Life-2 初めまして、お義母さま、お義父さま。未来の妻です
木々に覆われて、月の光さえ通りにくい森の中に魔法陣が展開される。
まばゆい光が弾けると、私たちが見ていた景色は一変した。
転移魔法。【賢者】のみが使える古代に失われた秘術を使用した私とジンは宿から彼が指定したポイントへと移動する。
「よかったのか、リュシカ。本当に送ってもらって」
「ああ、構わない。私とあなたは心を交わした友だ。これくらいお安い御用さ」
「そっか。やっぱりリュシカは優しいな。ありがとう」
そう言うとジンはまとめた荷物を背負って、こちらに背を向けて歩き出す。
その瞬間、私はだらしない笑みを浮かべる。
あぁ……もうすぐだ。もうすぐで、このたくましくも優しい少年が私の夫となる。
レキやユウリは甘い。特にユウリはすでに勝ったつもりでいるだろう。
今頃は部屋に置いておいた手紙を見て、慌てて魔王を倒しに行っているところか。
リュシカ・エル・リスティア。エルフとして生まれて、はや28××年。
人間換算で28歳……私はエルフとしても人間としても『行き遅れ』へと両足を突っ込んでいる。
人々が15歳――エルフでも1500歳――で結婚するのが普通と言われる中、研究に没頭してきた私は結婚になど興味がなかった。
しかし、周囲が次々と家庭を築き、結婚式に招待されるたびに寂しさを感じ始めていた。
学生時代の友人たちによる結婚ラッシュで何度も見せられる幸せそうな笑顔。
一緒にご飯を作ったり、子供が生まれて新しい家を買ったり、家族旅行に出かけて思い出を作ったり……。
そんな温かい家庭を築くのだろう。
招待された結婚式の帰路で想像を膨らませる私を待ち構えるのは暗い玄関。
返事が返ってこない空虚な「ただいま」の声。
積み上げられている膨れ上がったごみ袋。
仕事部屋だけでは飽き足らず、リビングにまで散らばった研究書類の数々。
『あ、辛い』
私もさすがに重い腰を上げて両親に頼み込んだが、時すでに遅し。
【賢者】の加護を持つ私でもこんな年喰った
いや、【賢者】だからこそ避けられたのだろう。
年齢よりも容姿は若く見えるが、それは全てのエルフに言えること。
故に見合い話にありつけることすらできなかった私はこれ幸いと【勇者】レキたちとの旅に同行することを選んだ。
だが、数多くの男の中でジンだけは違った。
旅の途中、私が定番の笑い話として提供すると、彼だけは私に微笑んでこう言ってくれたのだ。
『そうか? 俺はリュシカみたいに気遣いできる女性は素敵だと思うぞ。きっといい奥さんになるんだろうな』
『……では、私が本当にダメな時はジンにもらってもらうとするしよう』
『ははっ。俺なんかでよかったら喜んで』
好きになるに決まってるだろう……!
これだけじゃない。
『リュシカのご飯は美味しいな。リュシカの旦那になれる奴は幸せ者だな』
『俺の好みの女性? そうだな……年上の方が好きかもしれない』
『リュシカはいつも頼りになるよ。助けてくれてありがとうな』
これはもう結婚するしかない。
私はそう決めた。
今回はジンと二人きりになるにあたって最高のタイミングだった。
転移魔法を使って、ジンを故郷まで送り届けると誘い、ご両親に挨拶をする。
そのままなし崩しに一緒に寝て、愛をささやいて、ハッピーエンド……!
完璧だ。私の頭脳が恐ろしい。
「リュシカ?」
「……ああ、何でもない。さぁ、あなたの実家に向かおうか」
「実家? ああ、そうだな。父さんや母さんにも(頼りになる仲間だと)自慢したいし」
「挨拶……。任せてくれていい。礼儀作法なら学んである」
「時間は間に合うのか?」
「明日の朝に戻れば問題はないんだ。移動も魔法で一瞬。だから戦いの前にあなたと少しでも交流を深めたいと思うのは悪いことだろうか?」
「……いや、すごい嬉しい。正直言うと俺もちょっと自分の無力さに落ち込んでたから」
「そうか……ならば私が慰めるとしよう」
一晩かけてじっくりと……な。
この時のためにたくさんの参考文献を読み漁ってきた。
ちゃんと互いに快楽を得られる知識を蓄えている。
私は安心させるように、ジンの肩に手を置いた。
「案内してくれるかい?」
私の第二の故郷となる場所に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あそこが俺の家だよ」
森から歩き出て、開けた視界。
すると、最低限の対策として囲むように立てられた木柵と点在する古い家屋が見えた。
そのいちばん奥。村長として村を支える両親が住む俺の実家だ。
「なるほど。流石の私も緊張してきたよ」
キュッと身だしなみを整える。
「気にしなくていいぞ。我が親ながら結構適当なところあるから」
「そうはいかないさ。初対面の挨拶は一生に一度きりだからな」
「ははっ、そんな大袈裟な」
しかし、リュシカの気合の入りっぷりはすごい。
まるで魔王軍の幹部との決戦に挑む前かと錯覚するほどだ。
「なんだか俺まで緊張してきちゃったな」
村を出てからはや三年。
そうだ。もう三年も会っていない。
世界を救うと言って快く送り出してもらったのに、リタイアしたと告げたらどんな顔するだろうか。
失望……はないと信じたい。
でも、父さんなら拳骨くらいはあるかもな。
ましてや、レキを置いて俺だけ戻ってきたのだからなおさらだ。甘んじて受け入れよう。
「……ジン?」
「……ああ、ごめん。ちょっと俺まで変な気持ちになっちゃって」
「……案ずるな。あなたの活躍は私が証明する。ジンは確かに世界を救ってきた。胸を張って玄関をくぐればいい」
「リュシカ……」
彼女は【賢者】だ。もしかして、ここまで見通してついてきてくれたのかもしれないな。
「まぁ、大したおもてなしはできないけど上がってよ」
そう言って俺は扉を開ける。
家には最後に見た時よりもしわが増えた父さんと母さんがいた。
二人はこちらを見やると、ガタリと勢いよく立ち上がる。
「ジン……? ジンなのか……?」
「……うん、ただいま。父さん、母さん」
「……おかえりなさい、ジン……!」
優しげな声音で迎えてくれた二人は微笑んでいる。
その顔を見て、俺はようやく自分が二人に受け入れてもらえたのだと思えた。
嬉しくて思わず飛び込んでしまいそうになるのをグッとこらえる。
いろいろと話したいこともあるけれど、その前に紹介しなくちゃいけない人物がいる。
俺と一緒に世界を救う旅をした仲間の一人を。
「父さん、母さん。こっちにいるのが――」
「――初めまして、お義父さま、お義母さま。私はジンと婚約しているリュシカと言います、末永くよろしくお願いします」
「えっ」
「「えぇぇぇぇぇっ!?」」
俺の言葉を遮るほどの父さんたちの叫び声が村中に響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私とユウリの目の前にいるのは長らくの間、この世を混沌に陥れてきた魔王。
確かに今まで戦ってきた魔物たちと比べものにならない存在感と威圧感を放ち、苦戦を覚悟させられる。
いや、正確には
命よりも大切な
その事実が私たちのやる気を満ちさせていた。
なぜなら、こいつの後にもっと熾烈な戦いが待っているから。
「クククッ。貴様らが勇者か。我はこの世のすべての魔族を統べる大魔王――」
「時間をかけている暇はない。一撃で片をつける。全てを無に還せ――【
「ああ、女神よ。救いを。
「――そんなバカなァァァァァッ!?」
放たれた私とユウリの攻撃による光の奔流に飲み込まれて、魔王はこの世から消失した。
奴が存在していた位置にはコトリとまがまがしい黒の魔石が転がっている。
「よし、倒した。討伐の証明も
「では、早く行きましょう。現地まで案内してください」
「うん。肉体強化魔法をかけてくれたら、すぐにでも向かう」
「わかりました。ああ、女神よ。我らにお恵みを――【祝いの唄】」
ユウリが【聖者】の加護の力を使って、さらに私の力を底上げする。
グッグッと感触を確かめてから、手を差し出した。
「掴まっていて。間違いなく向かった先は私たちの故郷」
「確実なんですよね!?」
「幼馴染の直感を舐めないで」
「信じます! 行きましょう!!」
そして、私は大地を蹴り上げて――空を翔けた。
◇簡単なヒロイン紹介◇
ユウリ・フェリシア
銀髪腹黒系聖女。身長がパーティーの中で一番低いが、それは胸に栄養が全て吸われているせい。
幼い頃から人間の闇に触れすぎたため、相手の言葉の裏を読もうとする癖がある。
あざとい。胸を押しつけるとジンが照れながらも喜ぶのを楽しんでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます