ゾンビとベテラン冒険者 5
冒険者に伝わる格言の一つに、『ベテランほど逃げの判断が早い』って言葉がある。
優れた冒険者は、無駄な危険を背負わない。運絡む博打に手を出さない。信頼できないモノに頼らない。
冒険者になるヤツなんて、少なからずスリルを求める狂人の節はあるけれど、それでも、狂ってるだけの破綻者なんてベテラン冒険者には一人もいない。そんなヤツ、生き延びられるはずがないからね。
スリルはあくまで冒険の隠し味。メインに据えるバカ野郎はお呼びじゃない。シルフもグレンも、そんな三流とは比較するのも失礼な経験豊富の一流冒険者だ。
だから、ここは「逃げ」。どんなに高価な宝の山を前にしても、逃げの一念。冒険者として堅実かつ安定の正着手。
……正しい選択だ。
「ちぇっ。ま、後ろ髪引かれる思いはあるけど、シルフの言う通り、ここは一目退散が賢い選択だろうな」
「バルストイもいないし、欲張っても仕方ないヨ。命あっての物種だネ」
「
「うん。んじゃ、撤退ってコトで。
シルフの杖の先から、氷の礫が無数に発射される。攻撃力こそ大してないが、広範囲の牽制、足止め、目眩ましの三役をこなす優秀な魔法だ。
その隙のおかげで、私の身体も
……巻き込まれて、背中に幾つか氷礫が刺さってるけども。
「あの
「ぐぁがげぇぐぇ!」
グレンが雑に放り投げた頭を受け取り、ようやく五体満足のゾンビに戻れた。
逃走時のしんがりは、最大級に危険で重要な位置だと言っても過言ではないだろう。状況把握をしつつ味方を護り、最悪囮として敵を引き付ける。
命が幾つあっても心許ない大役。だからこそ、死ぬことのない私にとっての適役だ。
グレン達が私の能力を頼って、その大役を任せてくれたのは、分かる。分かるんだけど……。
それなら、
シルフが逃げの選択を即断したのは、リスクとリターンの天秤に一つの不確定な要素が乗っかっていたから。二人にとって私の力は、まだ「信頼」できないモノなんだ。
まるで自分自身の如く、全幅の信頼がおける仲間。そして、パーティ全員がその思いを共有している。それこそが、私にとって理想のパーティ。
グレンとシルフからは、そういう絆がヒシヒシと伝わってきた。今更この席に割り入れたとして、果たして同程度の絆が築けるだろうか?
……はぁ、ため息が出るね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぁあ~あ……あ、お疲れ様です皆さん。今回の冒険も無事なお帰り、何よりです」
地下遺跡を転がり逃げて、旧魔王領内の冒険者用中継地にて一息ついた後、荷馬車に乗って国境を跨ぎアルテミア統一王国の城下町まで戻ってきたのが、出発してちょうど五日が経った朝方だ。
何時もは野太い叫声が不快に響く酒場だけど、流石にこの時間だと客もそこまで多くない。酔い潰れて未だ眠っている底抜けのろくでなしが数人と、朝から呑む底知れぬろくでなしが数人いるだけ。夜と比べれば静かなものだ。
「おう、ただいまアリアちゃん。今回もしっかり生き延びてきたぜ~。今夜にでも、オレの部屋でめくるめく冒険譚、聞かせてあげちゃおうか?」
「別に語れるような愉快な活劇なんてなかったデショ。キザな軟派には使えない冒険だったネ」
「ぐっ…い、いや、んなこたねえだろ! ゾンビが
「ほら、語るに落ちるジャンか」
グレンとシルフは相も変わらずな会話で冒険を締め括る。こんな雑談にすらゾンビの口じゃ混ざれないのが、今更とはいえ少しもどかしい。
「グレンさんの愉快な愉快な冒険譚は、また今度ここで呑みながら話してもらうとして──ではグレンさん、シルフさん、ゾンビさん、今回の
グレンの薄っぺらな軟派をスルーしつつ、事務的な対応で言葉を返すアリア。
無論こんな説明、私達ベテラン冒険者にとっては耳にタコな台詞ではあるけれど、それでもしっかり決まり文句を語るのは、彼女がプロの受付嬢たる所以だ。
「あと、
「いやあ、本当残念なんだけどな。金目のモンは泣く泣く──」
「ぐぶぇっぷ! あぐぅ、あぐぅぐぉー!」
アリアのこの事務対応。ふふっ、待ってましたともっ!
私は口から、いや、腹の中から、暗い緑色の液体が纏わりついた小像を取り出す。もちろん、あの隠し部屋に並んでいた不気味な宗教像の一体だ。
「あら、これはこれは……なかなか珍しい品ですね。状態は悪いですが、そこそこ良い値が付きそうです。──状態は悪いですが」
鼻を摘まんでベトベトの像を眺めるアリア。状態の悪さは私の体液まみれってのが一因だろうな。
逃げ惑う最中、隙をみてなんとか一個だけ腹の中に納められた。ベトベトなだけで済んでむしろ幸運なぐらいだ。
「へぇ、やるジャン。あの状況で一つとはいえ持ってくるなんて。やっぱ『冠付き《クラウン》』は伊達じゃないネ」
そりゃ、これを死守する為に必死だったよ。なんせ、私の唯一といっていい功績だからね。
これを守りきれてなきゃ、本格的に
私が守り得たかったのは、こんな金になるだけの価値しかない汚い小像なんかじゃなく、このシルフの誉め言葉だ。
そう。今からが、こここそが、私にとって本当の勝負所。
今を逃す手はない。今なら、いつもいちいち茶化しにやって来る邪魔なギルドマスターもいないしね。
「がぅわあぁ~!!」
私の大きな呻き声に、ギョッとしてグレンもシルフもこちらを向く。
私は新しく用意しておいた紙を二人に向けて付き出す。『パーティにゾンビは要りませんか?』と書いた私渾身の一筆。前のは文字が下手くそ過ぎたから、新しく時間をかけて書き直した私の努力の結晶だ。
「うあぁぐぁぎ、あがぁあ、うぉいぃ!」
こんな長い言葉、通じる筈はないと承知してはいるけれど、それでも必死さをアピールする為に言葉にする。
さぁ、真剣に策を練った28回目の勝負。どうだ!
「ゾンビが? 臨時じゃなくうちのパーティにってこと、か? ………いや、不要だろ?」
……ガンッ! と、巨大な岩石の拳に踏み潰された以上の衝撃が、私の心に降りかかる。
「あ、いや、悪い。オレらにゾンビが要らないってんじゃなくて、お前にとってオレらが不要だろって意味な」
「んーゾンビってサ、正直ソロのがやり易いデショ。今回の冒険も正直ぎこちなくてやりにくそうだったしネ。連携も取り辛いし、パーティでワザワザ協力するよりソロ専極めた方が効率いいと思うヨ」
「ソロで難なく
「ソレ、面倒かけてる側が言うセリフ?」
二人のやり取りが、まるで長年連れ添った夫婦のノロケ話のように耳から耳を素通りする。
不要、ソロ専、やりにくい……。突き刺さるトゲだけが、素通りせず私の頭の中を串刺しにする。
氷の礫が刺さったところで痛くも痒くもないけれど、これは…痛いなぁ……。
「でも、アリガト。バルストイがいつまで経っても復帰しないから、本気でボクらのことを心配してくれてたんだネ。ゾンビってイマイチ性格読めないトコあるケド、結構優しいジャンか」
「あの阿呆はもうすぐ完治して戻ってくるらしいから、お前の心配は杞憂だぜ。けっ、腐ってる癖に可愛いとこあんじゃねぇかぁ。──このこのっ!」
可愛いとか、優しいとか、そんなセリフを吐いて拒絶するなんて、二人とも酷い……。そんな風に言われたら、もう何も言えないじゃんか。
報告書類を提出し、軽い談笑の後、二人は『灰兎亭』を後にした。
残された私は、その後の談笑の内容なんて何一つ記憶に残っていない。意気消沈した脱け殻ゾンビは一人、ただ出もしない涙を思い目頭を覆うだけ。
「ゾ、ゾンビさん………。だ、大丈夫ですよ。元気だしてください! 百敗しても死にはしないのが、ゾンビさんの一番の強味じゃないですか! まだまだ挑戦あるのみです。ファイト、オー!!」
珍しく張り上げたアリアの声が、静かな店内にこだまする。
ぐぅぅぅ。い、言われずとも、諦めないさ。ただ、一つだけ、訂正したいことがある。
「ぐぉがげぇ、がぐぇえがぃ!!」
まだ百敗もしてないもん!!
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