Life2-2 甘々と移ろいでゆく幸せな時間

 家の地獄から逃れて、外でのんびりとお茶を飲んでいるとレキが帰ってきた。


「ただいま」


「おかえり、レキ。ずいぶんと張り切ってたな」


「うん。ちょっと楽しかった」


「そっかそっか。……で、肩に担いでる【聖剣】はどうしたんだ? 魔物でも出たか?」


「ううん、木を切るのに使った。スパスパ切れるから便利」


 そう言って、ノコギリで木材を裁断する仕草を【聖剣】でするレキ。


【聖剣】もノコギリ代わりにされるとは思わなかっただろうな。


 魔王を倒した伝説級の武器が工具扱いか……。


 心なしかいつもより輝きが弱い気がするんだけど、【聖剣】のプライド傷ついてない? 大丈夫?


「次から【聖剣】をそんな風に使うのは辞めなさい」


「えー」


「えー、じゃありません。【聖剣】がかわいそうでしょ」


「……うん、ジンが言うなら仕方ない。次からは手で切る」


 普通に道具を使う発想はないのか……。


 いや、レキの場合はそっちの方がやりやすいのか。


 彼女の個性ややり方を否定するのも良くない。


 さすがに【聖剣】を日常的に振り回すのは心臓に悪いので控えてほしいが、これくらいなら後からいくらでもカバーできる。


「ほら、レキも飲むか? 頑張ったみたいだし、一息つくと良い」


「うん、ありがとう」


 淹れたばかりのお茶を湯飲みに注いで渡す。


 彼女は俺の足と足の間にすっぽりと収まるように座った。


「……ふぅ。美味しい」


「それはなによりで」


「……うん。こういう時間がずっと待ち遠しかった」


 もたれかかってきたレキはパタパタと細い足を上下させる。


 うかがえる表情からは緊張が消え去っていて、リラックスしているように思えた。


「……そうだな。小さい頃に戻ったみたいだ」


 小鳥のさえずりを聞きながら、時折吹く風を肌に感じて、心地よい太陽の光を浴びる。


 頭をなでると、彼女はスリスリと逆に押しつけてくる。


 手のひらにふわふわとした感触。


「ジン。髪、結んで」


「ははっ、今日はずいぶんと甘えん坊じゃないか」


「私はたくさん頑張った。これからは【勇者】じゃなくて【レキ】として時間を使う」


 彼女の決意を聞きながら、金色の髪を手ぐしでといていく。


 ……この美しい髪がもう血に汚れることもないのだ。


 未来永劫、この時間が奪われませんように。


 そんな祈りを込めながら、毛束を編み込んでいく。


 レキはゆらゆらと体を揺らしながら、完成を待つ。


「……よし。レキ、こっち向いて」


「ん」


「……うん、可愛くなった」


「ジン、それは間違い」


 ちっちっちと舌を鳴らして、レキは人差し指を振る。


「私は元々可愛い。だから、『世界でいちばん』可愛くなったが正しい」


 そう言ってニヤリとほくそ笑むレキの姿に思わず破顔する。


「ごめんごめん、俺が間違ってた。レキは世界でいちばん可愛いよ」


「あと『俺好みの女になった』でも可」


「それは嫌かなー」


「……むぅ。ジンはノリが悪い」


「はいはい、ほっぺ膨らまさないの」


 彼女の頬を両手で挟むと、ぷっくりとしていた頬はぷしゅーと音を立ててしぼんだ。


 そのまま見つめ合う形になったので、一つ変顔をしてやるとプルプルと肩を震わせる。


「ぷっ……ダメ……それ反則。と、とても不細工になってる……」


「ははっ、どれくらい?」


「魔王の死ぬ間際の表情くらい」


「俺もう二度と変顔しないって決めたわ」


 というかレキは魔王を倒そうとしているとき、そんな感情だったのか……。


 どこまでもマイペースで、レキらしいと言えばそれまでだが。


「よいしょ」


 レキは体の向きを入れ替えて、そのままひざの上に載ると抱きついてきた。


 小さな体に似つかわしくない胸は形をゆがませ、押しつけられている。


 ……今までならば引き剥がしていただろうな。


 関係が変わった影響を実感しつつ、俺もレキに負けないくらい強く腰に手を回す。


 ……暖かい。腕の中のぬくもりが愛おしい。


 距離がゼロになって、レキの心臓の音が聞こえる気さえする。それほどに密接な距離。


「んっ……決めた。これからは髪を結った後にぎゅっとするのも日課にする」


「レキにしてはずいぶん優しい要求だな」


「……やっぱり昼も、夜も。いつでもぎゅっとし放題。わがままだから」


「それでいいんだよ。遠慮しなくていい。……それにさ、俺もレキとこうしていたいと思ってるから」


「ジンがすごい積極的。珍しい」


「こんな俺は嫌だったか?」


「ううん。どんなジンも好き。……いま、私は幸せ」


 恥ずかしさがあるのか、レキはそう言って顔を俺の胸に埋めた。


 そのままグリグリと額をこすりつけていた彼女だったが、ピタリと動きが止まる。


「……ジンも」


「俺も?」


「……世界でいちばん可愛い私をお嫁さんにできたジンも幸せ者だね」


「……レキの言うとおりだな。間違いない」


「……満足」


 笑顔で首肯すると、またレキはグリグリを再開するのであった。




 




◇こんな裏で猥談続けてる婚約者が二人もいるってマジ?◇

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