Life-8 逃げられると思わないで、旦那様♡


『知らぬ間に 三股決めた クズ男』


 そんな一句が読めてしまう状況になった俺はメーターを振り切りすぎて、逆に冷静になっていた。


 だから、この足の震えも武者震いだし、止めどなく流れる汗も代謝がいいだけ。


 決して自分の置かれた立場におびえているんじゃない。


 流石の俺でもそろそろ理解できている。


 絶対過去の俺が何かをやらかしている、と。


 ひとまず、レキが奥さん気分なことには触れないでおこう。


 それよりも結婚式場の方が気になった。


 俺のあずかり知らぬところで他の人たちも巻き込んでいる可能性がある。


「わかった。詳しい話を聞く。とりあえず腰を落ち着けて、一つずつ話そう」


 そう言って俺は椅子に腰掛ける。


 さも当然のごとく、俺の両隣を位置取る二人。


 視界の前方には無人の部屋が広がっている。


「……そうはならねぇだろっ!!」


 もうツッコミを我慢できなかった。


「奥さんが旦那様の隣に座るのは普通」


「奥さんでもこういうときは向かい合って話すものなの! 挟まれながらとかやりにくいわ!」


「では、レキさんはあちら側に移動してきちんと説明してください」


「嫌。代わりにユウリがやって」


「無茶振りにもほどがありませんか?」


「大丈夫。私はユウリを信じている」


「もっと違う場面で言って欲しかったですねぇ、それ!」


 一向に話が進まない……。


 あと、俺を挟んで言い合いするの辞めてほしい……凄く肩身が狭いから。


 しびれを切らした俺は立ち上がると、反対側に席を移す。


「はい、二人とも腰を浮かせない。そこで仲良く並ぶように」


 すぐ席替えをしようとした彼女たちを牽制すれば、渋々といった様子で二人は着席した。

「……それで、俺との結婚式場を決めてきたんだったか」


「そう。きっとジンも喜んでくれると思う」


「そっか。じゃあ、どこか聞いても良いか?」


「王城」


「……オウジョー? 聞いたことない地名だなぁ」


「違う、王都の城」


「勘違いじゃなかった、畜生!」


 ピースサインを作る二本指をパカパカと開閉するレキ。


 対して、俺はテーブルに突っ伏して、幼なじみのぶっ飛びぶりに叫ぶ。


「ちゃんと国王にも認めさせてきた」


 レキはごそごそとポケットを漁り、折りたたまれた紙をテーブルに広げる。


 大きな文字でエルデンターク城の使用許可状と記されているのを見て、上げた顔を再び落とす。


「なんで……なんで王城なんかに……国王様も何で認めてるんだよぉ……」


「私たちの幸せをいろんな人にも分けてあげようと思って」


「そっか……偉いな……」


「これで私たち夫婦は国家公認」


 俺とレキでは考え方のスケールが違うことを思い知らされた。


 レキは【勇者】として各地に名前が広がっており、魔王を倒した英雄として祝福してくれる人も多いだろう。熱狂的なファンたちも駆けつけるはずだ。


 相手が俺と知られたとき、石を投げつけられないか心配になってきたな……。


 ――待て。


 レキと結婚する方向性で話は進んでいるが、ユウリにとっては面白くない話なのでは?


 俺は慌てて姿勢を正し、告白してくれた少女を見る。


「……? 私の顔に何かついていますか?」


 しかし、怒った様子などは一つもない。


 それどころかレキと一緒にいいですね~とのんびり話し合ってすらいる。


 あれ……? 俺の思い違いなのか……? 


 もっとこう……修羅場みたくなるのかと思っていたんだが……。


「ところでレキちゃん。ちゃんと私が言ったことも守ってきましたか?」


「もちろん。リュシカが王城に残って、手続きをしている」


「それはよかった。みんなが幸せになるためには必要不可欠ですからね」


「うん。必ずジンを貴族にする」


 その瞬間、頭が真っ白になった。


 ……え? 俺が貴族? どういうことだ……?


「ユ、ユウリ? 説明してくれないか? 何が何だか……」


「実は魔王を討伐した報酬の一つとして『ジンさんを貴族にしてほしい』と要求しましたっ」


 そう言って、パチンとウインクする姿は様になっていた。


 可愛い……って、そうじゃなくて!


「ふふっ、前々から考えてはいたんです。もし私たち全員がジンさんを好きだった場合、どうしようかなと」


「私たちが本気で争い合えば魔王軍の襲撃よりも甚大な被害が出る」


「本当ならば私一人で独占したいですよ? もちろんジンさんに選んでもらえる自信だってありました。でも……」


「ジンのそばにいられない人生なんて考えられない。だから、三人で昨晩話し合った」


「そこで提案したのがジンさんを貴族にする作戦。ジンさんが貴族になれば、重婚は問題ありませんから!」


「これで私たちを妨げるものは何もない」


 話はこれで終わりと言わんばかりに二人は俺のそばににじり寄り、両腕をがっちりと抱きしめる。


 目と鼻の先の距離まできれいな顔が近づいて、二人は笑顔でこう告げた。


「というわけで」


「もう逃げられないから覚悟して」


「「旦那様」」


 可愛い女の子。それも複数人から言い寄られる。


 男なら誰もが一度は夢見るシチュエーションなのに、どうして俺の頬はひくついているのだろう。


 もう逃げられない。全員の愛を受け止めるしか道は残されていない。


 それも相手は国民的英雄ばかり。


 自身の未来を悟った俺はひどくなり始めた胃痛に頭を悩ませるのであった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 一方、件の王城では。


「くそっ……レキのやつめ。頭を使う作業はできないからと押しつけていくなんて……」


「……ワシは早朝にたたき起こされて、寝巻きのまま業務させられているんだが?」


「口より手を動かせ。私がいない間に三人の仲が進展してしまうだろうが……!」 


「ワシ、国王よな? え、雑用? お前らと居ると、いつも気が狂いそうになる……」


「結婚……! これが終わったら、ついにジンと結婚……!」


「ジンを連れてきてくれ……! あやつが、あやつだけが勇者パーティーでワシに優しいから……!!」


 積まれた書類の山を鬼のような形相で片すリュシカの欲望と国王の嘆きがむなしく響いていた。






◇貴族と言えば領地。ちょうど王国が管理している手つかずの田舎が【勇者】たちの故郷があるなぁ。着実にスローライフの土壌ができていく◇

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