Life-9 もう『妹』じゃなくて『お嫁さん』だから
「懐かしい……子供の頃に戻った気分」
場所は移って、俺の部屋。
レキと隣り合って、ベッドに腰掛けている。
ユウリはもう話したいことは終わったからと父さんたちを呼びに森に向かった。
初めはついていこうと思ったが
「ジンさんはレキちゃんの相手をしてあげてくださいね? あっ、相手といってもベッドの上での相手という意味じゃなくて……」
と、本人が言っていたので問題ないだろう。
後半部分は脳が受け入れを拒否したので、あまり覚えていない。
「ユウリは根は優しいから好き。憎めない」
「そうだな」
「料理も上手だし、勉強も教えてくれた」
「そうだな」
「あと、おっぱいも私より大きい」
「そうだ……急に同意しづらいこと言うの辞めてくれる?」
「でも、ジンへの想いでは負けていない」
レキは腕を広げて、後ろ向きにベッドへ倒れ込む。
ポンポンとベッドを叩かれ、俺も彼女の後を追随する。
安物のベッドだ。ぎしりと軋んで、背中も少し痛い。
だけど、こうして隣にレキがいる光景は凄く懐かしくて、心地良い。
「昔は一緒によく寝た。懐かしい」
「同じ事を考えてたよ。レキがトイレについてきてって起こしに来てさ、終わったらこっちに潜り込んできたよな」
「ん。ジンと一緒に寝ると暖かいから」
「お前はな。最初はべったりくっついてくるくせに寝たら寝相悪すぎて、いつも俺から布団奪ってたんだぞ~」
ピンと指で額を軽くはじく。けれど、レキは瞬き一つもしない。
「ふっふっふ。私はもうそんな軽いダメージは効かない体になったのだ」
「【勇者】の加護は強いなぁ、ほんと。もう俺じゃ敵わないかもな」
「当然。もうジンよりも力も強い。ジンなんて小指で倒せる。昔みたいに腕相撲でもする?」
「ははっ、そういう挑発には乗らないぞ」
「逃げるんだ? ビビリになったね、ジン」
「……ビビリじゃなくて戦略的撤退」
「弱虫。雑魚。私の小指以下」
「…………」
「あーあ、負けるのが怖いから舞台にも上がってこないチキンになったの? 格好悪い」
「やってやらぁ!!」
「……ユウリに教えてもらったとおりだ……」
何をブツブツと言っているのか、よく聞き取れないがそんなことはどうでもいい。
こんなに馬鹿にされて退いたら男の恥。
俺にだって最低限のプライドくらいある。
「軽くひねってやる。小指と言わず、全部でかかってこい!」
「いいの? 本当に怪我するよ?」
「小指でかかってこい!」
そして、その最低限のプライドはいま砕け散った。
「うん、それじゃあ」
レキの小指をぎゅっとつかむ。
握れば隠れてしまうほどに小さく、細い指。
普通ならいたいけな少女をいじめる男の図にしか映らない。
だが、相手は【勇者】のレキ。最初から全力で挑む……!
「ジンのタイミングでいい」
「わかった――いくぞ!」
間髪入れず、腕に全体重を乗っけて彼女の腕を倒そうと動かす。
力こぶが隆起し、腕に血管が浮き上がる。
間違いなく今の俺の全力を込めた一撃。
けれど、レキは一ミリも微動だにしていなかった。
「ふふっ、一生懸命で可愛い」
レキがそう笑った瞬間、視界が180度回転する。
「……え?」
「はい、私の勝ち」
気がつけば仰向けにベッドの上に倒れていた。
楽しげに笑ったレキがポンと俺の下腹部の上に乗っている。
「……完敗だ。あー、こうして事実として突きつけられると辛い」
「力勝負なら、こうなる。でも、戦いは力だけで決まらないから自信なくさなくていい」
レキはポンポンと俺の頭をなでる。
まるで昔、俺がレキにやっていたかのように。
……もう彼女は俺に守られるだけの存在じゃないんだと改めて認識させられた。
「とはいえ、負けは負け。ジンには罰ゲームとして尋問を受けてもらう」
「……え?」
呆ける俺をおいて、レキはそのまま逃がさないとばかりに俺の顔を挟むように腕をベッドにつく。
翠の瞳がまっすぐこちらを射貫いていた。
「ジン。どうして私と一緒に寝てくれなくなったの? 旅の途中までは横で寝てくれたのに」
「え゛っ!?」
凄い声が出てしまった。
そんなの決まっている。レキの体が無事に女の子らしく成長して、いろんな感覚に我慢できなくなったからだ。
俺は性欲が消え去った聖人君子では決してない。
寝るときまで密着されては精神衛生上、互いのためにならないと思ったから就寝を別々にすることを決めた。
……とまぁ、そんな恥ずかしい事情をバカ正直に話せるはずがなく。
「そ、それは……レキも良い年齢になっただろう? 俺と一緒に寝ているところをユウリたちに見られたら恥ずかしいだろうと思ってだな」
「別に恥ずかしくない。だから、今日から一緒に寝よ」
「他にもほら! やっぱり同じベッドに男女が一緒ってのは……な? 周りから見たら男の俺がいつレキを襲うかわからないし……」
「つまり、ジンは私を女として意識するということ?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「なら、問題ない。やっぱり今晩から一緒に寝る」
「すみません。レキがだんだん成長して可愛く思えて、危ないと思ったので遠ざけました。許してください」
顔の前で手を合わせて謝罪のポーズを取る。
なんで……なんで俺は自分の性癖を自白させられているんだ……?
これじゃあ半ばレキをそういう目で見ていると言っているようなもんだ。
自分に結婚を申し込んできている女の子相手に俺は何をして……あれ? これってもしかして問題ない……?
「うん、いいよ」
そんな俺の考えを肯定するように許しを出してくれるレキ。
よかった……嫌われなかった……。
恐れていた最悪の事態にならず、ホッと安堵の息を漏らす。
「レキ、ありがっ……!?」
だけど、その安心も一瞬で。
言葉を遮るように唇を塞がれた。
柔らかな感触が触れあって、呼吸を忘れるくらいに重ね合う。
「……やっと、やっとだ。妹じゃなくて、異性として見ているって明言してくれたの」
言葉を失う俺をよそに顔を上げたレキは満足気な表情で自身の唇を指でなぞる。
「やっと妹を卒業できたんだ。嬉しい。これでジンの後ろじゃなくて、隣に立てる。力的にも、精神的にも、立場的にも。それがわかったから――」
「――だから、今はこれで許してあげる」
そう言って微笑むレキの笑顔は今までいちばん綺麗に思えた。
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