Life2-8 かわいいは作れる

「ウ、ウルヴァルト様? ウルヴァルト様にはちゃんとアキラというお孫さんがいらっしゃるじゃないですか……」


「確かにそうだがワシに優しいのはジンだけじゃ! ジンもワシの孫なの!」


「ハハッ……」


「はぁ……」


 俺の苦笑いとリュシカのため息が重なる。


 前まではここまでに酷くなかった気がするが、最近王城に遊びに来ていない間に悪化している。


 多分、アキラのやつが構ってあげなかったんだろうなぁ……。


 とりあえずこのままでは話が進まないので、一旦ウルヴァルト様を引き剥がす。


「落ち着いてください、ウルヴァルト様。とりあえず王座に戻って、ね? 今日はいろいろとお話ししに来たので」


「むぅ……仕方ないか。迷惑をかけるわけにも行くまい。なんせ本国を救った英雄の一人じゃからのう」


「自分はたいしたことはしていませんよ。頑張ってくれたのはレキにユウリ、リュシカですから」


「自身を卑下するではない。おぬしの働きを認めている者はたくさんおる。それは存分にパーティーの三人に教え込まれたのではないか?」


 そう言ってウルヴァルト様はリュシカに目をやり、ニヤリと笑う。


 ……そうだった。三人の告白を、愛を受けて、必要以上に己を卑下するのは辞めにするんだった。


 彼女たちに選ばれた事を誇りに思え。一言一句、一挙一動が他人に見られていると思え。


 さすがはウルヴァルト様。俺の短所を一瞬にして見抜き、指摘してくださった。


「……はい。みんなのおかげで俺は気持ちを新たにできました。先ほどの言葉は忘れてください」


「うむ、きちんとそのあたりは認識を正せたようじゃの。良い顔つきになっておる」


 ウルヴァルト様は長く伸びた髭をなでながら、眼を細める。


 どうやら満足いく回答だったようだ。


 ポンポンと俺の頭をなでると、ウルヴァルト様は王座へと戻り、腰を下ろす。


「男にしてやったか、リスティア」


「はぁ……白昼堂々、下ネタを振るのは辞めないか」


「おや、まだじゃったか。それもそうか。この年まで生娘をこじらせている女にそんな度胸はないわいな。失礼失礼」


「ぶっ殺すぞ、クソガキ」


「ハッハッハ! 愉快愉快!」


 リュシカは見た目は若いけど年齢はウルヴァルト様の何百倍も生きている。


 そして、元々エルフたちの中でも代表者のポジションにいるのでウルヴァルト様とは昔から交流があるのだ。


 それこそ幼子の頃から既知の仲というわけで軽口を飛ばし合うくらいには気軽に接している。


 ちなみにレキもこれくらいの距離感。


 初めて顔合わせしたときは生きた心地がしなかったな……。本当にウルヴァルト様の器の大きさに感謝しかない。


「クックック、再会も十分に楽しんだ。そろそろ本題に入ろうかの」


「こいつ……覚えておけよ……」


「まぁまぁ……」


 荒ぶるリュシカを収めながら、二人並んでウルヴァルト様と対面する。


「改めて婚約おめでとう、ジン。おぬしたちが結ばれたこと、ワシはとても嬉しく思うぞ」


「ありがとうございます」


「本当に喜んでおる。おかげであちこちから湧き上がってくる婚約話を一蹴できるからの。ワシの頭を悩ませる種が一つ消えるわけじゃ」


 やっぱりそういう話題は上がっていたか。


 三人には魔王を討伐した勇者パーティーの一員として、世界を救った救世主の箔が付いた。


 身内に加えられたら権力争いで大きく前進する。


 特にユウリは【聖女】として聖教会のトップに君臨していた。


 欲しがる貴族は間違いなく両手では足りないだろう。


 そして、そんな大人気の三人を全てかっさらっていたのが俺というわけだ。


 ……恨みを買って、殺されないよな? ちょっと心配になってきた……。


「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ、ジン。私たちを攻撃してくるバカはいないさ。リスクが見合わないからね」


「ワシも同意見じゃ。そもそも各人でも国家レベルの実力を持っているのが三人集まっている。根深い恨みがあったとしても手を出せば無事にいかんじゃろう。まっとうな頭をしていたなら、すぐにわかることじゃ」


「そもそも市民はあなたを含めて勇者パーティーとして認識している。あなたも救世主の一員なんだ。手を出したことが公表されたなら、とんでもない暴動が起きるだろうね」


「うむ。旅の道中でジンも数多くの人々を救ってきた。間違いなく感謝されておる。おぬしは自分が思っている以上の人間に愛されておるんじゃよ」


 ……なんだかすごいむずかゆい。


 こんなに凄い人たちに、こんなに肯定的な言葉を投げかけられると心がぽかぽかと暖かくなる。それと同時に優しさに甘えず、期待に応えられる人間にならないといけないと改めて思った。


「だけど、よく聖教会が結婚を許してくれたね。ここを落とすのがいちばん難しいと思っていたのだけど」


「どうやら事前にフェリシアが仕込んでいたようじゃの。どんな手段を使ったかはわからんが……深く詮索しない方がいいこともある。クックック、したたかな女を嫁にしたのう、ジン?」


「でもユウリは俺の可愛い奥さんですから。そんなところも愛します」


「うむ、よいことじゃ。次にジンの貴族爵位についてじゃな。これに関してはワシの力不足で申し訳ないと思っておる。せめて子爵位は授けてやりたかった……」


「あ、頭を下げないでください! むしろ、平民の自分を貴族にしてくれただけでもありがたいと思っています!」


 なにせ貴族になれなかったら俺は三人と結婚することはできなかった。


 それだけでも一生の感謝を注がなければならないくらいだ。


 きっと俺は誰か一人を選ぶ事なんてできなかったと思うから。


「それに俺に政治はわかりません。そういう意味でも、まったく問題ありませんから」


「……そう言ってもらえるとワシも救われる。あまり貴族からの不満を買いすぎても、今度はおぬしらからこちらに矛先が変わって、善政が敷けなくなる。国を預かる立場として、それは避けたかった……」


「本当に男爵位でも俺には十分すぎるので。こうして彼女たちと堂々と愛を育める環境にしていただき、ありがとうございます」


 そう言って、俺はリュシカを肩に抱き寄せる。


 リュシカは何も言わずしなだれかかり、肩に頭を置いた。


「懐かしいのう。ワシもかつてはそんな情熱に燃えさかった頃があったわ。じゃが、老いぼれの過去ののろけは今はいらんの。なにせおぬしらと話ができる時間も少ない。ったく……孫相手の時間くらい確保したいもんじゃわい」


 ウルヴァルト様は当然お忙しい。


 こうして俺たちのために時間を割いてくれていること自体、本当にありがたいことだ。


 そう考えればこれ以上求めるのは強欲というものだろう。


「これがおぬしらにとっていちばん大事なことじゃろう。……なにせ王城を結婚式に使うなんて……クックック。よくもまぁ、こんな面白いこと思いつきよる」


 ウルヴァルト様は愉快気に笑っているが、俺は乾いた笑いしか出せない。


 本当にぶっ飛んでいる提案だと思う。


 だけど、これは非常に効率的な話らしい。


 実はあの後、ユウリとリュシカに聞いたのだが、国が大々的に結婚を祝うことで様々なメリットがあるのだと。


 一つ、他国にメオーン王国が仲介人となった夫婦であると牽制できる。


 一つ、魔王討伐というめでたい話題がある中で実行することで、反対勢力のネガティブな意見を封殺できる。


 一つ、市民に対して勇者凱旋と同時に行うことで費用を抑えられると共に、国に対してポジティブなイメージを持たせられる。


 それらはきちんと理に適しており、だからこそ王城を結婚式で使うという許可が得られた。


 ちゃんと勝算ある段階まで煮詰めた二人は本当に凄い。


「ちゃんと計画は進んでいますか、バカ国王」


「おうとも。なにせ可愛いワシの孫の結婚式じゃ。生半可なものには絶対せん。約束しよう」


 その気持ちは素直にありがたいけど、俺は孫じゃないです……。


 訂正してもごり押しで孫認定されるので黙っておくけど。


「結婚式の準備が整うまで約一ヶ月といったところか。期間が期間だけに各国のお偉方は呼べんが問題ないじゃろう」


「ええ。それよりも結婚式が長引いて各陣営につけいる隙を与えてしまう方がよろしくない」


 リュシカの意見にウルヴァルト様も頷く。


「というわけじゃから、しばし待て。その間は旅の疲れを癒やし、四人でのんびりと時間を過ごすと良い」


「そうするよ。ここまで頑張った分のお返し、楽しみにしているからね」


「おぬしらの要望は全て叶えるつもりでいる。途中で当日の予定を仮組みしたものを従者に届けさせる。そのときに最後の詰めを行おう」


「ちゃんと仕事ができるようになったじゃないか、ウルヴァルト」


「いつまでも子供扱いするんじゃないわい。……さて、ジン」


「はい、なんでしょうか?」


「伝えることは伝えた。本当はワシももっと談笑に花を咲かせたいが、リュシカを連れて早く家に戻りなさい。でないと、面倒くさいやつが来る」


「面倒くさい……ですか?」


「わかった。今すぐ帰ろう」


「うむ、それがいい。ワシがなんとかごまかしておく。よいか、結婚式当日まで王城にくるでないぞ」


「は、はぁ……?」


「さぁ、ジン。今度は私がお姫様抱っこしてあげるからね」


「うおっ! リュシカ!? さっきまでのこと実は根に持ってる!?」


「なんのことかな? こうした方が早いだけだよ」


 話しがわからないまま抱き上げられる俺。


「それじゃあ、後はよろしく頼んだよ、ウルヴァルト」


「可愛い孫のためじゃ。任せろ」


 そう言ってリュシカが転移の魔法陣を起動しようとして――俺たちが乗る前に光り輝き出す。


 それはつまり、俺たちが使った入り口から誰かが入ってきたということ。


 この転移魔法陣の入り口を知っている人物は限られている。レキ、ユウリ……だけど、彼女たちは村で家づくりに励んでいるはずだ。


 そこから意識の切り替えは早かった


 リュシカは俺を下ろし、取り出した杖を魔法陣へと向ける。


 俺もまたポーチから二本の液体が入った瓶を取り出して、サポート態勢に入った。


 そして、魔法陣の光は収束し――現れたのは光が透き通るような白く長い髪を持った人物。


 一目で可愛いと思える整った顔。クリリと大きな瞳が開かれて、こちらを見つめる。


 いや、というかこの人――


「げぇっ!? アキラ!?」


 ウルヴァルト様の声が大広間に響く。


 対して、アキラはにこりと笑みを浮かべてみせる。


 だけど、目が笑っていない。あれはユウリが怒っているときにする表情と一緒だ。


「やっぱりこういうことだったんですね、おじいさま。最近、ボクに内緒でこそこそとやっているなと思っていたんです」


「そ、そんなことないぞ? 何も隠してなんておらんよ」


「なら、ここにジンたちがいるのはなぜなんですか? 嘘つきのおじいさま」


 圧を感じさせる物言いにたじろぐウルヴァルト様。


 なおも追撃の手は止まない。


「ボク、言いましたよね? ジンが来たら呼んでくださいって。それはもう何度も何度も。なのに、この現状……これはもう裏切りですよね?」


「い、いや、だって、アキラを呼んだら面倒くさいことになるし……」


「何か言いましたか? 聞こえませんね、大きい声ではっきりとおっしゃってくださらないと」


「ひぃっ!?」


「はぁ……。まさかあの短時間でここまで嗅ぎつけるとは……」


 隣でリュシカが額に手をやって、ため息をつく。


 ……もしかして二人が面倒くさいやつにと言っていたのはアキラのことだったのか?


 別にアキラはそんな悪い奴じゃないと思うんだが……。


「あっ、ジンっ」


 語尾に音符がつきそうなくらいのテンションの変わりよう。


 アキラは俺を見つけるなり、腕を組んで頬を腕にスリスリとこすらせる。


「久しぶりだね。ボクね、すごくさみしかったんだよ。本当はずっとずっと隣に居てほしかったけど、引き留めて困らせたくなかったから。でも、魔王も討伐して、もうジンを縛るものはなくなった。これでやっとずっと王城ここにいられるね」


 怒濤の早口。よく一言も噛まずに話せるなぁと思う。


「ボク、ジンがいない間も頑張っていたんだよ。今日もおじいさまの言伝を守って、お父様のお手伝いをしてきたんだ。……急にボクに仕事を振るなんてどうしたんだろうと思ったら、こういう魂胆だったわけだけどね」


「こらこら。もっとウルヴァルト様に優しくしてあげて。ウルヴァルト様もきっとアキラの成長を思って頼んだことだからさ」


「そうじゃ、そうじゃ! もっとアキラはワシに優しくせい!」


「……は?」


「ひぃっ!?」


 一気に騒がしくなる大広間。


 魔法陣を使って、入ってきたのは由緒正しき王族の血を引くアキラ・メ・オーン。


 ちょうど俺と同い年になる本物のウルヴァルト様のお孫さんである。


 こんな風になぜか実のおじいさまに対して当たりが強く、それ故にウルヴァルト様はさみしさをごまかすために俺を心の孫と呼んでいるわけだ。


「それでジンは何しに来たの? 魔王討伐の報告はすでにレキさんやリュシカさんがしていたと思うけど……」


「ああ、実は俺の結婚について話――むがっ!?」


「それではアキラ! 私たちはまだ用事が残っているからそろそろお暇するよ!」


 なぜか後ろからリュシカに手で口を塞がれる。


 そのまま彼女に手を引かれて今度こそ転移魔法陣に乗ろうとするが、なにか強い力に引っ張られた。


「……結婚?」


 見やればアキラが空いていた俺の服の裾を握っている。


 絶対に離さないと言わんばかりに小さな手に血管が浮かび上がるくらいに、とても強く。


「……結婚……ボクに内緒……おじいさまが関係……」


「ア、アキラ?」


「……そっか! そういうことなんだね、ジン!」


「うおっ!?」


 パッと笑顔を咲かせたと思うと、ぐいっとリュシカとの力比べに勝利したアキラの胸元に抱き寄せられる。


 十人いれば十人が見惚れると言って断言できる容姿。


 毛先まで手入れされ、良い香りがする白髪。細く長い綺麗なまつげ。血色の良い頬。潤った唇。


 どのパーツをとっても俺の奥さんたちに匹敵するアキラに抱きしめられても、俺はまったく興奮しない。 


「ボクと結婚してくれる決心をしてくれたんだね、ジン! 嬉しい……ボクはとても嬉しいよ……! 子供は何人が良いかな。おじいさま、後継なら安心して。たくさんボクたちが作るから――」


「いや、アキラは子供産めないだろ」


 ――なぜならアキラは女装をした、とっても可愛い男だから。

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