Life2-15 結婚式は簡単には終わらない

「【勇者】様だ~!」


「きゃぁ~! リュシカ様、こっち向いてください~!」


「【聖女】様! いつもありがとうございます! あなた方のおかげで家族も仲良くやっていけています!」


「ジン様! 長い旅、ご苦労様ですわ~!」


 バージンロードを歩いていると至る所から歓声が雨のように降ってくる。


 その中に自分の名前を呼んでくる声もあって、思わず立ち止まりそうになってしまう。


「…………」


「どうしたの、ジン。ちゃんと手を振ってあげないと」


「あ、ああ。そうだな……そうだよな」


 俺は自分に向けて声援を送ってくれた女性に手を振り返す。


 同じようにレキたちもわざわざ祝いに来てくれた観衆に笑顔を振りまいていた。


 感謝の声を直接耳にすると、自分たちがやってきたことが実ったことを実感する。


 俺は最終決戦を前にパーティーを抜けたけど……。そんなことを言うとリュシカが怒るから口にしないけど。


『だったら、私も勇者パーティー失格だよ。魔王を倒したのはレキとユウリの二人だし』


『そう。だから、リュシカはお嫁さんになれない。バイバイ』


『ペナルティが厳しい!』


 新居でやったそんなやりとりも懐かしい。


 レキが【勇者】に選ばれて、彼女が心配で一緒に旅に出て……。ユウリやリュシカという大切な仲間ができて、苦しい戦いを切り抜けた先にはみんなとの結婚があって……。


 全ての出来事はつながっていて、まるで運命の導きのようだと感じる。


「なぁ、レキ」


「なに?」


「【勇者】に選ばれてよかったか?」


「……うん。今とっても楽しいから」


「そうか……なら、よかった」


「なーに、二人でイチャイチャしようと思っているんですか?」


「ちゃんと私たちも混ぜてくれないとな……っと」


 ユウリとリュシカが俺の両腕をぎゅっと絡ませてきた。


 レキは押し出される形になってしまったが、特に怒ってもいない様子。


 彼女はこちらへ振り向き、フッと笑う。


「二人とも余裕ない。私は大人だから、譲ってあげる」


「「…………」」 


 そして、いつものダブルピース。


 レキが成長したところを見れて嬉しいものの、人を煽るのはやめなさいと今度教えないといけないな。


 二人とも公衆の面前だから我慢しているけど、その分すっごい腕に力が入っているから。


 この痛みを受け止めるのも夫の役目。


 何事もなかったかのように歩みを再開し、王城を目指す。


 それから十数分歩いただろうか。


 ついに俺たちは正門が開かれた王城へとたどり着いた。


 入り口には特別に設置された主祭壇があり、そこには聖教会の神父様もいる。


 チラリと王城の踊り場を見ればウルヴァルト様に王妃様。アキラやご両親の姿もあり、メオーン王国の王族が集まっている。


 それだけじゃない。リュシカの故郷であるエルフの里の大長老様。聖教会のトップである大神官様もいた。


「見て、ジン。あそこ」


 レキの視線の先には俺の両親も居た。


 いつもは明るい二人も今日ばかりはガチガチに緊張している。まさか息子の結婚式に参列したら、国王様の横に座ることになるとは思わないよな。


 真っ青な顔色をしている父さんたちを見ると、思わずこちらも笑いそうになってしまう。


 それはレキも同じようで、祭壇が近づくにつれて少しこわばっていた表情も柔らかくなった。


 ありがとう、と父さんたちに手を振る。


 そして、いよいよこの結婚式のフィナーレが近づいてきた。


 多くの観衆も空気を察して、賑やかな王都では考えられないくらいの静寂が訪れる中、俺たちは祭壇の前に立つ。


「ジン・ガイスト」


 神父様に名前を呼ばれて半歩前に出る。


「あなたはレキ・アリアス。ユウリ・フェリシア。リュシカ・エル・リスティアを妻とし、病める時も健やかなる時も悲しみも喜びも共に分かち合い、彼女たちを愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「はい、誓います」


「レキ・アリアス。ユウリ・フェリシア。リュシカ・エル・リスティア」


 彼女たちも俺に並ぶように前に出る。


「あなたはジン・ガイストを夫とし、病める時も健やかなる時も悲しみも喜びも共に分かち合い、彼女たちを愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「「「はい、誓います」」」


 彼女たちの返事を聞いた神父様は微笑みを浮かべた。


 ……さて、いよいよだ。


 ついに今までしてこなかったアレをする場面がやってくる。


 ……三人のためにも格好悪い真似はできないからな。


「それでは誓いのキスを」


 ゆっくりと俺たちは向かい合う。


 ……本当にみんな綺麗だ。


 ……実を言うと誰からキスをするのか。順番は決まっていない。


 段取りの時点で俺も、レキたちもわかっていたはずだけど、話題には出さなかった。


 もちろん全員を俺は愛している。全員に同じありったけの愛を捧げる。


 それでも選ばれたいというのが乙女心なのだろう。


 ――そして、俺も腹はくくっている。


 瞳を閉じて、祈るようにキスを待つ乙女たち。


 俺は彼女の下へと一歩近づき、その小さな肩に手を乗せた。


 その瞬間だった。


「GUAAAAAAAA!!」


 耳につんざく咆哮。このめでたい場にふさわしくない、呼ばれざる客。


 漆黒の岩肌。ギラつく赤眼。口から飛び出す二本の牙。


 魔龍が王都の上空を飛んでいた。

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