四章 妖精王でオンライン
第21話
空から……と言っても、雲までは届かない高度だけど。そこから全方位を見渡しても、確認できる拠点はひとつだけ。
フィールドマップは訪れた場所の名称しか表示されないらしく、メイの町以外は何も表示されていなかった。これだと、どっち方面に行けば正解なのか分からない。
攻略サイトがあれば。このゲームにニャン太郎様が参加していれば……。そんなことを思ってしまう。
ニャン太郎様だけではなく、ニャン汰さんやクリーム、エミリアなどの知り合いは、誰もここにはいない。それは事前に確認済み。とても寂しけど、こればかりはどうしようもない。
だから今は……今は……。
取りあえずトイレに行こう!
めっちゃ我慢してたからパンパンだ。もうホント、ダメ。強めの刺激を与えられたら決壊しそうなくらい。いや、しそうじゃなくて絶対する。
地上に降りて木陰でログアウト。
現実世界に意識が戻ってきたと同時に、ダイブ専用シートを飛び降りてスプラッシュルームへGO! 我慢しすぎたからか、心配になるほど勢いが弱い。しかも途中で放出が止まったりする。
でも「まだだ、僕の本気はこんなものじゃない」と暗示をかけて無理やり継続。何とか納得できる量を出し終えて水を流す。やれやれ、これからはもっと気をつけてダイブする必要がありそうだ。主にゲーム開始前の水分調節。
一息ついたので睡眠をとろうかと思ったけど、ボッチリオ物語の途中で充分寝たから瞼が硬い。それに脳しか働かせていないから、お腹もそれほど減ってない。
タブレットの電源を入れて【レガリアワールドオンライン2 攻略】と、打ち込んでみる。該当する攻略サイト数はゼロ。
桜田長官からは、特に『内緒』とか『機密事項』みたいなことは言われていないので、誰かが攻略サイトを立ち上げているかもと思ったんだけど。たった百人の参加者しかいないゲームだから、需要がそもそもないのだろう。
まあこれについては想定の範囲内。ないのなら自分で作ろうかとも頭を過ぎったけど、今回のキャラは検証に必要な技能を何ひとつ取得していない。あのときSP増量の代わりに、ドロップアップを貰っておくべきだったかな。
冷蔵庫を開けると餃子のタレがあった。以前、冷凍餃子を購入したときに付いてたものだと思う。他には食料が何も入ってない。キュウリすら姿が見えない。しばらく買い出しに行ってなかったから、こうなるのも当然だ。
近所のスーパーに出かけるしかないか。
サンダルを引っ掛けてアパートを後にした。僕がここに引っ越してきた時分より、周囲は賑やかになっている。幾つか新たにコンビニができたし、アパートもたくさん建った。
特に眼を見張るのは、いまから行くスーパー。以前は薄汚れた感じで、商品のディスプレイにも気を使ってない感じだった。でも昨年そこがリニューアルオープンしてからは、全く別物みたいになっている。
長年応援していたインディーズのバンドがメジャーデビューしたような感じで、めちゃくちゃ綺麗になった。商品ディスプレイにも拘りが感じられて、あらゆる方向からライトが当たってる。
でも以前と販売商品は変わらない。価格も変わらない。むしろ特売品が増えた気がする。そこが良い。
『いらっしゃいませー』と、扉をくぐった途端に響く歓迎の音声。『リンゴ、リンゴ、今日はリンゴの日!』とアナウンスも聞こえ、入ってすぐのところにリンゴの特売コーナーが設けられていた。一個五十円とか安すぎる。思わず買い物カゴに三つ入れてから、カップ麺コーナーへ。
『うまい!』と吹き出しで言ってるメガネおじさんが描かれたカップ麺を大量購入。このシリーズは他にもあって、パスタとかピザ、冷凍食品にもメガネおじさんをよく見かける。
家の冷蔵庫にあった餃子のタレも、このシリーズに付属していたものだ。よく見かけはするけど、このおじさんが誰なのかは全く知らない。そもそも調べる気もおきないんだけど。
でもメガネか。まさかメイダス関係かな。まさかね……。
「木下くんじゃない。久しぶり」
「あ、沢田さんか。こんにちは」
レジのメガネをかけたオバサンも、もしかしたらメイダス人かな……とか考えてたら声をかけられた。このスーパーでの彼女との遭遇率はそこそこ高い。ここ一ヶ月くらいは顔を合わせてなかったけど。
以前はギャルっぽかった沢田さんだけど、今は大学生ということもあってか落ち着いた雰囲気になっている。茶髪はそのままだけど、肩の辺りで綺麗に切りそろえられたストレートヘアが清潔な印象だ。上着もカシミヤタッチのふんわりニットだし、ズボンも落ち着きのあるテーパードパンツ。従来の整った顔も相まって、どこぞの令嬢に見えなくもない。
「カップ麺だけで飽きない?」
「食通じゃないから。キュウリだけでも良いんだけど、特売してなかったし」
「キュウリはオカズじゃないと思うけど」
「うん、あれは主食だからね」
「…………」
そんな他愛もない会話を交わして、一緒にスーパーの中を巡った。彼女はトイレットペーパーとボックスティッシュ、それとロールタイプのペーパータオルを購入。紙製品ばっかりだな。
「そう言えば如月と、どうなったの?」
「如月さん? どうなったとは?」
「同じ大学に進んだでしょ。彼女、わざとランクを落としてたじゃん」
「そうなんだ。たまにキャンパスで会うけど、それだけかな」
「ふ~ん。ま、いいけどね」
僕と如月さんは同じ大学に進んで、沢田さんは桜田さんと同じ大学に進んだはずだ。ふたりは仲が良かったからね。確か防衛系の国立大学だった憶えがある。ちなみに僕は都立大学の経済学部。如月さんは……何学部だろう、興味がなかったから聞いてない。
「じゃあまた連絡するね」と言いながら彼女は去って行った。両手でかさばる商品をかかえながら。
僕も大量のカップ麺で袋をパンパンにしながら帰路についた。久々に知り合いと喋ってリフレッシュできた気がする。これで明日からも頑張れるかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。