ゾンビとベテラン冒険者 1
魔族と人間との永らく続いた大戦、大陸全土の覇権争いが人間側の勝利という形で終結して、はや百年程。
戦争に勝利した人類は、このフィラム大陸の未知の部分を貪欲に求め始めた。
未知の動植物、鉱石。未開の土地に未踏の秘境。更には、未発見の魔物や魔法。
──知らずを求め、持たざるを得たがるが人の性。それが、伝聞される冒険者の始まり。
ま、ゾンビの私には人間のアレコレなんて関係ないかもしれないけれど。それでも、そこに宿るロマンには共感できるものはある。
早く私にも、そんなロマンを共に感じ、一喜一憂できる仲間が欲しいものだ。
今日も今日とて、アルテミア統一王国の城下町で一番大きな酒場『灰兎亭』には、敷き詰められたみたいに酔いどれ共で溢れている。
大半はただ昼間から呑んでるろくでなしだが、中には冒険者ギルド『灰兎の
……いや、こいつらだって、昼間から呑んだくれてるろくでなしには違いないけれど。
「おう、おうおう! 一丁前に落ち込んでんじゃねえかバカゾンビ! 只でさえ腐った顔がいっそう腐ってやがる。そういう時はなー…おい、酒だ酒! 酒を呑め。そして浴びろ!」
「がぐぁー」
そんなろくでなしの筆頭格がうちのギルドマスター、『導き』のダリオル。只でさえうるさい声が酒に焼けていっそううるさい。
私には匂わないけれど、きっと口からはむせかえるほどの酒気が噴出してるはずだ。
「マスター、汚い絡み酒は程々に。彼女は飲めないし、酔わないのですから。下手な誘い酒なんて、『導き』の名が泣きますよ」
ダリオルの傍らには、酒場の店員兼ギルドの受付嬢のアリアの姿もある。マスターが働かない分、事務仕事やら接客やらを一手にこなすしっかり者の働き者だ。
「ゾンビさん、新しい
「ぐぁーい」
「……どうかしましたか? なんだか元気がないようですけれど。顔色は──うん。いつもと変わらず緑色。何かトラブルでも?」
「ガッハハハハッ! それがな、こいつ昨日、こんな紙切れまで用意して新入りをパーティに勧誘したんだがな。見事に玉砕、顔見てすぐ逃げ帰ったって訳だ。これで30連敗だっけか?」
……27連敗だ。というか、私が書いたものをいつの間に。
「あらら、またですか。なにも一目で逃げることもないですよね」
「……ぐぉんおがぉ」
「ちょっと腐臭はしますけど、ここでなら酒臭さに紛れますし、見た目のグロテスクさも、慣れればチャーミングに見えないこともないことも──」
「ぐぅー…、ぐぉおいい!」
ダリオルに笑われるよりも、アリアに無理な慰めを受けるほうがよっぽど堪える。真面目で端正な顔立ちに似合わず、悪意なく言葉に棘があるからねっ!
「まあ実際、その見た目じゃ初見さんはそりゃ引くだろ。オレですらゾンビなんざお前以外に見たことねえし、魔物に間違われるのも無理ないわな」
「常連のお客様にも、ゾンビさんがいると踵を返して逃げていかれる方は……たまにですけど、未だにいらっしゃいますね」
──その話は、聴きたくなかったな。いくらゾンビでも傷つくものは傷つくもん。
「うーん。やっぱり、ゾンビさんを見ても臆さない程の胆力を持った方でないと、パーティを組むのは難しいのでは? 『冠付き《クラウン》』とまでは言わずとも、一流か、最低でも二流くらいの経験ある冒険者でないと」
んー……なるほど。アリアの言葉は一理ある。経験の浅い新入りを狙わず、豪胆なベテランを狙えと──
「ふん、うちのギルドのベテラン冒険者は、皆大抵既に固定パーティを組んでるがな。残念ながら、今んとこ芽はねえよ。つまり──」
ダリオルは赤い顔を近づけて、意地悪気に口を歪める。暑さなんて感じないけど、暑苦しい顔だ。
「お前はこれから当分、いや、ずっっと、ソロ専冒険者ってこった! お前との賭けも、これでオレの30連勝。またまたお前の金で美味しく酒を戴くとするか。ガーハハハッ!!!」
そんな高笑いを残して、ダリオルは千鳥足で酒場の奥に引っ込んでいった。
だーかーらー、27だってばっ!!
「全く……大の男が、子供みたいな捨て台詞を。気にしないで下さいね。ゾンビさんなら、多分、いつか、きっと、おそらく……素敵なパーティを組めますよ」
言われずとも、気にしてなんかいない。あんな酒の浴びすぎで脳までふやけた男の言葉なんて、気にしていてはゾンビの名折れだ。
そんなことより、だ。なるほど、ベテラン狙いってのは妙案な気がするね。
ダリオルのバカの言う通り、確かにうちのギルドのベテラン冒険者はほぼ全員固定のパーティを既に組んでいる。
だけど、固定のパーティを組んでるからといって、そこに後入りすることは別に禁じられちゃいない。
そして、割り入る隙間のアテは……ある。
よし、なんだかいける気がするぞっ。ゾンビたるもの、不屈さこそが最たる武器。そう腐ってなんか…いられないってね!
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