ゾンビと公爵令嬢様 3

 旧魔王領との境界付近にある亜人自治区の一つ『エルフの里』の外れにある洞窟。フィルティと共に今回受注した依頼クエストは、この洞窟に住み着いた毒鱗竜ヒドラの討伐依頼だ。


 業炎竜サラマンダー飛迅竜ワイバーン程の厄介さはないが、魔物の中でも最大級の危険度を誇る竜種には違いない。はっきり言って、討伐依頼の中でもかなり難しい部類だろう。

 片方はリーゼたち以上に純然たるビギナーの出来立てホヤホヤパーティが、何故こんな危険な依頼クエストを受けたかというと、フィルティが頑として譲らなかったからだ。


 『銅級ブロンズ』以下の『名無し《ノーネーム》』でしかないフィルティは冒険者の規定上、旧魔王領内での冒険は出来ない。

 貴族のお偉いさん方が定めたルールだが、冒険者である以上貴族にだって当然適用されるのだろう。

 自信たっぷりのフィルティはその事に不満を漏らしつつも、「なら、わたくしに出来る一番華やかで難しい依頼クエストにしますわ」と気を取り直し、毒鱗竜ヒドラ討伐の依頼書を手に取ったのだった。


 はっきり言って厄介な依頼クエストだ。誰でも制限なく受けられるのにまだ未受注だったことからも、この依頼クエストが敬遠されてたのは明らかだ。


 ──多分もう少し放っておけば、アリアから直々に受注をお願いされただろうな。


 それでも、私が敢えてフィルティの決断を黙認したのは、彼女に異を唱えられなかったからってだけじゃない。

 私はフィルティに活躍してもらいたいのだ。活躍することで有り余る自信に成功体験が加わり、より確固たるものになると考えている。

 その為には、簡単な依頼クエストよりもこのくらい難しい依頼クエストを成功させる方が、より効果的だ。


 なぁに、きっと平気だ。私はフィルティの実力を高く見積もっている。リーゼやクローディアよりは一回りくらい上じゃないかと予想している。

 それに何より──




 ゴツゴツと隆起した岩肌に、独特の水気をもった滑りが加わり歩みを阻む。洞窟内は非常に暗く、ランプがなければ目の前のフィルティの姿すら見えないことだろう。

 人が通るには充分過ぎるほど空間が広いって点だけが唯一の救いだ。


 まあ、このくらいの広さはないと、人より何回りも大きい毒鱗竜ヒドラのねぐらにはならないか。


「あ、わ、わ、あ、あぶっ、きゃあっ!」

「ぐぁあっ」


 フィルティが案の定足を滑らせ転けそうになる。もちろん予想の範疇だったので、私が支えて(私の)身体が崩れないよう優しく受け止める。

 こんな人が通る想定のない自然洞窟で転けたりなんかしたら一大事だ。


「うっ、た、助かりましたわ。感謝します。全く……こんな歩み辛い洞窟に住み着くなんて、迷惑千万な魔物ですこと! 誅してさしあげねばなりませんわねっ」


 確かに歩み辛くはあるが、そこまで足元が覚束ないのは靴のせいではないだろうか? 高価なのは一目で分かるが、冒険向きかと言われれば、お世辞にも向いてるとは言い難い。

 そもそも、フィルティの装備は何れも冒険向きではない。頑丈で見映えの良い装備を片っ端から身に付けた、例えるなら装備品に着られているかのような状態だ。


 魔法使いは軽装が基本なのに、これではまるで一騎討ちに挑む騎士のようだ。以前のドレス姿の方がまだ動きやすかったんじゃないだろうか。

 防具選びから、教えてあげるべきだったな。反省しなきゃ。


「はぁはぁ……。全く、歩きにくさも相まって、つ、疲れますわ。仕方ないですわ、ここは──」


 フィルティの小さな身体が、フワリと宙に浮く。


「ええ、そうですわ。わたくしは天才魔法使いなのだから、苦境など全て魔法で乗り切れば良いのですわ! お、おーほっほっ、ゲホッ!ゲホッ!」


 疲れた身体で高笑いなんかするから、苦しそうに咳き込んでしまってる。

 おそらく彼女が使ったのは、浮遊の魔法だ。また、ランタン頼りの私と違い、フィルティは魔法で自分の周囲を明るく灯している。


「ゾンビ、貴女は魔法は使えませんの? 魔法を使えるのなら、そんな粗末なランプなど使わなくとも宜しいのではなくて?」

「ぐぁえあいぐぉ」


 私が小さく首を横に振ると、フィルティは高飛車な笑みを見せる。


「へ、使えない? あら、使えませんの!? ふふふ! ま、仕方ありませんわね。魔法とは、才能ですもの。『冠付き《クラウン》』とはいえ、無理な者は無理ですわ」


 魔法は才能、か。確かに私には魔法を使う才能が皆無だ。

 かつてシルフから聞いた話だと、どうやらゾンビの身体には魔力と呼ばれる魔法を使う為の力が全くないらしい。種族的な特徴か個人的な問題かは分からないが、兎も角魔法はからっきし。結構練習してたから、教えられた時はガッカリしたものだ。


 ただ、私は才能から躓いた訳だけど、魔法が才能と断言されると、異を唱えたい。だって、そうじゃない事は知ってるし。


「わたくしは『百識』のカナンが築いた魔法図書館で魔導書を読み漁りましたもの。わたくしに比肩する知識を持った魔法使いなど、そうはいませんわ。貴女と同じ『冠付き《クラウン》』となる日も近いでしょう。ふふん、貴女にも、浮遊の魔法をかけてあげましょうか?」

「いぃぐぉ」


 気を悪くさせないよう、やんわりと拒否する。拒否する理由は言わずもがな、フィルティの為だ。

 ──というか、大丈夫なのだろうか?


「あら、そうですの? 無駄に困難を好む性質なのかしら。ま、冒険者らしくもありますわね。……それより貴女、竜を倒した経験はありますの?」

「ぐぁうぐぉ」


 もちろん、ある。『金級ゴールド』以上の冒険者は大抵あるだろう。その中でも、特に私は竜種の討伐経験が多い方だ。討伐依頼は比較的得意だし、敬遠され易い竜種討伐の依頼クエストが直接私に回ってくることも多いしね。


「へぇ! あるのね。凄い、凄いっ! あたし、『バルバロッサ紀行』でバルバロが飛迅竜ワイバーンの群れを一掃するところが一番好きなのよ! 今回だって、竜と戦ってみたくてこの依頼クエストを受けたくらいだもの!」


 なんか、元々不安定な口調が丸っきり崩れてるな。そんな興奮するポイントだったのかな。


 『バルバロッサ紀行』とは、『覇天』のバルバロが記した自叙伝だ。特に有名な英雄譚の一つで、あらゆる層からの人気が高いと評判だ。私もシルフから借りて読んだことがある。

 フィルティも例に漏れずこの英雄譚が好きらしい。それにしたって、それを理由に竜種の討伐依頼を受けるのは度が過ぎてる気がするけれど。


「うふふ…えへへ…、あたしも冒険者をしてれば、カナンやバルバロのような後世に名を残す大英雄になって、あんな風に冒険の軌跡を讃えられる英雄譚が書かれたりするのかしら」


 なんと壮大な野望を抱えているのだろう。皮算用が凄まじい。

 でも、この功名心はありがたいな。私にとって都合が良いし、何より好感が持てる。


 フィルティは自分の表情の弛緩と気取った口調の崩壊に気付いたのか、赤らんだ顔を隠しながらの咳払いで誤魔化す。


「──ゴホンッ! と、兎も角、わたくしは必ず竜を倒しますので、貴女にはサポートをお願いします。足だけは引っ張らないこと。ま、『冠付き《クラウン》』には不要な忠告でしょうけどっ」


 なるほど。フィルティにとって竜種討伐は一つの憧れの成就でもある訳か。


「あ、そうですわ!! わたくしの実力も、貴女に示しておいた方が良いですわね。『冠付き《クラウン》』の肩書きがある貴女と比べて、わたくしにはその能力を保証するものがありませんもの。ここでキチンと、わたくしと凡百の貴族との差を見せ付けておかなくては」

「ぐぇ?」

「浮いたり灯したり程度がわたくしの本領ではありませんとも。『百識』の魔法図書館で読み漁った魔導書の粋、無数の魔法こそがわたくしの本意気。──はぁっ!!」


 いや、見せろなんて言ってない──


 そんな私の声なき声など露知らず、フィルティの右の掌には私の頭程度の大きさの火球が浮いている。そして左の掌には、同じくらいの大きさの水の塊で出来た球体。

 気合いと共に、二つの球体が洞窟の壁にぶっ飛んでいき、轟音と砂埃を上げて衝突する。


 凄い威力では、ある。称賛に値する技量だとも、思う。でも、たかが自己顕示の為だけに、何故こんな事を……。


 騒音と衝撃を感知したのか、洞窟内の生き物の蠢く。蝙蝠は慌てて羽ばたき、鼠は鳴きながら駆けていく。見たことない魔物みたいな生き物も、脇を通り過ぎていった。

 こんな辺り全てを興奮させるような愚行、魔物の中では高い知能を誇る竜種が見逃すはずがない。


 興奮とも怒りともとれる激しい足音を響かせながら、洞窟の奥より毒鱗竜ヒドラがその姿を現した。

 長く細い舌をしならせながら、毒々しい紫色の巨体を揺らす、魔なる物。ギョロついた眼球はこちらに焦燥を掻き立てる。

 退化した翼は空を飛ぶことに適さないが、威嚇で広げた翼の威圧感は飛竜とさほど変わらない。


「おーほっほっほー!! 案の定、現れましたわね、毒鱗竜ヒドラ! わたくしの類いまれなる魔法の威力におののいて、飛び出てくると思いましたわっ。ほら、探す手間が省けましたでしょう」


 へ? 軽率な行動かと思ったのだけど、まさか、意図的だったの?

 不意打ちの選択肢をなくすこと、敵を無駄に興奮させること、この二点と手間を省く程度のことが釣り合うとは思えないのだけど。


 自慢気に鼻を鳴らすフィルティの横顔は、こんな窮地を見据えても、自信と好奇の二つで煌めき、微かたりとも陰りはない。

 貴族とは、本当に凄い。いや、ここまで凄いのはフィルティだけの個性かもな。


 フィルティのこの凄さは、正直好きだし尊重もしたい。

 だけど彼女は、冒険者パーティの魔法使いとして、いくつもミスを犯している。魔法使いとしていくら優れていても、冒険者としてはリーゼ達よりずっと未熟だ。


 その事に、いずれ気付いてもらわないと。フィルティの為、そしてパーティである私の為にも。

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