ゾンビとベテラン冒険者 4

 冒険者にとって最も恥ずかしいことはと問われれば、やっぱり欲をかいてしょうもないトラップに引っ掛かることだろう。

 いくら強かろうが、多種多様の罠による危険は強さではどうにもならない。トラップへの危機回避能力は、強い弱いより冒険者としての錬度と経験がモノをいう。


 つまり、トラップに引っ掛かって一点モノの命を危険に晒す阿呆は冒険者として失格。それも私欲が原因ってなら、なおのこと最悪。

 隠し部屋に勇み足で踏み入り、超単純なトラップに首を落とされるなんて、とんだ赤っ恥だ。ゾンビじゃなきゃ、耳まで真っ赤になってトマトみたいになってただろう。


 ただまあ、一言。私にとってはこの程度の軽率、危機には直結しないって言い訳させてほしい…かなぁ。



「ぐあーあ、ぐぉう……」


 立ち尽くす私の胴体が目の前に、バカみたいに転げ落ちた私の頭が……足下に。


 普通の『人』なら人生の幕引き確定のこんな悲惨な状況でも、ゾンビにとっては然したるトラブルではない。

 落ちたモノを、ただ拾う。そして、断面に首を乗っける、それだけ。それで元通り。ちゃんとくっつくまで首が安定しないのは困りものだけど、このくらいどうってことないね。


 拾った首が落ちないよう、慎重に辺りを見回す。壁に隠されたこの場所。あちこちには不気味な趣のある小像が並び、壁にはいまいち用途の分からない祭具がいくつも掛けられている。


 ここは、魔族の文明の一端が詰まった──宝物庫だ。


 何れもボロボロだけど、私の腐った瞳にはこの部屋一面が輝いて見える。だって、ここにあるモノの価値が分かるからね。

 この気色の悪い像一つでも、お金持ちの好事家に売れば金貨十枚は下らないだろう。全部持って帰って売ろうものなら……途方もない額になるだろう。


 そう知っていれば、くすんだ一室もきらびやかに映るってなものだ。心なしか私の首をかっ斬ったギロチンの刃ですら、高貴で絢爛な輝きを放って見える。



「おーいゾンビッ! あんま暴れんなって。ここは地下だぜ? 最悪崩れでもしたらお前以外天に召す羽目になんだろうが──って」

「ぐぅわあー! うぉぅあぁ」

「あ、おお……すっげぇっ! こりゃ相当金になりそうだな! いやあ……入る前からこの遺跡からは大金の匂いがしたんだよなぁ、うん」


 壁を崩した音に勘づきやって来たグレンも、この遺物の価値に気付いて目を輝かしている。


 えっへんっ! 私が見つけたんだよ、私が!

 私がいなきゃこんな宝の山を見逃してたかもね。もし見逃してなくても、私みたいにトラップに首を刈られていたかも。私の存在価値、アピール出来てるんじゃないかな!?


「おっし、んじゃあこのがらくた兼お宝を回収しようぜ。ゾンビ、頼んでいいか?」

「ぐぅん」


 何故、何を、頼まれたのか、言葉が足らずとも難なく伝わる。

 グレンはこの小部屋にまだトラップが仕込まれていないか危惧しているのだろう。だから、死んでも死なない私の身体に頼っている。いやあ、頼りにされ過ぎるってのも困っちゃうなあ~。


「ぐぁうぐぁうぐぅうがぁ~」


 悠々と奥に進んで他にトラップがないかを確かめる。出鼻を挫くギロチントラップの存在を考えると、まだいくつかトラップが仕掛けられていても不思議ではない。

 けれど、斬られても潰されても轢かれても溶かされても焼かれても死なない私にとって、あらゆるトラップは無力。歩みを阻む障害にはならない。


 さあ! 矢でも火でも岩石でも、なんでも──


 ドガァン!!


 ぐちゃっ


 …………私の身体が、とんでもなく大きな塊に吹き飛ばされた。左腕は引きちぎれて、まだちゃんとくっついてなかった頭はゴロゴロ転がって壁にぶつかり、片目が眼孔から外れてしまった。

 うう、視界が狭いぃ…。


 半分になった視界が捉えた先には、巨大な岩石の人形。あれは──


「ちぃっ!! 巨岩兵ゴーレムかよ! ゾンビィ!! 無事かぁ」

「ぐぅーぎぃ!」

「──巨岩兵ゴーレムの一撃をモロに喰らって無事と言えるヤツなんざ、マジにお前くらいだろうなぁ…」


 恐らくは壁に埋まって隠れていたのであろう、岩石のデカブツ。魔族の古の魔法で造られた、未だ人類が解明できていない魔導兵器の一つだ。

 魔族が負けて、その存在が人類の敵足り得なくなった今でも、この自動人形は命じられた宝物の番人としての役割を全うするらしい。


 背丈は私五人分…いや、六人分はあるかな。私の見た巨岩兵ゴーレムの中でも特に大きい。

 全く……、ここまでのトラップがあるとはね。私の審美眼ではがらくたにしか見えなくとも、信心深い魔族さんにとってここにあるものは、こんなにも厳重に護りたい程のモノなんだなぁ。

 ま、そうでなきゃ好事家に高値で取引されたりしないか。


 グレンが双剣を鞘から抜き、遅れてシルフもやって来て、巨岩兵ゴーレムと対峙する。私といえば、まだ身体が左腕を拾ったばかり。


「ちょっとちょっと。この状況、どうゆうコト? なんでこんな小遺跡に、こんなレベルの巨岩兵ゴーレムがいるワケ?」

「小さくともショボくはなかったってだけだろぉよ! よくあるこった。シルフ、『氷』頼むぜ!」

「はいはい、氷結フリーズ!」


 シルフの振るった杖が鋭く光る。

 すると、巨岩兵ゴーレムの体躯を一瞬で分厚い氷が覆っていき、その動きを止めた。

 流石は魔導師シルフ。岩石のデカブツが一瞬にして氷像と化した。これで少しは時間を稼げるはず。


 ピシッ、バキン!!


 ──と思いきや、いとも簡単に割られてしまった。いやぁ、ここまで強い力を持った巨岩兵ゴーレム、初めてかも。


 巨岩兵はその岩石の巨腕を大きく振りかぶり、シルフに向けて乱暴に振り下ろす。


「はんっ! おらぁ!!」


 振り下ろされた巨腕の腕。その一番細い手首の部分を狙って、グレンが双剣で凪ぎ払う。巨腕の一撃は逸れて、地面を大きく抉っただけに終わった。

 これぞ手練れの剣士の技術。攻撃を受け流しつつ、相手の弱所に二太刀もいれるとは。


「かぁ~なんつぅ威力だよ。嫌んなるぐらい、痺れるねぇ」

「う~ん。ねぇグレン。ボクら三人で、コレに勝てるカナ?」

「あん? ま、希望込みで八割がたってとこじゃねえか? あくまでゾンビを戦略に組み入れた場合な。こいつ抜きなら圧倒的に分が悪いだろ」


 こいつといいながら、グレンは私の首をポンポンと手のひらで玩ぶ。拾ってくれたのはありがたいけれど、玩具みたいに扱わないでほしいな。


「だよね。ん、じゃあ……」


 シルフは巨岩兵ゴーレムを見据えつつ、あくまで冷淡冷静に言葉を放つ。


「逃げよっか」


 

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