Life2-12 世界でいちばん
一つ目のお題開始から一時間。
無作為にアキラに決められた部屋を掃除し、きちんと清潔になっていれば終わり。たったそれだけのことなのに。
あれ……? おかしいな……? 俺が見ていたのは掃除のはず……?
ゴシゴシと瞼を擦る。だけど、映る景色は全く変わらない。
なんだ、この惨状は……?
「フッ……全力でやり切ってみせたよ」
額に浮かんだ汗粒を拭うリュシカ。
やりきった感を出しているが、結論を言うと彼女は散らかしただけだ。
床の掃除のために動かしたテーブルは位置が違うし、椅子の位置もバラバラ。
ビチャビチャと半乾きの床。埃を取る前に水拭きをしてしまったせいで、汚れが散る形になってしまっている。
全力で掃除に取り込んだ結果、そうそうお目にかかれない現場が出来上がってしまったというわけだ。
「リュシカ……」
「リュシカさん……」
「すまない……」
……そういえば、一度リュシカの部屋を見たことがある。
あちこちに本を積んでいたり、付箋があちこちに貼られていて、メモは床いっぱいに散乱していた。
てっきり研究に時間を割いていたから、そういう状況になっているんだと当時は思っていたが……どうやら彼女は絶望的に掃除が苦手なようだった。
「……これは判断するまでもないよね」
「「「……」」」
誰も文句を挟まない。
どう考えてもアキラの言うことが正しいからだ。
「まずは一つ……不合格」
その言葉が重くのしかかる。
ま、まだ大丈夫だ。残されている項目は二つある。
その両方を勝ち取れば掃除が不得意なことくらい打ち消せるはずだ。
「……次は私が行きましょう。これは想像以上に難しい戦いになりそうです」
ユウリの表情が真剣なものに変わる。
あれは戦闘時に見せる本気の時の顔。ユウリもわかっているのだ。
次の一戦の重みがとてつもないことを。
「次はユウリか。だったら、ボクはこれにしよう」
掃除から察するに、カードに書かれているお題は家事系統の可能性が高い。
その点、ユウリは家事全般を完璧にこなせる。それは長い時間、共に旅をしてきた俺たちがよくわかっている。
今度の勝負はもらった……!
「ジンへのマッサージだよ」
あっ、終わったかもしれん。
ユウリが施せばマッサージ(意味深)になってしまう。これは自信を持って断言できる。
これには意表を突かれたのか彼女も思わず聞き返していた。
「……マッサージ……というのは、あの……?」
「そう。仕事から帰ってきた夫の疲れを癒す。逆に夫は家事で疲れた妻の疲れを癒す。そんなひと時の共有が愛を深くさせるとボクは思っている」
なるほど。一理ある。
互いを思いやれる心があれば決して面倒だとは思わずに丁寧なマッサージがこなせるはずだ。
そこに技術なんか必要ない。
相手を想う心があれば、それでいい。
肩を揉む。腰を叩く。足を踏む。それらの行為の丁寧さを見れば、どんな気持ちでやっているかすぐにわかるからな。
「今回はジンに対してしてもらう。どんな種類のマッサージをするかどうかはユウリに任せるよ」
「……ユウリ」
「ふふっ、安心してください、ジンさん。私は【聖女】です。決してジンさんが心配しておるようなことなんて起きませんから」
ユウリの顔が……変わっていない!
これはいける! ユウリは本気なんだ。
なんだかんだと言っても、やはり【聖女】として役目をまっとうした彼女の精神力は恐ろしく強い。
一瞬でもやましいことをしてくるんじゃないかと考えてしまった自分が恥ずかしい。
ユウリを信じていなかったのは他ならぬ俺だったのだから。
「さぁ、お見せしましょう。老若男女、気持ちよくなれる私のマッサージ技術を!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっ、あっ、待ってください、レキさん。これにはわけがあって……!」
「問答無用。ユウリは手を出してはいけないところに触れようとした。このまま縛りつけの刑」
「ヒック……ヒック……」
「大丈夫だよ、ジン。もう怖い人はいないからね……」
「……本当にキミたち、勇者パーティーなんだよね? 偽物とかじゃないんだよね?」
ユウリはレキに縄で絞められ芋虫状態で床に転がっている。
上半身裸になった俺はリュシカにシーツを被されて、頭を撫でられていた。
そんな俺たちの様子を見て、アキラはドン引きしている。
初めは……初めは本当に真っ当なマッサージだったのだ。
肩から始まり、腰へと流れて、ユウリのマッサージの腕前はさすがと唸るものだった。
アキラもうんうんと頷き、高い評価をしている様子。
俺も気持ちよく、ユウリも調子が出てきたのか、自然な流れでベッドへと寝転ぶ形になった。
そして、おかしくなったのは彼女がこんな言葉を口にし出した瞬間からだ。
「ジンさん……ここにリンパが集まってるんですよ」
ここが運命の分岐点だった。
手つきが怪しくなり、触る箇所が際どくなった。
だけど、ユウリを信じて俺は何も言わなかった。
俺はユウリの夫だから。
そう思っていたのに……ズボンをずらそうとしたところでレキとリュシカによるストップがかかって今に至る。
「……一つ聞いてもいいかな?」
「私が答えよう。なんだい?」
「キミたちって本当に結婚する気あるんだよね?」
「「「もちろん!」」」
三人の言葉が重なるが、アキラは嘆息をするばかり。
その反応に反論するのはなぜかこんな混沌の状況を作り上げたユウリである。
「だって、アキラさんはこう言いました。私たちがジンさんを幸せにできると判断したら結婚を認めると。つまり、大切なのはジンさんが幸せな気持ちになれるかだと私は判断しました」
……思い返せばそうだ。
ユウリの言う通り、アキラが出した勝利条件は「俺の幸せ」。
勝手に三つのうち過半数のお題で合格をもらえれば結婚が許されると勝手に解釈していた。
「男性はエッチなことが好きですから、幸せになれるはず! つまり、私の行為は何も間違っていません」
「だからといって、ボクたちの面前で襲いかかろうとするのは違うと思うけど……」
「ふふっ、アキラさんってお子ちゃまなんですね」
「はい、不合格!!」
「なんで!?」
ウネウネと床で文句を言っているユウリ。
アプローチの方法はひどかったが、言っていることは間違いない。
だったら、まだやりようはある。挽回のチャンスは残っているんじゃないか……?
考えるのを放棄するな。
俺は……俺は三人と結婚したい。
それもただ結婚するのではなく、多くの人から祝福される形で。
だって、そうだろう。世界を救った勇者たちだぞ。
その苦労に見合った幸福に恵まれてほしいと思うのは当然だと思う。
だから、頼む……! 突破口を開いてくれ……!
「レキ……!」
「ん、任された」
ユウリの首にチョップを入れて気絶させた頼れる幼馴染は得意気にいつものピースサインで返してくれる。
「……自信満々だね、レキ」
「当然。私はジン好き好き歴10年の最古参。相手にならない」
「ふん、いつまでその自信を保てるかな? 知っているよ、キミは戦闘以外は全くできないことを」
「だから、なに?」
「何って……それは」
「絶望は諦める理由にはならない。アキラは私が誰か忘れたの?」
「私は【勇者】レキ。どんな困難だって打ち破ってみせる」
「最後の勝負、アキラ」
「……わかったよ。ボクがキミたちに出す最後のお題はーー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は真剣な面持ちで席についていた。
最後のお題で審査に協力するためだ。
「……ごめん、ジン」
今にも泣き出しそうなレキ。
先ほどまでの自信は儚く散り、【勇者】ではなく、ただの少女であるレキになっている。
それも仕方ないだろう。
俺の目の前に置かれた皿には真っ黒焦げな四肢鳥の衣揚げが載っていた。
最後のお題は『料理』。
レキは食べる専門で作った経験など一度もない。
だけど、彼女は諦めなかった。ずっと隣で見てきた俺やユウリの動作を思い返しながら、慣れない料理に挑んだ。
レキの着けるエプロンの汚れがなにより彼女の努力を証明している。
「……これは食べるまでもないね。審査は終わりだ。ジン……やっぱりボクはこの結婚は……」
アキラの言葉は最後まで紡がれることはなかった。
彼の口は驚きのあまり、大きく開いてしまったから。
沈黙が訪れる中でバリボリと響く俺の咀嚼音。
手に取った衣揚げを味わいながら噛み締め、ごくりと飲み込んだ俺は率直な感想を告げた。
「世界でいちばん美味しい」
◇ お知らせ ◇
本作の書籍化が決定しました!!
え!? こんな下ネタだらけのエロコメディを本に!? できらぁ!!
というわけで10月刊で「スニーカー文庫」様より出ます!!
みなさまの応援のおかげで書籍化に至れました。
絵師様など詳細は後日となりますが、すでに届いているイラストはマジで神なので楽しみにお待ちいただけると嬉しいです♪
本当にありがとうございます&よろしくお願いします!
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