ! 再起したゾンビの行動力の強さ、しかと見せてやらなきゃねっ。


「ンじゃ、頑張って。ホラ、とりあえずこれあげるから。今日のお礼、こないだ壊れたって言ってたランタンの代わり。だから、ボクん家までしっかり荷物持ちしてネ」


 洒落たランタンをかざしながら、笑ってるか否かの瀬戸際みたいな顔で微笑むシルフ。

 彼女を観察していれば、無表情と無感情が全くもって別モノなことがよく分かる。


 無表情だけど、明るく楽しく何より気配り上手なシルフの好意。喜んで甘えさせてもらおっかな。

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