勇者パーティーをクビになったので故郷に帰ったら、メンバー全員がついてきたんだが
木の芽
第一章 三者三様のプロポーズ
Life-1 それぞれが幸せになるための追放
「ジン……あなたの旅はここで終わり。【勇者】レキ・アリアスの名においてパーティーから追放する」
幼馴染の透き通るソプラノボイスが静かな部屋に響く。
彼女の両隣に座る二人も異論はないようで、静観していた。
ユウリ、リュシカ……。
二人も俺と同じくレキを支えてきた仲間たち。
そんな彼女たちからも反論がないということは、これはすでに決定事項なのだろう。
かくいう俺もこの辺りが潮時なのだと感じていたので異論はない。
「……わかった。今までありがとう、三人とも」
【勇者】の加護を得たレキと【早熟】の加護を持つ俺との二人で小さな村から旅に出た。
それから【聖女】のユウリと【賢者】のリュシカが仲間に加わって、様々な魔王軍の幹部を倒してきた。
初めの頃こそ加護の特性から俺が活躍することも多かったが、戦いの苛烈さが増すごとに足を引っ張ることも増えてきている。
彼女たちの判断に恨みなどあるはずがない。
むしろ女々しく自分から辞退できなかった俺を救ってくれて感謝さえするくらいだ。
「ジンさん。あなたの想いは私たちが引き継いでいきます」
ユウリが俺の右手を握りしめてくれる。
彼女の優しさには何度も助けられた。
「私たちはあなたを最高の仲間だと思っている。過去も
リュシカは彼女が着けていた首飾りを俺の手に握らせる。
彼女がエルフ族のお守りとして大切にしていた物だ。
まさかそんなものを譲ってくれるなんて……。
「俺も……俺も、二人と旅ができて幸せだった……!」
思わず出てきそうになる涙をこらえて、前へ向き直る。
最後にこの中でいちばん付き合いの長い幼馴染と言葉を交わしたかったから。
「ジン……約束は覚えている?」
約束……旅に出る際に国の神官に結ばされた『足手まといになったらパーティーを抜ける』契約のことか。
ただの村人の俺が【勇者】の仲間だなんて前代未聞だったからな。
今となってはよく許してくれたと思う。
「ああ、もちろんだとも」
「そっか……。それならよかった」
ふと気が抜けたようにレキが微笑む。
俺が不満を持っていないか、彼女は心配だったのだろう。
そっと金色の髪を撫でる。
「大丈夫。レキたちなら絶対に勝てるさ」
「うん、その心配はしていない。ここで待っていて。倒したら迎えに来るから」
「ははっ、ありがとな」
くすぐったそうに目を細めるレキ。
……この顔を近くで見れるのも、これが最後だ。
彼女は迎えに来ると言ってくれたが、それは叶いはしないだろう。
魔王を倒した後は彼女たちは有名人となって、俺なんかが手が届かない階級まで上るだろう。
もう三人とはこれまでのように会話を交わすことさえ難しくなる。
とても悔しい。最後まで隣で戦えない事実が。
すごく寂しい。彼女たちと共に喜びを分かち合えないことが。
「じゃあ、俺はもう部屋に戻るよ。荷物の整理もしないといけないから」
あまり長くいると名残惜しくなってしまう。
どうか気持ちが落ち着かないうちに、彼女たちのもとから去ろう。
「本当にありがとう。三人の栄光を祈ってる」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、力ない笑顔を浮かべて告げた俺は扉を閉めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジンが去った後、ユウリやリュシカも部屋を出て行く。
二人とも悲しげな表情をしていた。
私だって同じ気持ちだ。
ジンは昔からずっと私の味方をしてくれたヒーロー。
【勇者】の加護はその身に強力な力を宿らせ、全能力の
制御できなかったこの力のせいで異端児として扱われていた私に優しさを与えてくれたのは間違いなくジン。
『俺はずっとレキの味方だよ』
『……本当に? ずっと?』
『もちろん! レキは俺にとって大切な
『それじゃあ……魔王を倒したら結婚して?』
『ははっ、それまでレキが俺を好きでいてくれたらな』
『……絶対だから。約束』
5歳から続く私の宝物の記憶。
ジンはこの約束を覚えていると言ってくれた。
私が勇者をやっているのは【勇者】だとわかった瞬間、手のひらを返した奴らのためじゃない。
ジンと幸せな結婚生活を送るために平和を脅かす魔王が邪魔だったからだ。
ジンにも女神様の【加護】があったのは嬉しい誤算で、一緒に旅が出来て一石二鳥。
だけど、それもいったんここまで。
魔王は強いらしいし、ジンに何かあっては大変だ。
私の最終目標はジンと結婚して、10人くらい子供を産んで、幸せに暮らすこと。
なので、ジンには一旦離れてもらう。
魔王は1日もあれば倒せるだろう。
今の私にはそれくらい気力がみなぎっていた。
魔王を倒せば結婚。魔王を倒せば結婚……。
自然と鼻息も荒くなってしまうものだ。
「ウェディングドレスを買いに行かなきゃならない」
すべてジンの好みに合わせてあげたい。
魔王を倒して帰ってきたら、ジンと街に出かけよう。
久しぶりに二人きりで。
ユウリやリュシカは嫌いじゃないけど、最初の頃に比べて二人で過ごす時間は少なくなってしまった。
やはり、それは寂しい。
「ジン……愛してる」
灯りを消して、ベッドに寝転ぶ。
幸せな未来を夢見て、眠りへとついた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――なんて、可愛いこと考えているんだろうなぁ、レキちゃん。
旅の仲間であり、恋敵でもあるまだまだお子様な勇者様の考えることなんて簡単にお見通しだった。
今までジンさんにベッタリだったのに、魔王戦の前にパーティーから追い出すなんて言いだした時は偽物かと疑ったけど、彼女の立場になって考え直せばすぐにわかる。
最愛の人が亡くならない最善の方法は魔王との戦いに参加させないこと。
ジンさんには悪いですけど、彼がいてもいなくても戦力的に私たち三人には影響があまりない。
むしろ、確実に生きているという事実の方が精神に安定を与えてくれる。
私たち勇者パーティーの負け筋は彼が死んで動揺してしまうくらいしかありませんから。
レキちゃんは明日のうちに魔王を片付けてジンさんに告白するつもりでしょう。
だけど、そうはいきません。
「ごめんなさい、レキちゃん」
あなたとはお友達だけど、こればかりは譲れません。
【聖女】の加護を得たことで、女神の生まれ変わりとして崇め奉られてきた私の苦しみを理解してくれたのは彼が初めてでした。
毎日、毎日、子供の時から見るもおぞましい傷を治してきた。
見知らぬ人たちの悩みを聞き続けてきた。
遊びなど許される時間はなく、心を殺してきた私に投げかけてくれたあの一幕を忘れたことなどない。
『ユウリの話を聞かせてくれないか。楽しいことでも……辛いことでも、なんでもいいからさ』
『どうして……そのようなことを?』
『だって、俺たちは女神様へ捧げるようにユウリに祈るのに、そのユウリは誰にも縋れない。それっておかしいことだなって思って』
『――――』
『俺なんかでよかったら頼ってほしいんだ。ユウリが苦しい時、折れそうな時、そばで支えてあげたい』
『……そんなことが、許されるのでしょうか?』
『許さない奴がいたら俺がぶん殴ってやるさ。俺が力になりたいのは【聖女】様じゃなくてユウリだから』
……ふふっ。ジンさんはとてもお優しい方。
あのような熱のこもった言葉と瞳で訴えかけられてしまっては私の冷え切った心も溶けてしまうものです。
「そばで支えてあげたいだなんて……! ふふっ、うふふっ……!」
間違いなくプロポーズでしょう。
あの時は泣いてしまって、返事は出来ませんでしたがついにベストなタイミングがやってきました。
部屋を出るときのあの寂し気な視線。
フられたんだと傷心してしまっているに違いありません。
安心してください、ジンさん。
私はあなたを捨てませんよ。
今からユウリのすべてを使って癒してあげますからね!
【聖女】に必要な処女性? なんですか、それ?
処女でなければ【聖女】でいられないなら、私は【聖女】なんてやめます。
今から私はジンさんと熱い初夜を繰り広げるのですから。
それにこれは二人のためでもあります。
魔王を討伐すれば以前のように会うことは叶わないでしょう。
しかし、ここで私が妊娠することによってジンさんを【聖女】の夫という立場まで昇格させれば国も無下には出来ません。
レキちゃんたちだって会うのが容易になるのです。
まぁ、そのときは私の旦那様になってしまっていますが会えないよりはマシですよね。
「レキちゃんは寝たらなかなか起きませんし、リュシカさんは真面目な人ですから明日へ向けて準備をしているでしょう」
その間に私がジンさんと一線を越えてしまうという作戦……!
我ながらなんて完璧なのでしょう。
「それでは身を清めてから赴くとしましょうか」
私は最終決戦前日というには似つかわしいルンルン気分でシャワー室へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もぬけの殻となったジンさんにあてがわれた部屋。
ベッドの上に置かれた一枚の手紙。
『彼は私がいただきますので、魔王退治よろしくお願いします。リュシカ』
「ふふっ……ふふふふふっ」
……あの年増エルフ……!
私はそれをちぎり破ると、急いで眠っているレキちゃんを起こしに部屋へと押しかけた。
◇簡単なヒロイン紹介◇
レキ・アリアス
金髪不思議系幼なじみ。自分ではクールだと思っている。
ジン(主人公)に髪を編んでもらう時間が好き。年齢の割には発育のいいスタイル。身長は低め。
ジンとは生まれた頃からの付き合いで、彼のことになると思い込みと暴走が激しくなる癖がある。
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