ゾンビと公爵令嬢様 4
『灰兎の窖』の冒険者には、一流の魔法使いが沢山いる。
貴族だったり、元貴族だったり、ただ天才なだけの庶民だったりと様々だが、彼らに共通して言えるのが、皆冒険者としての魔法の使い方を大なり小なり心得ているってことだ。
一流冒険者であり一流魔法使いでもある彼らとフィルティを比較すると、彼女の冒険者として未熟な点がいくつも浮かぶ。
一つ、仲間を意識した掛け声がない。
魔法には本来これといった予備動作が殆どない。だからこそ、仲間との連携を取りやすくする為、どんな魔法を使うか予め仲間に伝えなければならない。
仲間との行動を前提とする冒険者である以上、この気遣いは必須だ。シルフはもちろん、リーゼですら暴走してさえなければ出来ていたことだ。これを意識していなければ、仲間を大規模魔法に巻き込んでしまう恐れだってある。
二つ、魔法で行う必要のないことまで魔法で補ってしまう。
魔法は決して無限の力ではない。むしろ単純な体力とかよりもよっぽど枯渇しやすいと、うちのギルドの魔法使い達はぼやいてる。
だから足元が覚束ないから魔法で浮いたり、辺りが暗いから灯りを魔法で代用したりなんてのははっきり言って冒険者の使い方ではない。
貴族が魔法の実技で行うならそれでもいいのかもしれないが、今は違う。冒険途中で魔力を尽きさせるなんて魔法使いとして論外…らしい。
三つ、敵と対峙しても後衛の位置取りをしていない。
リーゼのような近接戦闘にも長けた魔法戦士でもない限り、基本的に魔法使いは前衛の味方の後ろにいるべきだ。
だから今のような場合、フィルティは私を盾にするような形で後ろに位置しておくべきなんだ。
これに関しては例外もなくはないが、私というゾンビがいる以上、危険は私が一手に背負うのが安全策なのは間違いない。
やっぱりフィルティは、貴族の優れた魔法使いであって冒険者ではない。少なくとも、今はまだ。
……でも、フィルティの魔法使いとしての姿勢は嫌いじゃない。彼女は自分で「魔法使いは才能」と呟いていたが、それは違う。
魔力という土台の素質は確かに才能だし、私にその才能は皆無だった。でも、魔法はそれだけじゃない。術をどれだけ身に付けたか、身に付けた術をどう先鋭化させたか。そこは努力の領分だと、シルフにそう教えられた。
己を天才と称するけど、数多の魔法を学んだと誇り、その技術を見せびらかせたがるフィルティの姿は、まさに努力の結晶そのものだ。
有り余る自信に見合うほどの能力を、努力による研鑽で磨き抜く。幼さも、生まれの有利も、手を抜く理由にはしない。貴族が己を高貴足らんとする為の努力。
うん、やっぱり私はフィルティのことが好きだな。
彼女の幼い憧れ、竜種の討伐。きっちり叶えてあげたい。そして──
私のことも、好きになって欲しいっ!!
「おーっほっほっほっほ!! 竜退治ですわ、竜退治! このフィルティス・リヴィアの栄光の足掛かりとなれることを誇りに思い、潔く散りなさい。
フィルティの自己陶酔極まる名乗り上げに返事を返すはずもなく、
閉所での
鞭の如くしなる長い舌で敵を叩き付ける。その巨躯を利用した体当たりや押し潰し。そして──
フィルティを庇う形で前に進む。この攻撃、私以外がまともに受けてはいけない。
ブシャアァァッ!!
「な、何をやってるの!? そんな軽率に前に出て! ひぃ、
「ぐぇいぎぐぁうぉ~」
「……平気そう、ですわね。ああ…本当に、『不死』たるゾンビの名前は伊達ではないのね。心配して損した気分ですわ」
浴びれば戦闘不能で済めば御の字、最悪その場で死んでもおかしくはない
確か、食べた物を体内で毒へと変換するからその度に毒の成分が微妙に異なるってのが理由らしい。ちょっと前、学者崩れの冒険者から聞きかじった話だから、信憑性は定かではないけれど。
と、兎も角だ。他の竜ならいざ知らず、私が
これこそが、私がフィルティの
「わたくし、防御魔法で自分の身くらいは守れますわ! だから私のことは気にせず闘って下さいまし。でないと、わたくしの美技たる魔法を見ているだけで終わってしまいますわよ!?」
「ぐぁーい!」
少し、見くびってたな。ちゃんと毒の対抗手段は考えていたのか。魔法使いとしての技量だけなら、本気でシルフを越えているかも。
私が前衛で巧いこと立ち回っていれば、フィルティがいい感じに活躍しつつ勝てそうだな。
フィルティがもっと後衛に下がって安全圏内から攻撃に徹していればもっと安定した勝利を得られそうだけど、彼女に後退の意思は微塵もない。
「ぐぁう! ぐぇあ! ごぉう!」
非力な私でも扱いやすい、小型の手斧を振りかざして応戦する。私の胴くらいある脚へ向けて一閃、二閃、三閃。
筋力に乏しく器用な動作も出来ない私にとって、振り下ろすだけでそこそこ威力の出る手斧は相性抜群だ。
グレンのような流麗で洗練された近接戦闘なんて私には無理。無骨で雑なごり押しこそがゾンビの華。技量頼みのカッコいい戦闘は他の誰かに任せればいい。適材適所って、大事だね。
私の攻撃への必死の抵抗とばかりに毒を吐きかけ何度も舌を叩き付けてくるが、こんなもの
首と左腕が変な方向に曲がり、おでこが少々へこんだだけ。なんてことない。身体中ベトベトの吐瀉物まみれにされたことのほうがよっぽど堪える程度の被害だ。
お互い様だが、この程度じゃ
「おー……、ほっほっほ。準備は万端。さ、さあ、見るが良いですわ! 竜すら屠る、紅蓮の焔纏いし星を! わたくしのように燦然と輝く巨星、このフィルティス・リヴィアが誇る最大攻撃魔法を!!」
「ぐぁ、ぐぁぐぁい……」
うちのギルドの酒飲み達とは違った意味での酔いを感じる前口上はさておいて、大言壮語に見合うだけの魔法を、フィルティは放とうとしている。
彼女自身よりも大きな燃え盛る火球が、フィルティの頭上に構築されていく。まるで小さな彼女の内に秘めた魔力が、その一ヶ所を目指して集まっていくかのように。
こんな魔法、そうそうお目にかかれない。
本当に凄まじい! 直撃すれば、いくら頑丈な竜種でもひとたまりもないね。
──そう。直撃、すれば。
私の懸念事項はたった一つ。
酒が飲んだらなくなるような、雨雲がいつかは枯れるような、摂理のような必然の訪れ。
「お、おーほっほ……おほっ、ほっ! ふぇっ。あ、あれぇ? ど、どうして、魔法が……へふぇ?」
フィルティの頭上で燦然と輝いていた凄まじい力の塊は、蝋に灯した火みたいに弱々しく消え失せた。
──そう、魔力切れ。冒険者の魔法使いが絶対にやってはいけないことの一つ。
無から有が生まれないように無限の力なんて存在しない。体力が人の身体の内の力だとすれば、魔力は人の心の内の力。枯渇すれば疲れるし、足りなくなれば魔法は使えなくなる。
使い過ぎれば、今のフィルティのように倒れて動けなくなることだってある。
「ど、どうして? あんなに魔法の訓練したのに! 魔力切れなんて、今までそんなミス一度だってしなかったのに。なんで、なんで今なのよっ!?」
何故か、理由は簡単だ。冒険の中で魔法を使うのと、練習で魔法を使うのとでは、魔力の減り方が違う。魔力とは心の力。心の有り様が大きく関わってくる。
興奮すれば消費が早い。臆せば上手く消費出来ない。心を安定に保つ技術だって大切なんだ。
割と堂々と安定した振る舞いに見えたのだけど、心の内はそうではなかったらしい。初めての冒険だもんなぁ…そりゃそうか。
魔法は便利で強大な力。それは使えない私だって知っている。だけど、万能でも簡単でもない。
魔法使いって……難しい。
──グァオオオゥ!!
「う、うぅ……、うえぇええん。ぐっ、ひっぐ。まだ、まだやれるもん……」
恐怖……じゃないな。あれは悔し涙だ。想定よりも巧く出来なかった、自分への。
フィルティに言ってあげたい。このミスは、私の責任でもあるって。
彼女の気丈さで固めた表面上の振る舞いから、魔力量のキャパシティを見誤ってしまった。くそぅ、情けない。パーティ経験の乏しさがはっきりと出てしまった。
私もフィルティも、失敗した。でも、失敗したからといって終わりじゃない。反省なんて後でいい。そう、勝ってからでいいんだ。
例えどんな失敗が起きようとも、万に一つはやっぱりないんだよ。
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