Life-3 結婚戦線・前夜

 いま俺は夢でも見ているのだろうか。


「あらあら。本当にリュシカさんはジンを愛してくださっているのねぇ」


「素直に告げるのは恥ずかしいですが、その気持ちに偽りはありません。今日も早くご両親に挨拶がしたくて、魔法を使ってきたんです」


「そうなのかい? いやぁ、ジンはこんな別嬪さん捕まえて幸せ者だなぁ!」


 当事者を置いてけぼりにして盛り上がっている仲間と両親。


 しかも、覚えのない結婚話。


「リュ、リュシカ。ちょっと!」


 理解が追い付かない俺だったが、さすがにまずいと考えてリュシカを外まで連れ出した。


「どうしたんだい? 私はあなたとの今後についてお話しておきたかったのに」


「いや、それがおかしい。ツッコミどころが多すぎて困るんだけど、まずはそれだ」


「なんだ、そんなことか。それなら簡単に説明できる」


 肩をすくめて、やれやれと首を振るリュシカ。


「いいだろうか。驚かないで聞いてほしい」


「わかった」


「私はあなたが好きなんだ、ジン」


「待て待て待て待て。無理。驚かないの無理だから」


 ブンブン手を振って話を止める。


 しかし、彼女はその手を掴んで握りしめると、即座に会話を再開した。


「ジン。前に私が『本当に結婚できなかったらもらってくれるか?』と聞いた時、あなたは言ったな。『喜んで』と!」


「…………」


 ……言ってる……っ!


 記憶に確かに彼女とそういう言葉を交わした記憶があった。


 だけど、ちょっと待ってくれ。


 まさか本当に迫られるとは思わないじゃないか。


 それに彼女にはまだやるべきことがある。


「ま、魔王はどうするんだ? 【賢者】のリュシカがいないと、いくらあの二人だって」


「それなら安心していい。ジンと一晩を共にしたらすぐに現地に向かう」


「一晩!? そ、そこまで!?」


「わ、私は本気だぞ! 本気でジンが好きだし、あなたしかいないと思っている!」


 なんて熱い告白なのだろうか。


 確かに俺は年上が好きだし、リュシカのような包容力のある女性は素敵だと思う。


 だからといって、いきなり夫婦だなんて……夫婦、だ……なんて……。


 ――ありなのでは?


「……リュシカ」


 俺はぎゅっと彼女の手を握り返す。


 すると、先ほどまでの勢いはしぼみ、リュシカはわかりやすいくらいにおろおろとし始めた。


 よく考えるんだ、ジン。


 これから自分と結婚したいと言ってくれる女性なんて現れない可能性が高い。


 胸から足まで流れるスレンダーな美しいボディライン。器量もよく、落ち着いた雰囲気も素敵だ。


 なにより俺を好いてくれていて、俺も人として尊敬できる。


 そんな条件がつけば皆無といっても過言ではないだろう。


「リュシカは本気でそう思ってくれているんだよな」


「あ、ああ、もちろん!」


「わかった……」


 最後の確認も取れた。


 ならば、俺がするべきことは一つ。


 ちゃんと向かい合いたいからこそ、素直な気持ちを隠さずに彼女に伝えなければならない。


 共に永遠に未来を歩むために。


「リュシカ……俺はまだ君を好きとは自信をもって言えない」


「あぁ、それは私もわかっていたよ」


「でも、これからは異性としてしっかり見ていく。……こんな俺でもいいか?」


「何を言っているんだ、あなたは。……ジンがいいんだ」


 彼女は瞳を閉じる。少しだけ突き出された唇も、不器用ながら応えようとしてくれているみたいで愛おしさを感じた。


 彼女の両腕をつかむ。ビクリと震えたけど、それもすぐに収まった。


 改めて正面から見つめるときれいな顔だ。


 そんなことを考えながら、俺は彼女へと徐々に顔を近づけていき――


「絶対にさせない……っ!」


「ジンさーん!!」


「ぶらるたるっ!?」


 ――レキとユウリが横っ腹に衝突して、思い切りぶっ飛ばされた。


「ぐふっ……ごほっ……」


 ゴロゴロと転がって、木に体を打ち付けられてようやく止まった。


 骨が折れたのではないかと思うほどの衝撃。


 じわりじわりと全身に広がっていき、肺が酸素を求めている。


 洒落にならない突撃。しかも、それをやったのが見間違いでなければ……レキとユウリだった。


「ジンっ!?」


 リュシカが心配して、こちらに駆け寄ってくる。しゃがみこむと、すぐさまに【回復魔法ヒーリング】を施してくれた。


 あぁ……患部の痛みが和らいでいく。


「ジンさん大丈夫ですか!?」


「ジン……死なないで……」


 いや、俺をこんな瀕死状態に追いやったの二人なんだけど……。


 めちゃくちゃ心配そうに二人は俺の手を握っていた。


「おい、二人とも! 邪魔だからどいているんだ!」


「治療なら私の方が得意ですから、リュシカさんこそおやめになってください。同系統の魔法をこんな至近距離で展開しては相殺されてしまいます」


「本音は?」


「私が治して、後で脳がとろけるくらい褒めてもらいます」


「どけ、桃色聖女! やはり私がやる」


「あれ~!? 【回復魔法】は患部に触れる必要ないのに、どうして脇腹触ってるんですかー!? 手つきもおかしいですね!」


「二人とも邪魔。ジン……私が人工呼吸してあげる……」


「「人工呼吸は今は関係ないだろ(でしょう)!!」」


 あの……3人とも……。


 すごい心配してくれるのはありがたい。こんなにも仲間に思われていて俺も幸せ者だ。


 だけど、治療は中断しないでください……。


 痛みがなくなってないです……。


 わき腹以外にも頭とか痛いところはまだあって……あっ、ダメだ。意識が……もう……。


「だいたいリュシカさんが抜け出そうとしなければ……って、あれ? ジンさん!?」


「ジン……! ジン……!」


「目を覚ませ、ジン!? おい、死ぬなぁー!!」


 最後に視界に映ったのは涙を流しながら必死の形相で俺の体を揺さぶる3人の姿だった。






◇簡単なヒロイン紹介◇


リュシカ・エル・リスティア


黒髪クール系真面目エルフ。いちばんおっぱいが小さい。身長はいちばん高い。

勇者パーティーのお姉さん役だが、優しくしてくれるジンには甘える一面もある。

めちゃくちゃ花嫁修業頑張ったので家事スキル高め。意識してしまうと異性に対する挙動が童貞みたいになりがち。

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