ゾンビと新米冒険者 3

 私と新米冒険者二人とが挑む初依頼は、脱走した貴族の愛玩用魔物の捕獲依頼というほとんど雑用同然のしょうもないモノだ。報酬自体は割と良かったのだけれど、あまりにもあんまりな内容のせいで敬遠されてた残り物の依頼。


 グレン辺りの短気なヤツに見せたら、『冒険者と使いっ走りを勘違いしてんじゃねぇや!』って怒りを露にしそうな依頼クエストだけど、こういう小間使い的な依頼もそれなりにこなさなければならないのが新米冒険者の常だ。


 なにせ実績皆無の『名無し《ノーネーム》』は、そもそもやれる依頼クエストが圧倒的に少ない。

 冒険者の花形たる旧魔王領内での冒険は、そこに入る資格のない新米には土台無理。国内での魔物の討伐や希少動植物の収集依頼も、その危険度や難易度で制限をかけてある。

 結果的に残るは、冒険とは無縁のロマンの欠片もない簡単かつ心踊らぬ依頼クエストだけ。


 とはいえ、この縛りは実力の足りない新米冒険者の命を無駄に散らさせない枷ともなっている。特に新米は無謀な勇気を冒険と同一視してる節があるしね。そう考えれば、正当性抜群の有情かつ適切なルールだ。

 つまらないのが嫌ならば、つまる所手早く実力を示せばいいだけ。結果を残して、能力を誇示して、そうしてさっさと認めさせる。


 リーゼとクローディアの二人には、そんな早熟はあんまり期待出来ないけれど……。まあでも! のんびり実力を培うのだって、私は一向に構わない。つまらないということは、裏を返せば安全であるということだ。


 三人で安全かつ着実にゆっくりのしあがる。そんな一幕も、最高パーティが綴る一大冒険譚の序詩としては、悪くないでしょ?




 王都から大河を渡り更に東に向かった先の森林地帯、通称『翠雨の森』。

 物知りなシルフ曰く、雨の日に雨粒が葉々を映して森中が翠色に輝くことからそう称されるようになったらしい。

 生憎今日はその絶景を拝むことは叶いそうもない晴れ模様だけど、そもそも遊覧目的で来た訳じゃないから構わない。いつかそういう遊覧旅行も仲間と楽しみたいとは思うけれど。


「ねえクロちゃん。ほ、本当にぃ、こんなところにぃ、ままま魔物なんているのかなあ? あ、いや、魔物を見た経験なんて数えるほどしかないし、なんとも言えないけど……ふ、ふっふへっ! き、緊張するね…」

「何を今更! 街で聞き込みしてここに当たりを付けたんじゃない。まあ、リーゼはロクに役に立たなかったけど」

「う、うへへぇ…。初対面の人と喋ろうとしても、マトモに、声が……ね」

「まあ幼なじみの腐れ縁だし、リーゼのその性格は嫌になるほど知ってるけどさ。ただ今日はゾンビさんがいるんだから、少しはあたし達も役に立つように頑張らないと!」


 『翠雨の森』がある、ここグロシア伯爵領。先程領民達から聞き込みを重ね、領主のバカ息子が飼っている愛玩魔物が脱走して森の方へ逃げていったという情報を得て、ここへ訪れた次第だ。

 まあクローディアの言う通り、私とリーゼは全くその聞き込みの役に立ってはいないけれど。


「ぐぁぎがぐぉう」

「へ? ──あ、ありがとう……ですか? いえいえいえ! ゾンビさんはいいんです。亜人さんですし、こういう情報収集はあまり向いてないですもんね。こういう時はいくらでもあたしを使ってください。えへへ! 『冠付き《クラウン》』の冒険者と役割分担できるなんて、むしろ光栄ですから」

「……ク、クロちゃん、嬉しそう。ふ、ふひぇ、へへへへ」

「もう! 不気味に笑って茶化さないで」


 う~ん。クローディアから向けられる視線と言葉から伝わるはっきりとした敬意。それ自体は嬉しいけど、同時に距離も感じてしまう。

 幼なじみらしいリーゼとクローディアの関係ほどの親密さはまだ求めたりはしないけど、もう少し尊敬以外の思いが欲しい。


 女の子的な面で敬遠されないように、身体に香草を塗りたくり、装備もなるべく洒落たモノをと流行りに聡いアリアに選んでもらったのだけど、あまり効果を感じない。

 というか、二人とも気付いてないんじゃなかろうか。


 むむむ、やっぱり小細工なんかじゃダメか。結局私は、「短所を許容してもらえるほどの長所」を武器にする他ない。

 今は欲をかかず、アリアの忠言を胸に刻み、能力をアピールして信頼を集める。二人の心をがっちり掌握するのはそれからでも遅くない。

 だから、今は敬意だけでいい。


 歩きづらい獣道を、魔物の足跡を探りながら進む。リーゼとクローディアの二人も同じように探ってはいるが、やっぱりどこか辿々しい。

 リーゼに至っては既に三回は転びかけていてる。


「あ、あうぅ、へ、へへっ。あ、あ、うわあ!!」

「ぐぁう」


 四回目は、素早く私が支え止める。リーゼの身体は細身で軽く、衝撃で私の腕が引きちぎれることもない。


「あ、ああ、ありがとうございます。ふへぇ! わたっ、わたしなんかに、お手を煩わせるなんて。あの! わたしなんて役立たず、捨て置いていいんですよぉ」

「もう……。助けてもらってそんな鬱屈したこと言うなって、いつも注意してるでしょ。それ、むしろ失礼だから」

「ご、こめんクロちゃん。あう、あう……。が、頑張って探すから、怒らないでぇ。──ふへっひぇへっ!」


 ヘンテコな笑い声を上げながら、何故か木の幹をよじ登り始める。


 いやいや……そんな所には絶対いないでしょ。さては、探してる魔物の習性を理解してないな。


「ちょとリーゼ! そんなとこに魔物がいるわけないでしょ。魔族は狡猾なんだから、もっと賢く隠れてるわよ。きっと」

「あ、そっか、そっか。へへへっ」


 賢明な風を装い語るが、クローディアの言葉も正確じゃあない。


 若い人に玉にある勘違いだ。かつて人類の敵だった存在として同一視している人がいるけど、そもそも魔物と魔族は全くの別物。その差は「知性」にて区分されている。

 魔族と称される存在は言葉を有し高度な社会を成立させていたが、魔物にはそこまでの「知性」はない。雑に説明するなら、魔物は魔王領内特有の動物、魔族は人類みたいな支配種族。それだけだ。

 ──ま、たったそれだけの説明も、私の口からは伝えられないのだけど。今度アリアから説明してもらおう。



 今回の捜索目標は、魔族ではなく魔物。なら、知性から読み取ろうとしても無駄。そんな思考じゃ徒労に終わるだけだ。


 理解すべきは、相手の習性と本能。必要なのは、知識だ。


 目標の魔物は無尽蔵と言い表せるほどに食欲旺盛で、常に捕食対象を探している。また、水気のある場所を好む傾向がある。野生だといつも綺麗な水辺付近で群れている。


 勘が私を手招きする。勘ってのは名状しがたい経験の集合体。決して不確かで曖昧なモノなんかじゃなく、土台となる根拠に基づいている。

 だから私は、自分の勘が導く方へ自信を持って進める。経験値だけなら誰にも劣らぬと自負するゾンビの最大の武器の一つが、この勘だ。


「ぐぇう、ごっぎぃ!」

「ふぇ! そ、そっちの方に、いるん、ですか? け、気配とか、こ、痕跡とか、そんなの全然、ですけどぉ。ね、クロちゃん?」

「いやいや、きっとわたし達じゃ感じ取れない何かを感じ取ったのよ。『冠付き《クラウン》』だし、亜人だし、そのくらいできるのかも。ありそうじゃない? 人類には持ち得ない第六感とか限界突破した超感覚とか──」

「だ、だよね! ふへっ、ふへっ。わたしなんかが人の言葉を疑うなんて、おこっ、烏滸がまし過ぎだよ。ゾンビさんなら、きっと、もう森中全て把握してますよね! ゴメンなさい、ゴメンなさいぃ!」


 流石に幻想が過ぎる。ただまあ、わざわざ否定するつもりもないけどね。幻想とはいえ勝手に大きく見てくれる分には都合がいい。

 先導する私の背中を追う二人。当の私も二人が追いやすいように意識しつつ進む。

 

 この『翠雨の森』には東の海へと繋がる川が流れている。その河川を見つけ出し上流へ上流へと辿って行けばいずれ清流となる。そこには飲み水を求めた動物が群がる。

 そこはターゲットの魔物が好む清い水辺であり、同時に潤沢な餌場でもある。ここを辿りくまなく捜索すれば、森に逃げ込んだという情報が確かなら必ず見つけられる。

 私の勘が、そう囁いている。


 …………ほら、あった。


 川の流れの反対方向に進んでいると、足元には異質な痕跡が発見できた。まるで大きく柔らかい球体を引きずったような跡。

 間違いない。すぐ近くに、必ず「いる」。こんな特異な痕跡を残せる存在、魔物が。


「ゾンビさん、ゾンビさん、あそこ!あれって、もしかして」

「は、はひゃあ! ほ、ホントにいたぁ! す、す、す………」


 小さな叫声がリーゼの口から漏れる。流石に一端の冒険者として獲物を前に声を抑える程度の分別は付いてるみたいだ。

 その声が向いた先には、巨大な、想像よりも巨大な瑞々しい丸い体躯。目的の魔物……そう、こいつは──



「す……軟体獣スライム!」

 

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