ゾンビと公爵令嬢様 1

 アルテミア統一王国が大陸の南半分を領土とする人類初の統一国家と成ったのは、今から数百年ほど前のことらしい。

 人と魔族との戦争が激化するなか、国境の元いくつもに分断されていた人間は内輪揉めを止め、その力を集結させる道を選んだ。その決断、滅びを避ける為の変化は、結果として人類を勝利に導いた。戦争の結末だけをみれば、その選択は間違いなく正解だった。

 だけど、別の……小さな争いの火種は残ってしまった。戦争が終わっても、この世から争いが消え万事平和にとはいかないものだ。


 アルテミアは王権国家の皮を被ってはいるが、その実質は複数の有力貴族が権力を賭けて権謀術数を張り巡らす貴族主義の国だ。

 王家なんてそっちのけで牙を向け合い角を突き合う、野心と功名心で出来た貴族たち。その様子はまるで、かつて魔族との戦争の為に渋々納めた内輪揉めを時代を経てやり直しているようだと、政治に聡い知り合いの冒険者が語ってたっけ。


 私たち冒険者にとって、お貴族様はある意味お客様でもある。

 依頼書を眺めていれば貴族情勢の一端が窺える。ベテラン冒険者なら誰もが知ってる金言だ。

 大陸の覇権を握り、内輪で争う余力を得た。そう、この国は貴族の国。冒険者達が積み上げてきた多大な功績も、結局は貴族の権力争いの武器に変わる。


 まあでも、冒険者にとっては、そんな政争知ったこっちゃない。私たちの冒険はお貴族様が頭で描く策謀図とは別物だ。


 貴族は冒険者に権利と金を与え、冒険者は貴族の求める成果を持ち帰る。相互関係はあるけど、見据える先は同じじゃない。

 冒険者の視線の先に在るモノは、いつだって輝かしいロマンだけ。だから私は冒険者が好きだ。いや別に、貴族が嫌いって訳ではないんだけどね。




 酒場『灰兎亭』の奥にある一室。酒の貯蔵庫の隣にある小部屋が、私の部屋だ。

 物の殆んどない、がらんどうで無機質な部屋。冒険用の道具と装備を含めた最低限の私物、あとは寝る必要ない私にとって無用の長物である寝具が一応置いてあるだけ。私がこの部屋を借りると決まった時にアリアが親切心で譲ってくれた物だから、使わないとはいえ捨てることもはばかられる。

 僅かばかりとはいえ一応は家主のダリオルにお金を払って借りている部屋なのだが、こうも活用してないとなんだか申し訳なく感じてしまう。

 まるで生活感がない。まあ食事も睡眠もとらない生き物が主なのだから当たり前といえば当たり前なのたけど……。


 私が自室を活用することなんて、物置代わりに利用するか一人静かに考え事をしたい時だけだ。


「ぐぅあーうがあーうー」


 意味のない、言葉ですらない独り言が漏れる。そう、今の私は、孤独な思考を必要としている。たまには昼夜喧しい酔っ払いの溜まり場から離れ、建設的で有益な思考を働かせたい。


 どうして、またもや上手くいかなかったのか──


 未熟なパーティに、足りない力を埋める形で加わる。この案自体はどう考えても悪くない。切羽詰まって力を求めているのなら、少々のことは目を瞑るだろうってのも、なかなか鋭い指摘だ。

 アリアの助言自体は間違ってはいないと思う。なら、何故失敗してしまったのか。


 リーゼとクローディアは、未熟で、そして良い娘たちだった。自分たちの不足も重々承知していた。

 だから、だろうなぁ。足を引っ張り続けることをよしとしなかったんだろう。二人の決意はなかなか頑なで、私のすがるような説得にもなびくことはなかった。私はそんなこと、迷惑だなんて感じないのに。仲間のフォローに労するなんて、むしろ嬉しくて仕方ないのにさ。


 二人が一流の冒険者になるまで待てば、その時は私とパーティを組んでくれるだろうか? ……いや、そんな果てなき待ち惚けはいくらなんでも御免被る。


 やっぱり、駄目か。くそぅ、ここまで丁寧にお膳立てされても上手くいかないなんて、流石に自信なくすなぁ。

 ──いけない。独りだと、不屈なことだけが強みのこの心が、落ち込んでしまう。……つ、次! 次だ。へこたれず、次の道を模索しよう。ああ、ゴンゴンと叩けば名案が生まれる、そんな機構の頭だったら良かったのに。


「おい、おーい! ゾンビ!! いるかぁ」


 頭を叩く音に合わせて、部屋の戸を叩く音と声が響く。

 グレンの声だ。どうしたのだろう?


「ぐぁあいぃ?」

「お、いたいた。何時もは嫌でも目につくのに珍しく見当たらなかったから、探したぜ。変な音が鳴ってたけど、何してたんだ?」


 何をしてたかと問われれば、回らぬ頭を原始的なやり方で無理矢理働かせようと四苦八苦してた訳だけど。

 ただ、何をしてたんだってのは、グレンよりも私の台詞だ。下着一枚の格好でほっつき歩いてる大の男に比べれば、前頭部の凹んだゾンビなんて大した異常じゃない。


「あん、この格好が気になるか? 別に肉体美を見せびらかして自慢してるつもりはないぜ。くっ……やられたんだよ。このオレとしたことが、不覚を取った。敗れて丸裸にされちまったんだよ」

「んぐぁあ……」


 ああ、合点がいった。久しぶりに、グレンのいつもの悪癖か。


「くっそぉ、最近はめっきりご無沙汰だったからなあ。負け分取り戻そうと躍起になってたら、博打に敗れてこの様さ。クーリアのヤツ、有り金から装備まで丸ごと奪っていきやがって! いや~最初は調子よかったんだけどなぁ」


 また賭け事で負けたらしい。

 冒険以外では熱くなりがちなグレンは賭け事にめっぽう弱く、いつも誰かにカモにされてる。下手の横好きだからか、痛い目をみようがちっとも懲りない。なまじ金を持っているから、懲りる理由もないのだろう。

 そして、私を探してた理由にも見当は付いた。


「頼む、ゾンビ様! 金を貸してくれ!! あとちょっとの種銭さえあれば、絶対勝てるんだって。あのクーリアの間抜け面、明かしてやりてぇんだよぉ。な、お前も気持ちわかるだろ!? 借りた分はのしつけて返すからさぁ」


 私には、金の使い道がない。食事はしない、酒も呑まない。お洒落に気を使う見た目でもないし、高価で高性能な武具だってそこまで必要としない。なのに冒険者は儲かるから、出費がないのに金だけ積もる。

 『灰兎の窖』の冒険者にとって、このことは周知の事実。そのせいか、グレンを筆頭に博打狂いがよく金を借りにくる。


 全く……こんな情けない金の無心をするちゃらんぽらんですら、素晴らしいパーティを組んでるってのにさぁ。


「ぐあぃ!」

「おお! さっすがゾンビ、太っ腹だな。助かるぜ! この金で今度はあの女を意趣返しにひんむいてやらぁ。礼も利子も諸々込みで返すから、オレの勝利を女神様に祈っててくれよ」


 私が祈るまでもなく、クーリア相手なら天地がひっくり返ってもグレンに勝機はないだろう。私が祈ってやったところで、女神の贔屓はクーリアに与えられる。今からでも殴り合いに種目変更すればいいのにさ。いや……それはそれで勝利は厳しいか。

 こう見えて貸し借りの帳面はキチンとしてるグレンのことだから、金自体は返ってくるだろうけどね。


「んで、なんでまた珍しく部屋にこもってたんだ? お前は部屋にこもって一人きりってのが好きな柄じゃないだろ。あ、ははーん。さては、アリアちゃんに紹介された新米冒険者の女の子たちに振られたこと、まだ引きずってんだろ?」


 ぐっ、鋭い。無駄な察しの良さは相変わらずだ。鋭さと雑さが混在する、冒険者然とした性格。この鋭さが賭け事に僅かでも活きれば、少なくとも常敗無勝は避けられるだろうに。


「ぐあえあっぐぇ、ぐぅーあ」

「はん、図星っぽいな。で、一人寂しくさめざめと泣いてたって訳か」


 失敬な。そんな後ろ向きに引き込もってたつもりはないぞ。前向きに展望を見据えた、堂々たる引きこもりだ。


「まーそりゃ無理だわなー。ゾンビくらい優秀な冒険者とまるっきりのルーキーとじゃ、どうしたって噛み合わねぇ。新米にだって自尊心ってもんがある。自分を試したくて折角冒険者になったのに、くそ有能なお守りがずっとパーティにいるなんざ、どう考えたって──」


 つまらねぇ、と大袈裟に両手をあげて頷く。

 残念ながらいくら格好をつけようとも、半裸じゃまるで締まらないけどね。


 ただ……ふむ、なるほど。つまらないって発想は盲点だったかも。リーゼもクローディアもそんな感じはおくびにも出さなかったけど、心の奥底は分からない。

 実にグレンらしい、冒険者的な視点のありがたい助言だ。


 で、その先は? だからどうすべきとか、どんな相手なら私と組んでくれそうとか、もっと踏み込んだ助言はないの?

 お金くらいいくらでも貸すから、そういう実になりそうな言葉を寄越してほしいな。


「まあ、ルーキーってのは案外、突出して有能な仲間なんざ求めてないってこった。つまるとかつまらないとか、そんなのお構い無しな目的があるなら別だがな」

「ぐぉうぐぇぎ?」

「ほらさ、強い功名心とかの目的意識があって、成り上がるのに急いてるヤツなら、例えルーキーでも自分の身の丈に合わない有能を求めるかもな~って。そう思わねぇか?」


 ふむ……強い功名心、目的意識…か。なかなか核心を付いたことを言うなあ。覚えておこう。

 現状心当たりはないけれど、そんな相手が明日にでも都合よく現れるかもしれない。そう、運命の出会いってのは、きっと流星のごとく唐突に訪れるものだから。


「前も言ったが、オレとしてはゾンビは今まで通りソロ専門で冒険すんのが一番だとおもってんだがなぁ。……ま、兎も角、ありがとな。この金は三倍、いや五倍にして返すからよぉ!」


 グレンはそう言い残すと、浮き足立った軽快な歩調で借りた金をあぶくの如く溶かしに向かった。


 礼を言うのはこっちの方だ。空元気とはいえ、なかなか気分が上向いてきた。こんな些細な希望で心が晴れる、ゾンビとは、なんと単純な生き物か。

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