Life2-16 最後まで俺たちらしく
『きゃぁぁぁぁぁぁ!!』
物事を理解するための一瞬の静寂の後、観衆の悲鳴が響き渡る。
「くっ! まだあれほどの強大な魔物が残っておったのか!」
「みなさん、落ち着いてください! 慌てず、走らないで! 私たちの指示に従ってください!」
王城内部も騒がしくなり、近衛兵たちも市民を守るために避難誘導を行っているが、いかんせん人が多すぎて統率が取れていない。
ちっ、これはまずいな。
このままだと魔龍だけでなく、人々による二次被害まで起きかねない。
「……あれもアキラが用意した試練?」
「そんなわけあるか!」
レキはぼうっとした様子でそんなことを口にした。
その瞳に慌てた様子はない。
つまり、彼女にとってアレは強敵ではないということか……?
「レキ。どれくらいあったら倒せる?」
「私一人だと五分。みんなのサポートがあったら三分」
「よし、流石【勇者】だ。ユウリ、王都全域に【聖女】の加護は使えるか?」
「はい、もちろん。ですが、範囲が広いのでほんの少し時間が必要です。魔龍の攻撃の第一波を防いでいただければ」
「聞いたな、リュシカ。俺も微力ながらサポートする。今回は防御に専念してくれ」
「もちろんだよ。それじゃあ始めようか」
今は正装しているせいで手元に武器がない。
だが、俺は【早熟】の加護で、数多くの分野に手を出してはかいつまんでいる器用貧乏。
こういった場面でもやれる手札は多く残していた。
「【
俺の魔法を浴びたリュシカの回りに緑の粒子が舞う。
【付与魔法】は能力の向上や敵の能力を下げたりするなど、間接的に味方の役に立つことができる種類の魔法。
強力な力を持つ三人にも弱点は存在する。そこを穴埋めしてやるのがパーティーでの俺の役目だった。
今回リュシカに付与したのは魔法の詠唱を省略可とさせるもの。大技を放つにはどうしてもとてつもなく長い詠唱を必要とするが、それらを簡易的に済ませることができる。
まさに一分一秒の争いになる、この状況では抜群の効果を発揮してくれるわけだ。
「ありがとう、ジン。大丈夫、私がいる限り、ここにいる誰も死なせやしない」
「GUAAAAAA!!」
空を旋回していた魔龍が獲物を食らわんとばかりに翼をたたんで急降下を始める。
「リュシカ!」
「風の大英霊よ。我らが種族と結びし、契約に従い、全ての災厄から我らを守る加護を与えよ――【
「GUAA!?」
不自然に魔龍の進路が変わった。
まるで不可視の壁にでもぶつかったかのように。
「GUAAAAAAAA!!」
再度、魔龍は人々を食らおうと牙をむき出しにして突撃を仕掛けるが、やはり途中ではじかれる。
「この魔法は指定した範囲に入ってくるものを全て外へとはじき返す。これでもう君は誰も傷つけることはできない」
「GUAU! GUAAU!!」
リュシカの言うとおり、魔龍は爪で攻撃を仕掛けたり、たくましく太い尾を振り回したりしているが、そのどれもが破壊には至っていない。
完全に魔龍は王都への侵略が不可能になった。
「少々魔力の消費が激しいのが難点だけど、今回はその心配もいらない。後は任せたよ、ユウリ、レキ」
「はい。任されました」
シャランと鈴の音が鳴る。これはユウリの持つ【聖女】の加護の発動準備が整った合図。
彼女は儚く、もろいものを優しく包み込むように両手を重ねて胸の前へと突き出した。
「ああ、女神よ。あなたを信ずる悲しみを覚えし、愛おしき子たちにひとしずくの愛を施したまえ――【慈しみの唄】」
彼女の手のひらに生まれた光の球は空へと舞い上がり、はじけて拡散する。
【慈しみの唄】は戦場での使用を目的とした【聖女】の加護を持つユウリだけが使える技。
興奮状態の精神を落ち着かせる効力があり、痛みも少しなら和らげられる。。
これでようやく逃げ惑っていた人たちの動きが止まる。俺たちの声が届くようになった。
「さぁ、みなさん。落ち着いて近衛兵の言うことを聞いてください。心配はいりません。まもなく【勇者】レキがあの龍を退治してみせます」
「始まりの声を、全ての民に等しく届けよ――【
よし、これでユウリの声が【全てを相殺する不可視の壁】内にいるみんなに届いたはず。
残すは空を飛んでいる魔龍だけだ。
「……ふぅ」
「……緊張しているのか、レキ」
「違うよ。昂ぶらせてるの、私の中の気持ちを。私はあの子を斬らないといけない」
「そうだな。平和のためっていうのもあるが――」
「――私たちの結婚式を邪魔した罰は万死に値する。――来い、【聖剣】」
瞬間、レキの手に光の粒子が集まり、数多もの魔族を打ち払ってきた彼女の相棒が手に収まる。
そして、聖剣の輝きが一気に増した。
これは本気で怒っている。彼女は一撃で勝負を決めるつもりだ。
「ジン」
「わかってる」
俺はレキの隣に行き、その小さな手の上に手を重ねる。
「ユウリ。リュシカ」
「レキちゃんと私も気持ちは一緒です!」
「28××歳にして初めての祝いの場を台無しにした恨みは重いぞ……!」
二人もレキと共に聖剣の柄を握りしめる。
【勇者】の加護の一つである【聖剣】は人の思いを乗せれば乗せるほど、その威力は増す。
ましてや今回は特に女性陣の怒りはとてつもない。
俺だって、せっかくの思い出を、俺たちの新たな船出を邪魔されて怒っている。
聖剣はそんな感情に反応して、纏う正義を執行する光が何倍にもなっていた。
「ケーキ入刀ならぬ、魔龍入刀か。いやはや豪胆だねぇ」
「いいですね! レキちゃん、ひと思いにやっちゃってください」
「たたき斬る……」
これだけの光量となれば魔龍も流石に気がつく。
奴の口にも灼熱が収束していき、黒の肌に赤い線がひび割れるように走っていく。
「向こうもどうやら大技で迎え撃つようだな」
「心配いらない。この一撃で片をつけるから」
レキの動きに合わせて、俺たちも大きく天へと剣を突き上げる。
「全てを無に還せ――」
「GUORAAAAAA!!」
「――【
振り下ろすと同時に放たれた光の奔流。
魔龍の口から打ち出された灼熱の光線。
誰もが見守る中、上空でぶつかり合い、爆風が舞い起こる。
一瞬の拮抗。そして、すぐに打ち破られる。
「ぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
「GUOOOOU!?」
赤を白に染め上げ、聖剣の一撃は魔龍へと一直線に伸びていく。
逃亡へと切り替えたときには、すでに時遅し。
「GYAAAAAAAA…………!」
両翼は消失し、空を飛べなくなった魔龍は大地へと落ちていった。
ここまで響く巨体の落下音。
それが聞こえなくなって三度訪れる静寂を――今度は勝利を祝う歓声が突き破った。
「すげぇぇぇぇ! 魔龍を倒したぞ!!」
「【勇者】様、バンザーイ! バンザーイ!」
「無事に終わって良かったよぉ~!」
あちこちで爆発的に見せる盛り上がり。
そんな国民の姿を見ながら、俺たちも勝利を祝っていた。
「お疲れ様、レキ」
「よく頑張りました、レキちゃん」
「最後はスカッとしたね」
「ん、ブイブイ」
コツンと拳をぶつけて、互いの健闘をたたえる。
「無事で終えられたのが何よりです。これなら死傷者は出ていないでしょう」
「私たちの結婚式で死人が出たら、王国もまずかっただろうし本当に良かったよ」
「ん。でも、さっき魔龍、まだ消滅していなかった。すぐ確認に行くべき」
「だったら、すぐ行こうか。新しい被害者を出すわけにはいかない」
「結婚式は残念でしたけど、仕方ありませんね」
「私たちは勇者パーティーだからね」
意見はまとまった。
いきなり俺たちが消えてもまずいだろうからアキラあたりに話を通しておきたいんだけど……どこにいるかな。
誰か伝言を頼める相手を探していると、トントンと背中をレキがつつく。
「どうかしたか、レキ」
「ジン。一つ、忘れ物がある」
「忘れ物?」
「そう――これ」
瞬きすると、目の前にレキの長く綺麗なまつげがあった。
そして、唇にある誰かのぬくもりで自分が何をしているのか、ようやく理解した。理解して……拒否せずに、そのまま受け入れる。
誓いのキス。魔龍によって阻まれた愛の証明をする行為をレキとしていた。
「「あ~!!」」
ユウリとリュシカの声が重なる。
唇を離したレキはそんな二人に向けて、いつものダブルピースをした。
「誓いのキスで、ジンは私の肩に触れていた。つまり、最初のキスは私のもの」
「そ、それはそうかもしれませんが……レキちゃんはもう過去にキスしているんですから譲ってくれてもいいじゃないですか!」
「それとこれとは話が別。恨むなら桃色の自分の頭を恨むべき」
「むきー!」
「まぁまぁ、落ち着こうじゃないか、ユウリ」
「なんでリュシカさんはそんなに落ち着いていられるんですか!」
「それはね……こういうことだからだよ」
「……っ!」
「抜け駆け!?」
まったく心構えができていないところに、リュシカに口づけされる。
しばらく堪能された後、ユウリに引き剥がされる形で唇が離れた。
「ずるい女! 卑怯者! 耳年増! まな板!」
ユウリは顔を真っ赤にして、リュシカを叩いている。
その様子がおかしくて笑っていると、矛先がこちらに向いた。
「ジンさん! 次は私の番です! 覚悟してください!」
「えっ、この流れで!?」
「当然です! こうなったら私が全てを上書きしてあげますから!」
「ま、待て! そんなに力を込めるものじゃないから……っ!!」
顔を掴まれて、ユウリの柔らかな唇にむさぼられる。
ユウリが勢い余ったせいで俺は後ろへと倒れ、押し倒される形になった。
「うへへ、逃がしませんよ~」
チュッ、チュッと何度も繰り返される誓いのキス。
「ま、待て、ユウリ。誓いのキスは一回だろう?」
「そんなルール知りません! 私は今まで我慢していた分、いっぱいしたいんです!」
「それは卑怯。なら、私もまだまだする」
「お、おい、レキ! うぅ~……わ、私だって」
視界いっぱいに映り込む三人の花嫁の姿。
魔龍の生存確認はどうするんだろうか。
言っても聞きそうにないし、なにより唇を塞がれているので言葉を発することもできない。
……どうか彼女たちの痴態が広まっても、俺はありのまま受け入れよう。
そんなことを思いながら、俺は三方向から降り注ぐキスの雨を浴びるのであった。
◇ お知らせ ◇
実は先日から新作投稿しています!
甘酸っぱい青春ラブコメです。ぜひ読んでいただければ……!
いつもひとりぼっちな天才少女にテスト勝負を挑み続けて数年後、「いつになったら私の気持ちに気づくの?」とキスされた。
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