Life2-11 愛の試練
自然の木々の匂いが漂うリビング。
精神を落ち着かせてくれるいい香りで、俺は好きだ。
今は円形のテーブルを囲うようにして座っている。
テーブルはこの形にすることで無理なく両隣りと正面に座れるから、喧嘩がなくなるという理由で採用されたとのこと。
思いのほか、子供部屋以外のことも考えられていて安心した。
それはそれとして、ちゃんと子供部屋は十五室用意されていた。
今はその事実からは目を背けたいと思う。
「というわけで、アキラがここに遊びに来ることになりました」
「「やっぱり(ですか)……」」
王城での出来事を話すと、意外にも二人の反応は小さかった。
そういえばリュシカとウルヴァルト様も事前に意思疎通していた様子だったなぁ。
俺は気づいていなかったけど、第三者から見ればアキラの好意はわかりやすかったのかもしれない。
あのレキでさえ気づくのだから、俺が鈍感すぎるのか……。
今度からはもっと相手の感情に機敏になれるように心がけよう。
「私たちの愛を試す。いったいどんなことをしてくるのでしょうか……?」
「ちなみに三人がアキラの立場ならどういうことをさせるんだ? 俺が考えるよりもみんなの方がより正確な予想ができると思うんだが」
そう告げるとレキたちは顔を合わせて、首を傾ける。
「えっと……あんまり自信はないんですけど私の場合だったら、でいいんですよね?」
「ああ。事前に対策できれば、すんなりと終わらせられるからな」
あの大広間でのアキラの暴れっぷりを見るに、簡単には済みそうにないのは容易に想像できる。
なにせ成人した王族が「結婚したい」と大の字でジタバタしていたからな……。
本当に見ていたのが俺とリュシカとウルヴァルト様だけでよかった。
「それでいいなら私も一つ思いついた」
「じゃあ、レキから聞こうかな」
「ジンと最高級のお肉を崖から吊るして、どちらか一方だけを助けられるという状況を作る。これは相当の愛がないとジンを選べない」
「俺の命がお肉に負けなくて本当によかった……!」
比較対象がお肉であることを嘆くべきだろうか。
いや、食いしん坊のレキにとって最高級にお肉はとても高レベルに位置するはず……!
深く考えすぎるのはよそう。レキが俺を選んでくれたという事実が大切なのだ。
「レキちゃんの案はともかく私たちの何か大切なものとジンさん、どちらを選ぶか……というシチュエーションはあり得そうですよね」
「確かに……。ユウリの言う通りだ」
「ちなみに私は聖教会の全信者とジンさんだったら、もちろんジンさんを助けますから安心してくださいねっ」
「……うん、ありがとう!」
愛が重たい……!
俺一人で受け止め切れるか心配になる愛の大きさだ……!
「だけど、アキラさんも命に関わるような真似はしないと思うので、おそらく別のことで試してくるでしょう。そして、私が【聖女】として聞いてきた夫婦の悩みでいちばん多かったことが関係してくると予測しています」
おぉっ……! すごく期待できそう!
そうだよ、ユウリは数多の苦しみから人々を解放してきたんだ。これくらいの問題はお茶の子さいさいに決まっている!
「それでユウリの予想は何なんだ?」
「簡単ですよ、ジンさん。――体の相性です」
「そうか! 体の相性……うん?」
「夜の営みで満足できないと夫婦は不満を募らせると言います。そして、別の男女とくんずほんず交わってしまう。つまり、アキラさんに私たちの「体の相性が抜群であることを示せば万事解決です!」
するわけねぇだろうが、この【性女】が……!
「ですから、後でみんなで練習をしましょう! 大丈夫! 私は初夜が4人でも構いません!」
「いいわけないから! レキ! ちょっとこの淫乱聖女を静かにさせておいて!」
「らじゃ」
「あっ、レキちゃん? ダメですよ、そんなっ! 人間の体はそっちに曲がらないんですからぁぁぁぁ!」
隣で広げられている惨劇から目を背けて、頼みの綱である【賢者】リュシカ様に視線を送る。
もういつもリュシカに最後の希望を託していると思う。
魔王軍を倒す旅の時だって、行き詰まった時にヒントを与えてくれたのはリュシカだった。
それに帰り道だって余裕があったのは、すでに対処方法を思いついていたからに違いない。
今回も俺たちに道を指し示してくれるはず……!
「任せておいてくれ。私が読んできた恋物語ではこういうのは相場が決まっているんだ」
あっ、もうダメそうな匂いがプンプンする。
「ズバリ目の前でキスをして愛を見せつけてやればいいのさ! それも飛びきり大人なディープのやつを!」
「「それだ(です)!!」」
絶対違うと思う。
結局、そのまま俺たちの意見はまとまらず、適宜状況に合わせて柔軟な対応を行うという方向で決着がついた。
格好いい言い方をしているが、つまるところは作戦なしだ。
そして、アキラが来訪する日がやってきた。
「久しぶり、勇者パーティー諸君。本当ならば旧交を温めたいけど、今日ボクがやってきた理由はもちろん知っているよね?」
「当然。ジンはアキラに渡さない」
「私たちの愛の力を見せつけてあげましょう」
「シミュレートなら完璧に済ませてある。いつでもかかってきなさい」
自信満々のお嫁さんチーム。
ちなみに特訓の内容は俺は見せてもらえなかった。
乙女の秘密らしい。乙女を名乗るなら、もう少し普段の言動も淑女らしくあった方が説得力が増したと思う。
特にユウリ。
「あっ、いまジンさんが私のことを考えてくれていましたっ」
「なんでわかったの!?」
「ふふっ、愛の力です」
「なかなかやるみたいだね」
普通に会話が進んでいくのが怖い。
アキラもアキラで何故強敵を目の前にしたみたいな反応をしているのか。
ユウリに変態度で勝てるわけがないから別路線で攻めた方がいいぞ。
だが、俺も夫としてこの波に乗っていかねばならない。
引くのではなく、自ら飛び込んでいく気概を見せねば。
彼女たちの全てを受け入れると決めたのだから。
「だけど、ボクも負けられない。ボクはジンの幸せをいちばん願っている。ジンがボクに幸せをくれたようにね」
そう言って、アキラは前髪をまとめた髪飾りにそっと触れた。
それは俺にとっても見覚えのある代物だ。
「お〜、それまだ使ってくれているんだな」
あれはアキラとまだ仲がよくなかった頃の話だ。
彼がまだ周囲からの評価と自分の心の不一致に悩んでいた時にあげたんだっけ。
露店で見つけて、アキラの綺麗な白い髪に似合うと思ったんだよなぁ。
プレゼントした日以降付けているところを見てなかったから、こうしてまだ現役なのを見せてくれて嬉しい気持ちになる。
「……当たり前だよ。これはボクの宝物だから」
「ハハッ、大切にしてもらっているならあげた甲斐があったよ」
「……私、最近ジンも悪い気がしてきた」
「……やはり一度、振る舞いについて教えた方がいいのでは?」
「……もうすでに時遅しな気もするが、そうしよう」
小声で喋っても聞こえているぞ。
俺は何も悪いことしてないと思うんだが……。
「だからね、ジン。今回はボクに任せて。いけずがしたいんじゃない。ボクよりも三人がジンを幸せにできるなら、もちろん手を引くから」
曇りない瞳が邪な気持ちは一つもないんだと雄弁に語りかけてくる。
……そこまで思われているならば俺も何も言うまい。
「……わかった。お手柔らかに頼むよ」
「もちろん。卑怯な手を使いはしないさ。……さて、三人とも。話はまとまったよ。これからボクはキミたちに三つのお題を順番に出す。対してキミたちはお題ごとに代表を一人選ぶ。一度代表者になったなら他のお題には参加できない。ルールはこれだけ。簡単でしょ?」
「勝敗はどうやって決めるのですか?」
「ボクがキミたちがジンを幸せにできると判断したら。もちろん公平にジャッジする。そこに私情が挟まったと感じたなら無条件でキミたちの勝利にしていい」
「私たちに有利なルール」
「本当にそれでいいのかい?」
リュシカの問いにコクリと小さな顔を縦に振るアキラ。
「わかった。この勝負、必ず勝ってみせる」
「勝負成立だね」
「ジンさんは絶対に渡しません!」
「最初は私から行こう。年長者としての責務を果たそうじゃないか」
なんとも格好よくリュシカが一歩前に出る。
アキラには悪いが、俺はもちろんお嫁さんたちの応援をする。
リュシカが先陣を切るのはいい選択だろう。
彼女は様々な分野での知識が豊富だ。きっとどんなお題にだって対応できるはず。
「じゃあ、ボクもお題を選ぼう。不正がないように事前に書いてきたんだ。ボクが妻として必要だと思う項目をね」
そう言ってアキラはポケットから3枚のカードを取り出し、その中の一枚を突きつけた。
「どんなものでも私は臆さない。さぁ、ぶつけてきなさいーー」
「部屋のお掃除をしてもらう!」
「――えっ」
「清潔に保つのは家族全員の健康につながるからね。簡単すぎるかもしれないけど、とても大切なことだから改めて確認させてもらうよ!」
なんだ! 思ったよりも簡単じゃないか!
これなら一勝は貰ったも同然だな、リュシカ!
「フッ……フフフッ……」
……リュシカさん?
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