ゾンビとベテラン冒険者 3


 グレンとシルフとゾンビ。急造トリオパーティで受注した依頼クエストは、フィラム大陸のやや北西部、大陸最大国家であり唯一の人類国家であるアルテミア統一王国と旧魔王領の国境沿いにある地下遺跡の調査依頼だ。


 戦時中は魔王領内に人間が足を踏み入れることなんて侵攻以外では考えられなかったらしいんだけど、戦後暫くたった今ではむしろ、一番の冒険スポットとなってる。


 特に魔族文明の遺物残る遺跡の調査依頼は、手練れの冒険者にとってハイリスクハイリターンな人気依頼だ。

 危険な魔物や未知のトラップの存在を警戒しつつ依頼クエスト用の調査を行い、そのついでに亡き文明のお宝を回収する。


 討伐依頼や捕獲依頼、収集依頼と比べて、情報が少ない代わりに依頼クエスト報酬以外のおオマケを見つけやすいのが調査依頼。

 ただ、これは私見だけど、調査依頼がベテラン冒険者に人気なのは、俗物的な利益の為だけじゃないと思う。


 調査の進んでいない、限りなく未知に近い謎の場所。そんな大陸の秘部を明かすってのは、まさに冒険者の醍醐味ってヤツじゃない?


 知らないモノを初めて知る、そのリスクとロマンは人を寄せる蜜となり得る……と、私なりに思ってる。


 ま、その内の片方は、私には決して味わえるモノではないんだけどね。




 組まれた石の合間から伸びる草。至るところに群生する苔。私の臭いにやたらと群がる変な虫。

 その何れもを、シルフが小さなガラスの容器に集めていく。


「ゾンビがいると、生体調査がちょっと捗るね。意外な利点カモ」

「朽ちない腐った肉を持ち歩いてるみたいなもんだからなぁ。便利は便利だ」

「ぐおぅぐぉい?」

「お、今のはなんて言ったか解ったぜ。ホントホント、臭いくらい余裕で許容範囲内なくらいにはな」


 グレンは紙とペンを手に、簡単な地図を描きながら軽口を叩く。背中にそれなりの荷物を抱えながらも、動きは私どころかシルフよりも軽快だ。

 防具の隙間から覗くグレンの肉体は、細身ながらに筋肉質だ。ただ筋肉達磨なだけよりも、よっぽど冒険者向きの身体かもしれない。


 少なくとも、私ならこの大荷物を背負った時点で背中が崩れると断言できるね。


「あ、この植物、見たことないやつカモ」

「おお!? マジか。あんま違いわかんねぇけど」

「ははん、ガサツなグレンじゃ気付かないカモね。葉っぱの形はコレと似てるケド、根子が全然違うデショ。うんうん、面白いなあ」


 ガラス瓶を見比べて目を輝かせるシルフ。単調な口振りは変わらないけれど、浮かれているのはわかる。

 幼い顔立ちに比べて落ち着いた無表情が持ち味のシルフだけど、好奇心は一端の冒険者に相応しく持ち合わせている。そんな好奇心に裏打ちされた知識も、だ。


 少なくとも、冒険者になる前の記憶が殆んどない私の腐った頭よりかは、遥かに知識が詰まっている。


 荷物持ち件マッピング係のグレン。生体採取件知能係のシルフ。そして、腐った肉代わりの私。


 ……まずいな。なんか、あんまり役に立ってる気がしない。

 くぅっ! やっぱり、無理を言ってでも討伐依頼に変えてもらうべきだったかも。調査依頼だと、運が悪いと……いや良いと、派手な活躍の機会がないっ!


「ぐぇえ、ぐぁあいぇ!」

「え、採取をやらせてって? いや、ゾンビには難しいと思うケド。ほら、なんか体液とか混ざりそうだし……」

「ぐぅ……」

「手持ち無沙汰ってか? ならそこら辺の壁でも調べて、隠し部屋がないかとか調べといてくれよ。出来れば宝物庫とかがいいな」


 ぐぬぬ、そんな雑用みたいな役回りを……いや、やるけども。

 はぁ……もうこうなったら、魔族文明特有の魔導書とか武器とか、そんな珍しい財宝を意地でも見つけてやるんだから。



 息巻いて遺跡の通路から小部屋までを穴が空くほど睨み付けたけれど、何処を見ても仕掛けなんて何もない。苔むした臭いに満ちた比較的普通の古ぼけ地下遺跡だ。

 調査をしつつ遺跡をどんどん下っていくと、ついぞ他に進む道の見えない大広間に出た。


 やっぱり、ね。遺跡の入り口を見たときから予想してたけど、ここは──


「こりゃ、多分聖堂だな。この像とか、柱の模様とか、宗教臭がプンプンする」

「魔族にとっての宗教施設だった場所──って感じだネ。やっぱり、人間や亜人のソレとは全然違うなあ。うん、なかなかに壮観カモ」

「おいおい! 宗教施設ってんなら、すんげぇお宝とか隠されてるかもな。期待外れの依頼クエストかと思いきや、案外心踊らせるじゃねえの!」

「聖堂の記録はボクが録っておくから、二人はその辺探ってきてよ。この手の遺跡は凝った仕掛けがあるカモだから、気をつけて」

「ぐぁあーぃ」


 シルフは適当な場所に腰を据え、本格的に広間の絵を描き始める。この手の依頼クエストは文字だけの調査結果よりも、絵や図を加えた方が圧倒的に依頼主に好まれる。


 依頼主の意向に沿えれば、それが依頼の報酬と冒険者としての評価に直結する。そして、ギルドへの依頼主ってのは、大体がお貴族様やご領主様、左団扇の大商人だ。この手の連中の査定は中々に厳しい。


 だからか、シルフの筆にもそれなりの気合いがこもってる。


 模写に製図に動植物の知識。優れた冒険者ほど強さ以外の多芸にも通ずるってのは、冒険者にとっての常識だ。

 ……そして私は、その点においてしっかりはっきり落第点。それも改善の余地が殆どないという徹底っぷりの。


 でもさ、そんな不器用なヤツだからこそ、パーティを組んでその欠点を補えば──って思ったっていいじゃない。



 大聖堂をくまなく調べていると、聖堂奥、祭壇脇の柱の影に隠れた壁の一部分に何となく違和感を抱いた。

 私の経験上だと、この石壁は他と比べて後に組まれたモノだと思える。だから、こんなにも色合いが不均等になってるんじゃないか?


 壁を叩いてみると、軽く響く音。間違いなく、この壁の向こう側は空洞だ。

 多分、この向こうには隠し部屋がある。中には、もしかしたら……!


「ぐっ、がぅ!!」


 もともと薄い壁だったのだろう。脆そうな場所を探り、思いっきり手斧で叩くと簡単に崩れた。

 明らかに、壊すことを想定した壁。……当たりだ。


 真剣に辺りを模写してるシルフも、私と反対側を調べてるグレンも、こっちには気付いていない。

 つまり、私が一番乗り。私のお手柄。


『わあ、すごいじゃん。こんな所に宝部屋があるなんてネ。ゾンビがいなきゃ見逃してたカモ』

『助かったぜ。まさかゾンビがここまで頼りになるとはな! こいつぁ是非ともうちのパーティに引き留めなくちゃあな』

『バルストイが帰ってきるまで……いや、帰ってきても、ゾンビは私たちのゾンビだヨ』


 ………ぐふふ。よし! じゃ、早速中を──



 ガギンッ!!


 ──ゴトッ



 鋭い金属が叩きつけられる音。

 重い肉の塊が床に落ちる音。


 首に、冷たい異物が通る感覚。そして、今は『何もない』


 私には、わかる。


 そう、私の首が切り落とされたということが。

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