Life-5 彼女と迎えるのどかな朝

 チュンチュンと小鳥のさえずりが奏でられている。


 ボロい布きれで覆い切れていない窓から陽気な光が部屋を照らしている。


 朝を告げる事象に釣られて意識が覚醒し始めて、俺はまず違和感を覚えた。


 お、重い……。


 体をベッドに縛り付けるかのように下半身に不自由さを感じた。


 一体何が……え?


 首をなんとか動かしてみると――ユウリが俺の股間部分を枕にして眠っていた。


「な、なんでユウリがここに……?」


「んっ……んぅ……」


 今の彼女は俺にもたれかかる形。寝心地が悪いのか、身じろぎをする。


 そのせいでユウリの体で最も柔らかな部分がグリグリと押しつけられる形になっていた。


 ま、まずい! この体勢は非常にまずい!


「ユウリ……! 起きてくれ!」


 じゃないと、もう一人の俺が勃起きてしまう……!


 しかし、彼女は全く起きる気配を見せない。


 普段はいちばん寝起きが良く、一緒に朝食を作る手伝いをしてくれていたのに、どうしてこんな時に限って深い眠りに……。


 こうなったら強硬手段だ。


 なんとかそっと彼女をどかせようとすると、ふと視界に入ったのは包帯が巻かれた俺の手足。


 その瞬間、濁流のように一気に昨晩の記憶が流れ込んでくる。


「……そうだ、思い出した」


 俺はリュシカに告白されてキスをしようとしたら、いきなり現れたレキとユウリにぶっ飛ばされたんだった。


 それで痛みのあまり、三人が言い争ってる内に気絶して……なるほど。


 おそらくユウリは俺を看病してくれて、そのまま寝落ちしてしまった……って感じか。


 目が覚めたら懐かしい俺の部屋だったのにも納得できる。


「しかし……」


 事情が分かったからと言って、今の目のやり場に困る現状は変わらない。


「下手に動かしたら間違いなく当たってしまう……」


 いくら彼女が自ら抱きついているといっても不用意に胸などには触れない方がいいだろう。


「すぅ……すぅ……」


 規則正しい寝息を立てるユウリへと少しずつ腕を伸ばしていく。


 彼女の体を少しだけ持ち上げて、拘束から逃れる。


 胸はダメ……なんとか肩を、肩を……。


 しかし、こんなところを両親にでも見られたらきっと勘違いされるな、ははっ――


「おーい。そろそろ起き……」


「…………」


「……ゆっくり降りてきなさい」


「あぁぁぁぁっ!? 違う違う、父さん! 何か盛大に勘違いしてるから!」


 大声を上げて制止を呼び掛けるも、父さんは聞く耳もたず。


 固まった笑顔のままバタンとドアを閉めて、リビングへと舞い戻っていった。


 今頃は母さんと一緒に息子の不貞を嘆いているのだろうか。


 それとも新しいお嫁さん候補がいると喜んでいるのだろうか。


 ……性格的には後者な気がする。


 そもそもユウリが俺に異性的な好意を抱いているわけないか。


「ん……ふわぁ……」


 シンと静まりかえった部屋に響く甘い声。


 筋肉を伸ばすためにグッと胸を反らしたせいで強調されるおっぱい。


 そんな凶悪な武器むねを持っているのはただ一人、ユウリだけだ。


「あっ、おはようございます、ジンさん。体調はいかがですか?」


「今のところ問題ないかな。ユウリが治療してくれたんだろ? ありがとう」


「いえ、ご迷惑をおかけしたのも私ですから……ジンさんはこの後どうお過ごしするつもりですか? よかったら私もご一緒したいですっ」


「わかった。今日はみんなの魔王討伐の成功を祈ろうと思って――って、そうだよ! 魔王討伐だよ!!」


 のんきに会話をしていたが、今日は魔王討伐決行の日。


 王国が総力を挙げて兵士たちを用意し、魔王軍へと総攻撃を仕掛ける。


 彼女はここにいてはいけない人物。


 レキやリュシカと旗印になって、魔王と死闘を繰り広げているはずなのに……。


「なんでユウリがここにいるんだ! 魔王討伐は今日だったはずだろう!?」


「魔王ならもう倒してきましたよ」


「……え? 本当に?」


「私がジンさんに嘘をついたことがありますか?」


「……ない」


「そういうことです」


 嘘だろ……? 人類を長年苦しめてきた魔王がそんな一瞬で……?


 えぇ……うちのパーティー強すぎ……。


 あまりにも衝撃的すぎて、すぐには事実を消化しきれない。


「今レキちゃんとリュシカさんが討伐報告に行っています。私はお留守番の役目を託されたんです」


「ユウリも行かないとダメじゃないか。俺なんか放っておいていいからすぐにでも王城に」


「大丈夫です。そのあたりもしっかりリュシカさんに頼んでありますので。私たちの今後についていろいろ、ね」


 それに、と彼女は続ける。


「『俺なんか』なんて言わないでください。私の大切な人を悪く言われたら……悲しくなっちゃいます」


「で、でも」


「でも、じゃありません。ね? 約束してください」


 ユウリはそっと俺の手を取って豊満な胸の前で握りしめる。


 彼女の瞳には悲しみと……珍しく怒りが見て取れた。


 それだけ彼女が本気なんだと自分の弱気な部分を反省する。


「……すまない。もう二度とユウリの前で卑下しない」


「はいっ。約束です」


 彼女は約束事をするとき、いつもこうやって小指を絡ませる。


 なんでも女神様に教わった儀式なんだとか。


 詳細は知らないが、【聖女】の資格を持つ者だけに伝わる秘密みたいなものなんだろう。


 俺と約束を結べてご機嫌な様子なユウリだったが、俺の腕に巻かれた包帯を見て、その笑顔に陰りが差した。


「改めて昨晩はすみませんでした。二人のあんなシーンを見て、取り乱してしまって……」


 シュンと落ち込んだ様子で謝るユウリ。


 偉業を成し遂げたというのに俺なんかの心配をして……それが彼女が【聖女】たるゆえんなのだろうが。


 彼女は人の倍以上痛みに触れてきた分、他人の痛みがわかる子だ。


 だから、こうして必要以上に自分を責めてしまう癖がある。


「大丈夫だよ、ユウリ。心配してありがとうな」


「……はい、ありがとうございます」


 頭をなでると、彼女はニコリと笑ってくれた。


 ……ユウリの笑顔は太陽のように人を照らしてくれる。


 こんな素敵な子によこしまな気持ちを抱きかけた自身を恥じたい。


「ジンさんはこの後どうしますか? まだお休みになりますか?」


「いや、もう起きるよ。ビックリしすぎて寝られそうにない」


「じゃあ、朝ご飯食べちゃいましょう。お詫びに今日は私が作っちゃいますね」


「俺も手伝うよ。ユウリに甘えてばかりじゃいられないからな」


 そう言うと、ユウリは喜びを表現するかのようにピョンと跳ねて、俺の手を引っ張っていく。


 別れを覚悟した仲間が今もそばにいる。


 その事実に俺も思わず笑みをこぼした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る