Life-6 私たち、もう新婚ですもんねっ!

『ジンとユウリちゃんへ


 父さんは母さんを連れて晩ご飯の山菜を採りに出かけてきます。


 周囲のみんなも狩りに出かけたり、水を汲みに行っています。


 全員しばらく帰ってこないので安心してください。


 旅仲間と楽しく騒いでも誰も聞いていないので声を我慢しなくて大丈夫だからね。


 P.S.家にある食材は好きに使っていいから体力をつけときなさい。


                               父と母より 』




 こういう気遣いがいちばん心にクる……!!


 二階の自室から降りて、居間に入るとテーブルの上に置かれてた木板。


 記されていた文章を読めば、両親がいらない気を遣わせていたという内容だった。


 変なところで村長の権力を振りかざすんじゃない。


 一体なんて村のみんなに説明したんだ、うちの両親は……。


「お義父さまとお義母さまは何と言われていましたか?」


 ユウリが後ろからのぞき込もうとしたので、慌てて見えないように隠す。


 こんなのバレたら彼女から軽蔑の視線を送られるに決まっている。


 両親がそういうシチュエーションを作り出そうとしているんだなんて……!


「な、なんでもないよ。ちょっと晩ご飯の材料を調達してくるって」


「そうでしたか。言ってくだされば私たちで行きますのに」


「きっと長旅で疲れている俺たちに休んでほしかったんだよ。お言葉に甘えよう」


「……ふふっ、それもそうですね」


 ほっ……どうやら納得してくれたみたいだ。


 ユウリは立ち上がると、布を取り出してキュッと長い髪を後ろで一つにまとめた。


「さっ、朝ご飯にしましょう。リクエストはありますか?」


「炒めた卵とハム、野菜を挟んだパンにしよう。俺は材料を切るからユウリは卵を焼いてくれるか?」


「わかりました」


 心の中で【風刃スライス】と唱えれば指先から放たれた風が木板を四分割する。


 うん、これで証拠隠滅完了。


 袖をまくり調理場に並んで、作業を始める。


 トントントンと響く包丁がまな板に当たる音。


 ジュー……パチパチと卵が跳ねる音。


 今まで気にもならなかった環境音がはっきり聞こえる静かな空間。


 ……うん、なんというか。


「いいよなぁ、こういう時間。気張らずにすんで」


「旅の間は意識のどこかに警戒がありましたもんね。ん~っ! 気が楽です」


 ちょっとしたアクションで相変わらずバルンと揺れる凶悪なそれから目をそらし、手元に集中する。


「……本当に魔王はいなくなったんだよな……実感ないや」


「ちゃ、ちゃんとジンさんをパーティーから外した理由はあるんですよ? みんな、あなたに死んでほしくないと思ったから……」


 俺が自分を追放したことを怒っていると勘違いしたのか、ユウリは慌てて事情を説明し出す。


「ごめんごめん、全然気にしてないから安心しな」


「も、もう~」


 頭をなでると、彼女はくすぐったそうに目を細める。


 ……そういえばいつもの【聖女】としての装束じゃない彼女を見るのは久しぶりだな。


 普段は黒が基調のドレスを着ているが、真逆の白色のワンピースに身を包んでいる。


 貸している年季の入った母さんのエプロンも全てを包み込む母性を持つユウリには似合っている気がした。


 こんな奥さんがいたら人生に彩りが出るんだろうな……。俺には縁がないだろうけど。


「……ジ、ジンさん?」


「……っと、すまん。今のユウリが新鮮で見入ってしまった」


「ふふっ、いいんですよ。いくらでも見て頂いて。今も……これから・・・・も」


「確かに。楽しみが一つ増えたよ」


 なんて談笑していたら、すぐに朝食は出来上がる。


 保管している固めのパンを四つに切り分けて、それぞれに具材を挟むスペースを作る。


 野菜の葉、ハムを詰め込んで……と。


「こぼさないように……そっとそ~っと。……できました!」


 仕上げにユウリが卵を注げば完成だ。


 飲み物をコップに注いでテーブルに運び、これまた並んで席に着く。


「「いただきます」」


「うん、美味い。シンプルなのがいちばんだよな、やっぱり」


「野菜もシャキシャキで美味しいです!」


 やっぱりちょっとパンは固いけど、これもまたアクセントだ。


 食べ盛りの俺たちはパクパクと口に運んでいく。


 あっという間になくなってしまった。


 こんなにゆっくりご飯に集中できたのも久しぶりだから、余計においしさを感じるのかもな。


「こうやって一息つける朝……いつぶりでしょう?」


「食べてる途中に襲撃があったり、食べてすぐ進軍したっけ」


「初めの頃は慣れなくてお腹が凄いことになった苦い記憶が……」


「もうそんなことしなくていいんだもんなぁ」


「平和っていいですねぇ」


「だなぁ……」


「こんな平和になって……ジンさんは故郷に帰ってどうするつもりだったんですか?」


「漠然とだけど……のんびり過ごそうと思ってたよ。野菜を育てて、狩りをして、たまにご飯を持って遠出して……。戦いから離れたから、今までできなかったことをやりたいなって」


「今までできなかったこと……」


「ああ。ユウリは何かしたいこととかある?」



「子作りを」



「え?」


「ゴホンっ! ごめんなさい、舌を噛んじゃって……えへっ」


 ユウリは恥ずかしそうにペロリと舌を出す。


 はははっ、そうだよな。


 あのユウリが真っ昼間から「子作り」なんて言うわけない。


 まだ頭をぶつけた影響が残ってんのかな……?


「話を戻しますけど、私は……それこそ今みたいにゆっくり落ち着いて将来について語れたらなんて……素敵な時間だと思いませんか?」


「ああ。俺も……望んでいいなら、これからもずっとこんな時間を過ごしたい」


「――っ!」


「それこそさっきも……ユウリと結婚したら、こんな朝を一緒に過ごせるのかなって考えてしまったんだ」


「――っっっ!?!?」


 ユウリの顔が真っ赤に染まる。耳の端まで赤みを帯びている。


 し、しまった……。リュシカの告白のせいで変なことを意識してしまった……。


 いきなり俺なんかにこんなこと言われたら気持ち悪いよな。


 自分を卑下しないとは言ったけど、これは流石に謝らなければならない。


「ご、ごめん! 変なこと言ってしまった……!」


「ジ、ジンさんってば……まだ寝ぼけちゃってるんですか?」


「本当にごめん。ちょっと顔洗って――」


「――私たちもう新婚なんですから、これからいくらでも過ごせますよ」


 そうそう、俺とユウリはもう結婚しているから好き放題――


「――ちょっと待って」


 身に覚えがない突飛な結婚話。


 あれ? この流れ、最近経験したことある。


 ま、まさかな……?


「あの日のこと……一時でも忘れたことはありません。ジンさんがくれた……熱いプロポーズの言葉を……!!」


 やっぱりまた何かやってる、過去の俺ー!?





◇ターン制プロポーズバトル◇

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