ゾンビと新米冒険者 5

 強さは一元的なモノじゃない。それでも、分かりやすい腕っぷしの強さは分かりやすく人を惹き付ける。

 戦闘力という意味での強さなら、私は一線級の武闘派冒険者と比べて一歩も二歩も劣る。もしも私とグレンが一対一の試合形式で争えば、十中八九私が負けるだろう。或いは腕相撲でもしようものなら、一瞬で腕がへし折られるに違いない。


 私が『冠付き《クラウン》』になれたのは、戦闘力以外の強さに優れているからっていうのは自認してるつもりだ。ただ、戦闘に長けたグレンのような強さを羨んでいないかといえば嘘になる。

 もし私が分かりやすく武術や身体能力に優れていたならば、もう少しパーティ集めが順調にいってたかもしれないしね。


 でも、でもね。戦闘力は確かに重要な強さの一要素かもしれないけれど、これ一つだけで輝く万能なものでもないんだよ。

 私以上に闘いに優れた冒険者なんて、『灰兎の窖』に限ってもそれなりにいる。だけど、闘いの強弱だけに拘って他を疎かにしているバカ野郎なんていない。そんなのは多様な危険に彩られる冒険の中で淘汰されてしまうもの。


 そう、だから……ね。闘うことだけしか危機に立ち向かう手段を知らない新米冒険者の為に、教えてあげなくてはならない。それ以外の、道を。

 『冠付き《クラウン》』でありゾンビである私には、それができる。なら、それをするのも私の強さ。示すべき私の価値だ。


 ふふ、なんたって仲間の為だもん。頑張らなきゃね。




「ふ、ふ、ふ、ふふふはははっ! ひっひっひっ」


 狂った様に笑いながら、リーゼはその手に握った短剣で軟体獣スライムを切り付ける。

 軟体獣スライムの身体には斬撃や打撃といった物理的な攻撃は効果はない。だが、リーゼの短剣には雷の魔法が纏ってある。液状の身体に雷での攻撃は非常に効果的だ。

 軟体獣スライムは苦しみ悶え、リーゼに必死の反撃を試みている。だが、当たらない。不定形の身体から繰り出される攻撃を、的確に見切り回避している。相手が逃げようと試みれば、退路を塞ぎつつ短剣を突き刺す。


 ……凄いな。この動きだけ見れば、グレンにだってひけをとらない。当然、私なんかには真似できない芸当だ。


「こ、こらぁ、リーゼ! なんで倒そうとするのよ。捕獲依頼だっていったでしょ。うう、また失敗じゃない。……もうっ!!」


 クローディアの呼び止めにも、正気を失い暴走しているリーゼは一切反応をみせない。最早クローディアの声も殆んど諦め気味だ。


「すみません、ゾンビさん。ああなったら、もうあたしじゃ止められません。リーゼってば昔から極度の恐がりで、恐怖が限界まで達したら、いつもあんな感じに暴走するんです。この状態だと、もう聞く耳なしで……。はぁ、強さだけは本物なんですけど」

「ぐぁうぐぉお」


 今まで二人が簡単な依頼クエストをことごとく失敗したのは、このリーゼの悪癖が原因だった訳か。

 戦闘能力だけなら、クローディアは充分合格点。リーゼに至っては『灰兎の窖』でも上から数えた方が早いほどの技量を備えている。

 この強さがあれば、そうそう闘いで遅れは取らない。彼女たちに今必要なのは、それ以外の強さ。それはきっと、これから正しく経験を積んでいけば手に入る代物だ。だから──


「足ばっかり引っ張って、ごめんなさい。やっぱりわたし達は」

「がぁいぐぉうぐぅ」


 大丈夫、だ。もう真っ二つに別れてた首と身体はもうくっついた。喰われた左腕も再生してる。うん、問題なし。

 今二人に一番必要なのは、依頼クエストに成功したという事実。その些細な勝利を足掛かりにこれからどんどん登っていって、その経験の一つ一つが自信になるんだ。


 だから、その最初の成功は私が逃さない。だってそうでしょう? 私たちは、パーティなんだから。


「ぐぁあうああー!」


 私は、私の出せる全速力で走る。膝はうまく曲げれないし、腕は激しく振ると取れちゃうから、情けない走り姿かもしれない。でも、そんなことは関係ない。


 そのままの速度でリーゼに抱き付こうとしたが、軽快に回避されて、短剣で腹を一突き。更に二突き、三突き。

 けれど、何度刺そうが全く関係ないね。


 リーゼの武器が短剣なのは幸運だった。恐らくは暴走した際に味方をなるべく巻き込まない為の選択だったのだろうが、違う意味で私に有利に働いた。

 短剣ならば刺すにしろ切るにしろ、近付かざるを得ない。射程で負けてないのなら、無力化するのは難しくない。


 「ふへ、ふへ、うひぇえひっひ──」


 ──ぐちゅっ


 リーゼに腐った唇で思い切り口付けしてやる。そして──


「……ぐぇろぇえええ」


 胃の中身を、思い切り流し込む。

 

 私は何も食べる必要がない。飲む必要もない。消化も排泄もしない。だから、ダリオルみたく嘔吐したりなんかもしない。だが、必要ないというのは、出来ないという意味ではない。

 例えば、胃の中に即効性の麻痺毒を流し込み、隠して溜めておくことなんかも出来ちゃうわけだ。私に毒は効かないし、この仕込み毒は騙し討ちにはめっぽう役立つ、ゾンビ流の策の一つ。


 嵐のような大暴れも、身体が麻痺して動かなくなれば流石にお終い。リーゼは身体の自由を失い、私にもたれかかるようにして倒れる。同性のゾンビから毒を口移しされるという中々に猟奇的な体験をさせてしまったが、正気を失ってるし、リーゼの自業自得でもあるし、許してもらおう。


 後は軟体獣スライムに同じく麻痺毒を飲ませれば、ようやくもって一件落着。

 最早息も絶え絶えといった様子の軟体獣スライムに毒を使うのは少々気が引けるけど、仕方ない。安全第一だ。


「……あ、あたし、暴走したリーゼをこんなあっさり鎮圧できる人、初めて見ました。やっぱり…、やっぱり『冠付き《クラウン》』の冒険者って一味違うんですね! 強くて、その、か、格好いいです!」

「ぐぃあ、ぐぅぐぉげぐお」


 いや、あんなやり方を格好いいって褒めるのはお世辞にしても無理があるよ。あんなのは外法も外法だ。強い相手へのゾンビ流の対抗策。

 ま、こんな外法でも、私の強さの一つなことには、違いないんだけどね。




       ◇◇◇◇◇◇◇◇




 捕獲依頼は、捕獲対象を依頼主に届けるまでが依頼クエストの全容だ。捕まえた軟体獣スライムはグロシア伯の屋敷へときっちり送り返した。

 必要以上にペットを弱らせてしまったことを非難されることもなかった。そもそも中流貴族の七光り息子に、軟体獣スライムの健康状態を判別する特殊な審美眼など持ち合わせているはずもないので私は気にも止めていなかったけど、張本人のリーゼは大袈裟に胸を撫で下ろしていた。


 ギルドに帰るまでが冒険ってのは、はてさて誰が言ったんだったか。街の宿でリーゼの回復を図り、帰ったのはグロシア伯の屋敷を後にして3日後の昼間。

 心なしかほんのの少し堂々とした二人と共に、『灰兎亭』のカウンターに歩み寄る。


「いらっしゃいませー……って、あら、ゾンビさんたちじゃないですか。ふふふ、依頼ミッション成功、おめでとうございます! もう届いてますよぉ、成功報酬」


 どうやらのんびりしている間に、報酬の方に先を越されていたらしい。アリアは嬉しそうに硬貨の詰まった袋を持ってきた。

 こっちにまで喜びが伝波してくるような、晴れ渡る声色、弾む笑み。リーゼの笑みが陰の笑みなら、こっちはまるで陽の笑み。


 ま、でも、リーゼの不気味な笑みだって、これはこれでチャーミングだとも思うけどねっ!


「や、や、やったぁ! ほら、リーゼ! 報酬だって、お金だって! 初めての成功報酬だってさ!!」

「う、うへへぇ、で、でも、わたし、足手まといしかしてないし……。殆んどゾンビさんのおかげだしぃ、ふっ、ふへ」

「そうかもだけどっ! それでも、この一回が大事なんじゃない。リーゼがあたしを冒険者に誘ったんでしょ。だったらもっと自信を持ってよ。あたしはリーゼの強さを信じてるんだからさ」

「ふ、ふへ……う、ん。ごめんね。それと、ありがと。え、えへへ」


 この二人のやり取りを見ると、やっぱり確信できるね。リーゼもクローディアも、きっと素晴らしい冒険者になる。

 それはすぐじゃないかもしれない。けど、続けていれば、必ずその未来は訪れる。


 そして、その隣には私の姿も……ふ、ふふふふっ。


「ゾンビさん、今回は本当に助かりました。未熟者の世話をさせてしまい…それでも、最後までわたし達を見捨てず助けていただいて」

「ふ、ふへ……わたし、ゾンビさんのように、凄い冒険者になれるように、頑張る、っります! はひっ」


 うんうん…………うん? いや、何その宣言は。そんなこと言わずとも、私がパーティ仲間として、ずっとついていくけれど──


「ゾンビさん! あたし達、相談したんです。やっぱりあたし達じゃ、ゾンビさんのパーティには全然相応しくない。だから二人で目一杯経験を重ねて、ゾンビさんの隣に並んでも恥ずかしくない力を身に付けるところから始めようって」


 ちょ、ちょっと待って? いや、そんな気遣いいらないよ。そんな不穏なこと言わないで。


「や、や、やっぱり、まだ、わたし達は、ゾンビさんのパーティには力不足過ぎます、から。や、優しいゾンビさんの邪魔になるような真似、し、したくないです。ふへっ、だ、だから──」



 本能がその先を記憶することを拒んだのだろう。その先、最後の一言だけは、私の頭に残らなかった。でも、二人の梃子でも意見を翻しそうにない無駄な頑固さは、疑いようもなかった。


 その後、店を出て家路へと向く二人の後ろ姿はどこか爽やかで、まるで二人が歩む明るい未来を暗示しているかのようだった。それに引き換え……私は……。


「あ、あの……ゾンビさん? そう、気を落とさずに」

「おうぇぇぇっ! んあ? ゾンビじゃねぇか。どうした、そんなバカ面浮かべて突っ立って。お、ひょっとして、お前も二日酔いかぁ。しょうもねぇなあ、ガッハッ……おえぇぇ」

「……ちょっと、マスター。そんな状態で表に出ないでください。営業妨害ですよ」


 青面浮かべて時折木樽に顔を突っ込むダリオルの醜態を蔑視の極みで捉えながら、私の頭で一つの後悔が首をもたげる。


「ぐぁぎぐぅいぐぁ、がぐぉ……」


 必要だったとはいえ、あの口移しは流石にやり過ぎだったかもなぁ。

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