Life2-13 君の幸せを願っているから
ボクは昔から女の子の格好をするのが好きだった。
城のみんなに可愛いと褒められるのが嬉しかったし、外で遊ぶよりも部屋でお人形遊びをしている方が楽しかった。
だけど、それが許されるのは子供の間だけ。
大きくなって、学校に通うようになって、周囲の視線は気味悪いものを見る目だった。
ボクが王族だから表立って悪口は言われないけど裏でひどい噂を流されていたのも知っている。
どうしてボクはボクらしく振舞っているだけなのに、そんな傷つくことを言われないとダメなんだろう。
まだ幼かったボクは次第に学校に行くのが怖くなり、部屋に籠るようになっていた。
ボクは生まれてきちゃいけなかったのかな。自分の心に素直でいたらいけないのかな。
ボクだって女の子に生まれてきたかったよ。
何度も何度も同じことを繰り返して思いながら、ただ呆然と生きていた。
そんなボクを初めて肯定してくれた他人がジンだったんだ。
彼は変な人で、優しい人だった。
部屋に迷い込んできたと思えば、いきなり「かわいい」だなんて呟いて。狼狽えるボクの気持ちも知らないで、いっぱい話しかけてきたよね。
あの時はボクが王族だと知らなかったみたいだけど、普通はそんな行動しないんじゃないかなぁ。
ボクもボクだ。久しぶりに「可愛い」って言われて、すぐに彼に心を許してしまうなんて今考えればチョロすぎる。
それからジンは何度もボクの部屋に遊びに来て、ボクたちは仲良くなった。
そして、会う回数を重ねる度にボクは怖くなったんだ。
ジンはボクを女だと勘違いして仲良くしてくれているんじゃないか。ボクが男だと知ったら気持ち悪く思うんじゃないかって。
せっかく仲良くなったキミに嫌われるのが恐ろしくて、泣き出しながら性別のことを打ち明けた時、ジンは言ってくれたよね。
「いいんじゃないの? 性別で友だちを選ばないさ。俺は可愛いアキラでも格好いいアキラでも、どっちでも好きだよ」
その言葉にどれだけボクが救われたか、キミは知らない。
ずっと自分を縛りつけていた過去から解き放って、自由にしてくれたのは他の誰でもないキミなんだ。
それからもっともっとキミと仲良くなって、優しさを知って、時に傷つく姿を見るのが苦しかった。
だからこそ、ボクはキミの幸せを願う。
キミがボクを幸せにしてくれたみたいに、ボクもキミを幸せにしたかったんだ。
でもね、それが叶わない願いだということも理解している。
だから、こうしてこの三人がジンに相応しい相手かどうかテストまでした。
ちゃんとジンを幸せにしてくれる人物か見極めるために。
本当に最低限の簡単なお題ばかりなのに誰もが失敗して、もう終わりだと思っていたのに。
「あぁ……やっぱりそうだよね」
平然とした様子でレキの黒焦げた四肢鳥の衣揚げを食べるジンの姿はまさしく彼そのもの。
ボクが好きになったジンだったら、そうするよね。
「ジン、食べちゃダメ。体に悪いから」
レキは必死に止めるけど、ジンの手は止まらない。
調理の様子を見ていたけど味付けは舌が痺れるほど濃くなっているだろうし、衣もグズグズとまばら。火加減がわからなくて一気に焦がして、火を止めたから多分中身も生焼けだと思う。
決して人間が食べるべき料理じゃない。
だけど、彼は食べ進める手を止めない。
自分の大切な人のためなら自分の命だって懸けられる。
それがジン・ガイストという人間だから。
「……ふぅ……」
大きな吐息。最後の一切れを食べ終えた彼は手と手を合わせた。
「とても美味しかった。レキ、ありがとう」
何事もなかったかのような声色で感謝を告げる。
「ジン……!」
感極まったレキが後ろから彼に飛びつく。
「ごめんね、あんな料理食べさせちゃって……本当にごめんなさい」
「何言ってるんだよ。本当にご馳走だったさ。だって、レキは愛情をたっぷり注いでくれただろう?」
「それは……」
少し照れくさそうに小さく頷くレキ。
「だったら、やっぱり俺にはご馳走だよ。レキの愛情がこもった料理が食べられるのは世界で俺一人だろうな!」
そう言いながら彼は抱きついているレキの涙を指で拭う。
「レキだけじゃない。リュシカもユウリも、それぞれの方法で、それぞれの考えで本気で挑んでくれた。本当の愛情がなかったら適当に手を抜いて誤魔化すことだってできたはずだ。でも、二人は本気で挑んだからこそ、ああいう結果につながってしまった」
つまり、と彼は続ける。
「俺はこんなにも可愛くて、俺を想ってくれる人たちに愛されているわけだ。そして、俺もそれ以上に三人を愛している」
一人一人に目を向けて、最後にボクを見やるジン。
その微笑みは相変わらず優しくて。
「だから、アキラ。俺は三人と結婚できたら幸せだよ」
あの日と全く変わっていない。
「……うん」
何を驕っていたのだろう、ボクは。
彼の幸せは彼にしか決められないのに。これじゃあボクを苦しめていた奴らと変わらないじゃないか。
彼の隣に立てない嫉妬心をこんな形でぶつけて……彼の結婚話を聞かされて言いたかったことはこんなのじゃなかったのに……。
「結婚、おめでとう」
その言葉は思っていたよりもすんなりと口から出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「本当はわかってたんだ。ジンたちの仲に入ることはできないってこと」
アキラによる結婚の試練とも言うべきイベントが終わり、その後はつつがなく結婚式についての打ち合わせが行われた。
そして、今は帰る前にちょっと話がしたいとアキラに呼び出されて二人で馬車までの道を歩いている。
「だって、ジンはとてもボクに優しくしてくれるでしょ? でも、それだけ。みんなにしてることだもん。特別な関係だからじゃない」
「……みんなのことは好きだと自信を持って言えるから」
「そう、ジンにとってレキたちは違う。一緒にいたらやっぱりわかるんだ。ボクに向ける視線と、三人に向ける視線の種類が違うって。……やっぱり彼女たちには敵わないんだって思っちゃった」
そんな彼の姿を見て、俺は反射的に「ごめん」と呟きそうになり、グッと呑み込む。
……違うな。謝るくらいなら彼のことも受け入れてやれば良い。
その選択をとらないのならば、告げる言葉は別だ。
「……ありがとう。アキラのおかげでまた仲が深まったよ」
「ほんとだよ。あ~あ、こんなことなら勝負なんてしなかったら良かった~」
そんな愚痴を呟きながら、アキラは俺の前を歩く。
だけど、それも数歩で止まり、くるりとこちらに向き直った。
「ねぇ、ジン。これはボクにご褒美があってもいいんじゃないかな?」
「ああ、俺にできることなら何でも言ってくれ」
「う~ん、それじゃあね~――えいっ」
グイッと腕を引っ張られる俺の頬に軽く当たる柔らかな感触。
俺にはすぐにその正体が何かわかった。
「ア、アキラ!?」
「これは報酬としてもらっておきます! 文句は受け付けませ~んっ」
ベッと舌を出したアキラは今度こそ走り出し、馬車へと乗り込む。
俺が呼び止める暇も無く、動き出す馬車。
「じゃあ、また王都で会おう! 愛しき我が友~!」
アキラはその姿が見えなくなるまで顔を出して、こちらに手を振り続けていた。
……本当に俺は周囲の人間関係に恵まれている。
こうして俺たちの騒がしくも楽しい時間は終わり――
「……ジン。今のは……浮気?」
「おかしいね。ただ見送るだけだって聞いていたんだが」
「頬にキス? まだ私たちもしていないのに?」
「私はしてる。遅いのはユウリとリュシカだけ。勝手に仲間にしないでほしい」
「「は?」」
――そうになく、背後でどんどんと怒気が増していく、お嫁さんたちをどうにかしなければならないミッションが始まった。
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