Life2-6 お姫様抱っこは彼女の憧れ
「もう転移し終えたから大丈夫だよ、ジン。瞳を開けてごらん」
言われたとおりにまぶたを開くと、視界の景色が一変していた。
自然豊かな緑にあふれた故郷から文明進んだ華やかな街へ。
「どうだい、気分は?」
「酔いもないし、問題ないよ。リュシカの魔法は天下一品だから心配ないさ」
「フフッ、お褒めにあずかり光栄だよ」
転移魔法は使い手によっては体調を崩すなどの副作用がある。
丁寧に編まれた魔法陣。発動時に使用する魔力量の調節。
細かな器用さも一流の魔法使いには要求されるのだ。
俺も長い間、旅をしてきたがリュシカ以上に優秀な魔法使いを見た記憶が無い。
もちろんひいき目無しに。
「それじゃあ行こうか、旦那様。このローブがあれば誰も私たちを勇者パーティーとはわからないから安心して」
そう言ってリュシカは俺の手を引いて、王城へ続く道を歩いて行く。
当然、王都は賑わっており、人の往来も盛んだ。
だけど、周囲の人間は俺たちなど存在しないかのように通り過ぎていく。
それもリュシカのおかげ。
彼女が【
これを羽織るだけで俺たちの存在感は無となり、勝手に意識の範囲内から排除されるらしい。
【賢者】のリュシカが施した一級品。
オークションに出品すれば世界各国が大金をはたいてでも欲しがる代物をこうして用意してくれるのだから、本当にリュシカには感謝してもしきれない。
「……? 私の顔に何かついているのかな?」
「いや、リュシカの顔はいつも通り綺麗だよ」
いくら親しい仲だとはいえ、相手の善意を受け取ってばかりというのは個人的に俺は嫌だと思っている。
やはり好意による行いにはお礼を返したい。
リュシカの喜びそうなことって何だろうか。
「それはそれは……ありがとう。なるほど、もしかして――」
思案にふけっていると彼女に細い路地に連れ込まれて、ドンと壁に押しつけられた。
「私に見とれてしまったのかな?」
彼女の長く細やかなまつげが一本一本わかるくらい近い距離にリュシカの顔がある。
切れ長の眼は美しく透き通っていて、こちらの意識を吸い寄せる。
あと一歩でも踏み込んでしまえば体と体が触れてしまうだろう。
本当に物語に出てくる王子様のような美男子的行動。
ちなみに彼女に恋愛経験が無く、こういった行為は全て小説の知識であることを俺は知っている。
だから、リュシカにとってのアプローチはこれが普通なのだ。
……そういえば以前、お酒を飲んでいたときにリュシカが愚痴をこぼしていたな……。
『自分が恋物語を好んで読むのは、ああいう恋愛に憧れているからだ』って。
……あっ、良いことを思いついた。
「あまりに見とれて言葉も出ないかい? ジンも私の魅力にメロメロみたいだね」
「そういうリュシカはどうなんだ?」
「ん? それはどういう……」
「俺のことをどう思ってる?」
「ん――にゃっ!?」
俺も彼女のよく読む小説を見習って、顎を指でクイッと持ち上げる。
すると、みるみるうちに顔を真っ赤にしていくリュシカ。
俺も歯の浮くような台詞に恥ずかしさを覚えるが、ここをやりきるのが漢だろう。
「俺はもちろんリュシカを愛している。次はリュシカが言う番なんじゃないか?」
旅の途中で彼女に貸してもらった恋愛小説の一節を思い返す。
確かこの後は耳もとに顔を近づけて……。
「ほら、言ってごらん?」
「……ひゃぁぁぁぁ」
へなへなとその場に座り込むリュシカ。
いつもは凜と透き通る声もプルプル震えている。
「だ、大丈夫か、リュシカ!?」
「……ジン……腰が……」
「腰が……?」
「腰が抜けてしまった……」
そんなに刺激が強かっただろうか……。
ともかくこのままではいけない。
【
もう一つこの状態のまま、彼女と王城まで向かう方法が。
俺は彼女の腰に手を回すと、そのまま持ち上げる。
リュシカは身長が高いけど、細身だから重さはほとんど感じない。
「よっと。このまま王城まで行こうか」
「えっ、えっ!? だけど、周りの視線とかあるだろうし……」
「大丈夫、魔導衣があるからバレないよ。だから、このまま行こう」
「……ジンは私にだけいたずらしてくる……」
「ハハッ、リュシカがいちばん良い反応をしてくれるからだよ」
「……年下なのに生意気だよっ……」
……可愛いなぁ、俺のお嫁さん。
俺は照れて顔を真っ赤にしているリュシカの反応を楽しみながら、歩みを再開させた。
◇リュシカは童貞です(違う)。イチャイチャしながら物語を進める。◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます