Life2-14 美しき花嫁たち
アキラとの一騒動の後、時間がたつのはあっという間だった。
ドレスやスーツの採寸。王城内でのリハーサル。貴族として恥ずかしくない最低限のマナーの勉強。
転移魔法があるとはいえ王城と村との往復生活はとてもハードだった。
ウルヴァルト様やアキラが細かな部分を請け負ってくれなかったら、もっと悲惨な事になっていたと思う。
現にレキは何度も頭をショートさせていたからな……。
楽だったのは俺以外両親がいないため、挨拶の必要が無かったことくらいか。
それでも誰から見ても恥ずかしくない結婚式のために、みんなが頑張ってこの日を迎えられた。
「ついにやってきてしまった……」
雲一つ無い快晴。
太陽に照らされるバージンロードを王城の一区画から見下ろす。
王都の入り口から敷かれた赤の布はまっすぐに終点である王城まで続いている。
俺たちはこの後転移魔法でスタート地点まで移動して、ウルヴァルト様が用意してくださった馬車に乗りながら国民のみんなに顔を見せる形に。
王城に着いてからは自らの脚で用意された壇上にあがって、永遠の誓いを遂げる。
「ふぅ……」
行程を想像したら一気に緊張感が出てきた。
いよいよか……。本当の意味で俺はあの三人の夫になる。
もちろん後悔や戸惑いはない。結婚式までの一ヶ月間でよりお互いの仲を縮められたと思う。
この緊張は礼儀正しく振る舞えるか、人々から恥ずかしく思われないか。
どっちかと言えば他者からの視線への緊張だな。
「襟が曲がってないよな……」
専門職の人が着付けてくれたとわかっていても、つい心配になって鏡に映る自分を見やる。
すると、コンコンとノック音が鳴った。
「ジン。入ってもいいかな?」
「アキラか。もちろんだよ」
「ありがとう。失礼するね」
俺よりも一回り小さい体をしたアキラはドレスに身を包んでいた。
だけど、目立たないように装飾は少なく、シックな作りとなっている。
相も変わらず自分の魅力の引き出し方がわかっている服装だ。彼が王族として顔が広くなければ女性として勘違いする人物が多く現れることだろう。
「よく似合っている、アキラ」
「その言葉は嬉しいけど、今日言うべきはボクにじゃないでしょ」
「ハハッ、そうだな。だけど、感じたことは素直に言うべきだと思うから」
「ったく……責任をとらないのに、そんなこと言わないでよね」
「ごめんごめん。それでアキラが来たってことは……」
「うん。レキたちの準備が整ったよ」
ということは、いよいよ本当に一世一代の結婚式が始まるんだ。
これまで数々の魔王軍幹部と戦ってきたが、今回の結婚式の方が何倍も緊張するな。
「じゃあ、行こうか。そろそろ結婚披露パレードの開始時刻だ」
「スケジュールに遅れは?」
「ないよ。予定通り、国民に顔見せしてくれたらいい」
「わかった。できる限りサービスしておく」
「それはいいね。きっと喜ぶよ」
新郎新婦は王都の入り口まで互いの姿を見ない。
これはユウリの提案で、ドキドキを感じながら結婚式に望んで欲しいかららしい。
『私たちにもう一度惚れ直させますから。楽しみに覚悟しておいてくださいね』
そんなことを言われたら否が応でも期待のハードルが上がる。
そして、彼女たちなら上がったハードルも余裕で超えるんだろうなという予感もあった。
「ちなみになんだけどさ……どれくらい可愛い?」
「悔しいけど、ボクの倍は間違いないね」
また一つ期待が膨らむ。
「ありがとうな。ドレス作成を請け負ったくれた店、アキラが紹介してくれたんだろ?」
「ああ、ボクが着るつもりで目をつけていたお店でオーダーメイドしたんだ。あそこは質が良くて、仕事も早い。もっと感謝したって良いんだからね?」
「感謝してもしきれないくらいさ。本当にありがとう」
それだけじゃない。俺が身にまとっている立派なスーツもアキラ御用達である。
そして、それらの代金は全て国庫から排出されている。
うっ……そういうことを考えたらお腹が痛くなってきた。
そんな俺の表情から考えていることを察したのか、アキラはあきれた風に肩をすくめる。
「気にしなくて良いよ。そもそもジンたちは遠慮しすぎなんだよ」
「そんなことは無いと思うけど……」
「あるよ。キミたちは魔王を倒した英雄なんだ。王国はどれだけお金を出したって構わないんだから」
「そうはいっても今まで見たことのない額の予算が組まれているのを聞かされていると、どうも一平民としてはな……」
「これはメオーン王国の威厳にも関わる行事だからいいのさ。世界に平和をもたらした勇者パーティーの栄えある結婚式がみずほらしかったらメンツ丸つぶれだよ」
「そういうものなのか……」
「うんうん。だから、ジンはあんまり難しく考えすぎなくていいんだよ」
がっつり結婚式の運営に関わっている彼が言うのだ。
そちらについて考えるのは辞めて、目の前の結婚式に意識を集中させよう。
「ほら、ついたよ。あとはこの魔法陣を踏めば、王都の正門に転移できる」
アキラの指さす先には大人一人分のサイズの転移魔法陣があった。
もちろん毎度のリュシカお手製である。
彼女との約束として、この魔法陣は一度使用すると効力を失うように設定されているのでタイミングには気をつけないと。
「ちょうど十二の刻に踏んで同時に現れる演出だから。ボクのかけ声に合わせて魔法陣に入ってね」
「わかった。あと、どれくらいなんだ?」
「実はね……あと十秒」
「はっ!?」
「結構ギリギリだったんだ。ボクたちも焦ったよ。というわけで、あと三秒、二、
一!」
「うおっ!?」
後ろからポンと押されて勢いのまま魔法陣に足を踏み入れる。
こけそうになるのを堪えて、アキラの方へと向く。
「いってらっしゃい、ジン。ボクはこっちから見ているから楽しんできて」
微笑みながらアキラは手を振りながら見送ってくれる。
「……ああ、行ってきます」
刹那、俺の視界を囲むまばゆい閃光。
瞬きすれば、大空と歓声の下に俺は立っていた。
「こんなにも人が……」
王城まで続く大通り。そこには勇者パーティーを一目見ようと人々が押し寄せていた。
バージンロードに沿って王国の近衛兵が警備しているが、そんな彼らも圧されているように思えるくらいの密集度。
そして、姿を現したこちらに気づいたのか、歓声がまたひときわ大きくなる。
「ジン」
その中でもはっきりと耳に届く俺の名を呼ぶ声。
振り返れば、そこには純白のドレス姿に身を包んだ三人の姿があって。
「――――」
俺の心はあっという間に奪われた。
「どうかな、ジン。あまりこういったのには慣れていないんだけど……」
リュシカは照れくさそうに、ドレスの裾を掴む。
彼女の魅力を最大限に活かしたドレスは腰回りでぎゅっと絞れて、美しいシルエットをくっきりと出している。
彼女が高身長なのもあって、とても格好良くおしゃれな雰囲気に仕上がっていた。
だけど、スカート部分がふわりと甘さを利かせたタイプなのはリュシカの中の乙女に憧れる部分だろうか。
格好良いだけじゃなく、内面の少女の部分も表現したこの衣装はまさに彼女にピッタリだろう。
「すごく……すごく素敵だと思う。本当に絵画にでも残したいくらいに」
「……なんだかむず痒いね。あんまり服を人に褒めて貰う機会なんてなかったから」
「ちょっとジンさんっ。私も見てください! すっごく可愛いんですから」
プクリと頬を膨らませて、俺の手を握るユウリ。
対照的に彼女は「かわいい」の暴力だった。
ドレスに身を包んでいる彼女を見て瞬間、思わず「かわいい」と呟いてしまう。そんな衝動が襲いかかってくる。
まさにお姫様と言っても過言ではない存在感あふれる大きなウェーブを描くスカート。
腰の部分には大きなリボンの花が咲いていて、どの角度から見ても、ユウリがお姫様な花嫁だとわかる。
まさに彼女のために生まれてきたと言っても過言ではないくらい似合っていた。
「ユウリの魅力が何倍にも膨れ上がっていると思う。とっても可愛いよ」
「やだ、ジンさん……。そんなに見つめて……私、照れちゃいます」
「本当に可愛いからな。見たくもなるさ」
「最後は私。ジンの大本命」
クイッと裾を引っ張るレキが今度は自分の番だと主張する。
俺は正面からドレスに包まれたレキを見て――思わず顔をそらしてしまった。
彼女が可愛いのはきちんと認識しているつもりだった。だけど、それは甘かったと言わざるを得ない。
きちんと化粧をして、ウェディングドレスを着た彼女は……こうも俺の胸をときめかせるのかというくらい可愛かった。
シンプルで王道なウェディングドレス。二の腕にかけるタイプで、少し胸が強調されている。
上から下までレースの紋様が施されており、華やかさは間違いなくいちばんだ。
ヒールを履いているからか、いつもより顔の距離も近くてドギマギしてしまう。
「どうしたの、ジン? お腹痛い?」
「ふふっ、違いますよレキちゃん。ジンさんはきっと……」
「ああ、レキの姿に見とれてしまったんだ」
「……? そうなの、ジン?」
下から覗き込んでくるレキ。その翡翠の瞳は期待を孕んでいた。
「……ああ。とても綺麗だよ、レキ」
「……よかった。ジンに気に入ってもらえて」
ニコリと微笑む彼女は本当に美しい花嫁だ。
レキだけじゃない。ユウリも、リュシカも。本当に俺にもったいないくらいの素敵な子たち。
アキラの試練で、みんなが俺を想っている気持ちはよりわかった。
彼女たちを幸せにする。
「本当はこのままみんなの綺麗な姿を独占したいけど……見たいって人がたくさん来てくれているからな」
俺は三人に向けて、手を伸ばす。
「さぁ、行こうか」
その誓いを立てるために俺たちは観衆の前へと歩みを進めた。
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