パーティにゾンビは要りませんか?

ちろり

一章 ゾンビな仲間は嫌いですか?

プロローグ


 真っ昼間っから酒気と野太い騒ぎ声で埋め尽くされた酒場、『灰兎亭はいうさぎてい』。そんなろくでなしの坩堝るつぼに、また一人男が入って来た。


 小さな傷がいくつも見て取れる程よい歴戦感を帯びた防具を身に纏い、鞘に収まっていても質の良さがわかる長剣を腰に下げている。質実剛健を絵に描いたような筋肉質な若者だ。

 それでいて、瞳は野心に輝き、ある種の新鮮さも感じる。若手の実力者って雰囲気がひしひし伝わってくる。


 ──うん。いいね、凄くいい。


 青年は酒場の奥まで歩み入り、カウンターの奥でろくでなし共と同じく酒を浴びている中年の男を見据えた。


「──おう? お前、見ない顔だな、新顔か?」

「失礼。貴殿が冒険者ギルド『灰兎はいうさぎあなぐら』のマスターで間違いないだろうか?」

「あん? あー、あ? おう、そうだ…そうだ! オレがここのギルドマスター、『導き』のダリオルだ!! ま、その名で呼んでくれる奴なんざもうあんまいないがな。ガハハハッ、ゲフッ!」


 真っ赤に熟れた果実のような顔の酔っぱらいに対して、なんと真面目な応対。目の前で強面泥酔野郎がゲップをしても顔をしかめないし、正しく誠実。


 ──素晴らしい、とても。


「『導き』のダリオル殿。自分を冒険者としてギルドメンバーに加えてもらいたい」

「おう? おう…勿論構わん。うちは来る者拒まず、去る者追わずがモットーよ。ま、オレ自身は去ってく女は脚にすがり付いてでも引き留める主義だがな。ガッハッハ」

「ふっ、そうか…感謝する」


 悪酔い中年の最底辺の冗談に、静かに笑い返せる懐の深さ。目の前の人間が最低限の礼儀を持ち合わせていないのに、己は礼節を忘れない。真面目だが固すぎる性格ってわけでもない。

 そして、案の定冒険者志望。


 ──うん、文句なし。電光石火、早い者勝ち。鉄は早い内に打て……だ。よぅし!


「じゃあ、簡単な手続きをしてくれ。大した内容じゃないが形式としてな。諸々の話はそれからだ」

「無論、了解し」

「うあ、あーぐあ。うーがぁ!」


 突然の呻き声を耳にして、青年の、程よく自信を持った目が、こちらに……私に向けられた。

 混乱、そして驚愕。或いは恐怖。瞳に宿った力強さが消え、別の色に変わる。


「え、な、な……? こ、『これ』は一体──?」

「んあ? あー…こいつもうちのギルドに登録してる冒険者だ。種族はゾンビ。名前は知らん。本人も知らんからな。皆ゾンビって呼んでるから、それが名前ってことで」

「いや、これ……魔物じゃ──」

「あ? おいおい、冗談だろう。この国の法律上、一応ゾンビは亜人扱いだぞ。身元が保証されてるなら、エルフやドワーフ達と同じく『人』としての権利を得られる。ま、ゾンビなんざこいつ以外に見たことないがな」


 腐った皮膚、焦点の合わない瞳孔、放つ死臭、滲み出る腐敗液。他の亜人と比べても、おおよそ人でなしな容姿。


 ──それが、ゾンビ。………私だ。


 ボロボロの喉からは呻き声しか出ない。ガタガタの関節では走ることすら儘ならない。


 だけど──だけど!! こんな反応予想の範疇。慣れっこだ。ゾンビはこんな事では折れたりしない。


 さあ、次の一手だっ!


『パーティにゾンビは要りませんか?』


 そう書かれた紙きれを青年の顔前に突きだす。虫が這った後みたいな文字だが、読めないことはないはずだ。


 まるで恋文を渡す少女のように、或いは女神の信託を待つ修道士のように、目を伏せ相手の出方を待つ。打ってないはずの心臓がドキドキしてる……気がする。


 ────さあ、どうでる!?



「………おい」

「ぐぁ?」

「あの男、もう帰ってったぞ。逃げるように」


 ダリオルの言葉通り、そこに冒険者志望の青年の姿はなかった。

 残ってるのは、一部始終を観ていたであろう野次馬ろくでなし達のまばらな笑い声だけ。


「おいおい! これで何連敗目だあ?」

「もう飽きたぞー。もっと面白くしろー」

「皆振られる方に賭けるから賭けになんねーだろーが。はははっ!」


 口の悪い一部の古株冒険者たちや物見遊山な客の野次が届く。う、うううーっ! 腹立たしい。全くもって腹立たしいっ。


「うー。ぐぐあぃ! ぐぁあがっ!」



 私は、ゾンビ。冒険者ギルド『灰兎のあなぐら』のギルドメンバー。そして現在、パーティを組んでいないソロ冒険者。

 そも、一度たりともマトモにパーティなんて組んだことないけれど。


 ──でも、でもでもでもっ! こんな私だって、いつか、最高の仲間と、最高のパーティを組んで、このアンポンタン共を見返してやるんだからぁ!!

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