ゾンビと新米冒険者 2

 冒険者にも個人の能力や功績の差を表す肩書きってものがある。


 冒険者に成り立ての、なんの実績もない新米は、勿論なんの肩書きも持たない。通称『名無し《ノーネーム》』って呼ばれてる。

 そこから、実績と実力を積んでいくことで『銅級ブロンズ』、『銀級シルバー』、『金級ゴールド』と位が上がっていく。因みに、この等級は貨幣価値を元にしているらしい。銅貨が一番安く金貨が一番高い。うん、非常に分かりやすい。


 そして、『金級ゴールド』冒険者の中でも特に優れた功績を残した者、それこそ国家規模の功を成した者には、それ以上……冒険者として最高の位を与えられる。


 当然ながら、肩書きの位が上がっていくことにはメリットがある。

 ギルドや依頼主から、『銅級ブロンズ』以下受注禁止と注釈された依頼ミッションは多々あるし、無論『銀級シルバー』も同様にある。『金級ゴールド』以下はこういった依頼クエストの制限に多少なり縛られることになる。

 もっというと、肩書き如何ではそもそも侵入禁止の区域もある。特に旧魔王領内は未知たる危険の坩堝だからか、最低でも『銀級シルバー』でないとまともに足も踏み入れられない。


 因みに、グレンとシルフ、ついでにバルストイは『金級ゴールド』。まあ、三人の実力を考えれば当然だと思う。


 他にも、単純に依頼報酬の内容に等級が影響したり、他の冒険者から一目置かれたりと、色々なメリットがある。

 だからこそ私も、冒険者を始めてすぐのうちは一人で黙々と依頼クエストをこなして実績を重ねに重ねた。動機は言わずもがな超単純。優秀である証明を示せれば、ゾンビでもパーティを集めやすいと思ったからだ。


 ……まあ、現実はそう目算通りにはいかなかったんだけどね。




 先日のアリアとの約束を胸に、私はいつもの指定席から入り口に焼け付く視線を向けている。

 期待を煽られた心臓が燃え高鳴り、私の中で熱い炎を焚き上げて瞳から熱視線となって放出されてるかのようだ。

 そんな喩えとは裏腹に、冷たく無音な私の背中をアリアの柔い指先が伝う。


「もうすぐ来るはずですから、静かに隠れておいて下さいね」

「ぐぁう。ぐぉーぐぅう」


 私の意思伝達に言葉なんて無要。熱い思いさえ有ればそれで充分なんだ。押し黙るは大得意。いくら高揚していても、鼓動の音すら聞こえないしね。


 努めて無欲を装いつつ、隠れて入り口を凝視していると、キョロキョロ目を泳がせどこかぎこちない若い二人組の少女が入店してきた。

 真新しい武具防具に弱々しい足取り。自信のなさをこれでもかと主張している。この二人組が、例のアリアの「心当たり」で間違いない。


「いらっしゃいませ、お二方」

「ア、アリアさんっ! よろ、よろ、よろしくお願いしますぅ。え、えへへ~」

「来てくださってありがとうございます。先日お伝えした通り、今日リーゼさん達をお呼びしたのは──」

「いやっっ! いやいやいや! お礼だなんて、そんなっ!! こちらこそですっ。わたし達が弱いばっかりに、お手を煩わせてしまってぇ~。ふへっ、ふへへっ」


 リーゼと呼ばれた一際自信に欠けた方の少女が、呆れ返るほど卑屈な笑みを浮かべたどたどしく応答する。


 冒険者には慎重か迂闊かでいえば慎重なヤツが圧倒的に多いが、卑屈か傲慢かでいえば傲慢寄りなヤツの方が多い。

 そんな平均と比較すると、一応は冒険者なのが信じられないほど、リーゼは卑屈に偏っている。


 ……なるほど、ビギナーだ。


「アリアさんにはっ、以前もご迷惑をかけてしまって、すっすす、すみま──あ、いやっ、違う! 違うっ! そうじゃなくて……あ、ありがとうございますぅ!」

「もうっ、リーゼ。何を伝えたいのか訳わかんなくなってるわよ。ほら、アリアさんも困ってる」

「あ、あああっ! ご、ごめんなさい。アリアさん。わたしがダメダメだから……。ふぇへっ、ふぇへへ。リーダーのわたしがこんなんじゃ、クロちゃんも困るよね。はへっ! へへへ……」

「………はぁ。アリアさん、以前の依頼クエストの救援要請の件、ありがとうございます。とても助かりました」


 アクロバティックな卑屈を決めるリーゼの横で頭を抱える、クロちゃんと呼ばれたもう一人の少女。リーゼと比べると比較的マトモに見えるけど、やはり彼女も経験不足な感は否めない。

 二人揃ってド新米のパーティ。まさにアリアの言っていた通りの…いや、期待以上の逸材かもしれない。


「うっふぇへへぇ、わ、わたし達、三回冒険をして、三回とも逃げ帰るか救援に助けられるかで失敗してますしぃ。やや、やっぱり、ここまでダメな冒険者なんて前代未聞ですよね、ね。あはっは、向いてないんだろうなあ。諦めるべきなのかなあ」

「ああ、もう! なんでそんな後ろ向きなのよ! ダメなのは仕方ないじゃない、経験不足なんだからっ!! もうちょっと前向きに考えなさいよ」

「うひっ! ご、ごめんね、クロちゃん。前向きに…前向きに…う、うへへへへ」

「……リーゼさん、クローディアさんも、落ち着いてください、ね」



 第三者のアリアの仲裁でようやく鎮まる二人の冒険者少女。

 空回りの笑みを張り付けた、目が隠れるほど長い前髪と猫背が特徴的なリーゼ。眉の間の皺が癖になってしまっている、キッチリ揃えた前髪と綺麗な姿勢が目を引くクローディア。


 対象的だが、互いの欠点を埋め合えてはいない。パッと見聞きしただけでも、冒険者パーティとして明確に欠陥がある。


 そう、欠陥があるんだ。欠陥があるということは、その欠けを埋めたいと願っているってこと。グレン達のパーティには私の席はなかったけれど、この二人にとってなら、私は必要不可欠な頼れる先輩になれるかも!


 私がこの二人とパーティになって欠けを埋め、二人が立派な冒険者になるまで導く。そうやって冒険を積み重ね、徐々に最高のパーティとして完成していく。そういうのも──うん、ありじゃない!?


「ふぅ……すみません。少し取り乱してしまいました。それで、あの話、本当なんですか?」

「わ、わ、わわっ、わたしなんかがいる、パ、パーティにくわわわってくれる方がいらっしゃるなんて、うっ! 嘘ですよね! あひっ! ひひっ!」

「嘘じゃないですよー。ほら、ゾンビさんっ。来て来てっ!」


 アリアの手招きに応じる形で、私は二人の前に姿を見せる。なるべく恐がらせないよう、なるべく脅かさないよう、ゆっくり静かに気を付けながら。


「っっつっ!!? はっ、はが! は、ははは……は?」

「え? あの、これ……あ、いや、この方は………人間? じゃ、ないですよね。亜人さんです…か?」


 リーゼは驚き過ぎて言葉を完全に失ったが、逃げはしなかった。腰が抜けてるのか、思考が混乱してその判断も出来ないのか。どちらにせよ、ありがたい。

 クローディアはリーゼと違い、しっかりとした状況判断をしてくれた。

 合ってる、合ってるよ。乏しい表情筋で、笑顔のようなものを作ってみせる。


「はい、亜人さんですよ。ゾンビという、今じゃ全然見ない種族ですね。私も彼女以外見たことないです。なんとなんと、うちのギルドでも数少ない、『冠付き《クラウン》』の冒険者。『不死』たるゾンビさんです」

「は、はあ!? 『冠付き《クラウン》』って……なんでそんなとんでもなく格上の冒険者が、あたし達なんかとパーティを?」

「ぐぅがう……」


 クローディアが、まさに私の求めていた反応をしてくれる。もう『灰兎の窖』のベテランメンバーに、私が『冠付き《クラウン》』であることを担ぎ上げてくれる初々しい人はいないからなぁ。

 この反応を得たいが為に得た肩書きなんだ。ふふん、流石に鼻高々だね。


 『冠付き《クラウン》』とは、国に功績を認められ、アルテミア王から直々に与えられた称号を持つ冒険者の通称。実質、『金級ゴールド』以上の最高位の冒険者の位といってもいいだろう。


 たしかこの国に十数人、うちのギルドにだってたったの三人しか現役の『冠付き《クラウン》』はいない。


 そのうちの一人が、私『不死』たるゾンビなわけだ。ふふふ、目的の役に立つ時だけは、普段は無用の長物の肩書きも輝いて見えるなぁ。


「まあまあ、どうでもいいじゃないですか、理由なんて。ゾンビさんが、二人を見初めパーティを組みたいと望んでる。それでいいじゃないですか。どうです? 実力だけなら国家クラスで折り紙付きですよ。こんな優良物件、今を逃せばもうないですよー」

「……ぐぁえぇ」


 そんな詐欺の触れ込みみたいな言い方しないでほしいな。騙してはいないでしょ、騙しては。多分、ギリギリ。

 少なくとも、私が『冠付き《クラウン》』なのは本当だし。


「も、もちろんです! ゾンビさんが良いなら、喜んで! ね、リーゼ! ねっ!」

「うへあっ!? へ? あ、はい。わたし達なんかでよろしければぁ。でも、本当に、良いんですか? あ、は、刃向かうつもりはないんです。すみませんっ! あ、いや、ありがとうございます!! ふっへへっへっ」


 卑屈の塊であるリーゼの方はいまいち本心が読めないけれど、クローディアは心から歓迎してくれているのが分かる。

 とても嬉しい。ここまで大手を振って歓迎の意を向けられたのなんか、多分初めてだもん。


 実力不足、経験不足なんて、最初は私が全部補えばいい。そうしていれば、徐々に二人共ゾンビかどうかなんて意に介さぬほど私に依存するって寸法よ。うんうん。


 ──兎に角それまで、見た目や臭いで嫌われないよう努力しなきゃ。二人とも、女の子だもんね。気を付けよ。

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