第68話

 僕は経験してないけど、シンボル防衛イベントは過去にも二度あったらしい。一ヶ月弱で二回のイベントとか、運営の気合が伺える。最初のイベントでレガリア大陸最南端の街が廃墟になって、次のイベントでは最北の街が廃墟になったと教えてもらった。最北の街については、さっきオスカーさんに聞いたばかりだけど。


 一度目のイベントで防衛失敗した、いつでもミルクティーは第二回イベントの参加を見送ったらしい。「私たちが参加していればあるいは……」とか言ってたけど、もし参加してまた失敗したら忘れられない後悔になったと思う。


 まあその話は置いておいて。


 第一回目と第二回目、そして第三回目の今回。過去と現在において、何か違うところがあるのかと考えれば答えはひとつ。


 それは僕、こしあんの存在だ。


 言ってて恥ずかしいけど、本当にそう感じる。要は今まで、シーフ系が不遇扱いされすぎていて、その役割をきちんと果たせていなかったのだと思う。


 アルカ遺跡に挑んだとき、風と大地系統のスキルブックは敵からドロップした。その結果、三階層と四階層での殲滅速度が上昇したのは紛うことなき事実。


 新大陸の強敵も、事前に入手できる耐性系スキルブックを使うと対処が楽になった。


 今回のイベントだって、エルダーデーモンが出現する前に入手した物理耐性のスキルブックが……あ!


 それをヴァネッサたちに配るのを忘れてたわ。


「ヴァネッサ、パラディンのみなさん! このスキルを覚えてください!」


 四人をタップして、トレード欄に物理耐性のスキルブックを。前例があるから、みんな疑わずに受け取ってくれる。


「こんなものまで!」

「こしあん殿、いえ、こしあん様、感謝します!」

「硬くなれるのかな、怖くなくなるかなぁ~」

「これでまた一歩、真の騎士に近づけます」


 余ってるから僕も覚えておこう。ついでにニャン汰さんにも。


 物理耐性のスキルは【LV1】で物理被ダメージを【5%】緩和するようだ。この初期値から推測するとマックスレベルで【25%】の緩和だろう。


【494】のダメージが【370】になれば、二体から連続攻撃されてもヴァネッサなら耐えられる。さすがに三体は無理だけど。


 ただ、そこまでレベルを上げるには、今までの経験から百回攻撃をくらわなければならない。百回……ゾンビアタックに比べれば楽勝だけど、それでもかなりの時間がかかってしまう。


 それまで持ちこたえられるのか?

 持ちこたえたとして、その後の展開は?

 あんな異常にHPの多い敵を倒せるのか?


 究極的には倒さなくても防衛さえできれば良いんだけど、イベント終了の正午までには約十二時間もある。いつでもミルクティーに在籍する社会人のメンバーは、リアルの仕事があるので多分途中から抜けるだろう。それを踏まえた場合、倒すのはおろか、防衛しきるのも難しい。


 結局、無理してでも最後まで残れるのは、学生か自由業の人か無職の人のみ。あと一手、いやあと二手くらい何かなければ持ちこたえられない。


 このイベントのために、僕たちは新大陸で苦行に耐えてきた。下がったモチベーションをキュウリで補い(補いきれてなかったけど)、何とかここまでキャラビルドを仕上げた。やれることは本当に全部やったはずだ。


 ……本当にそうか?


 もしも、もっと貪欲に、隠しイベントを探していたら。

 もしも、鍛冶屋イベントをこなして合成に着手していたら。

 もしも、真・転生の魔法陣でステータスを上げていたら。

 もしも、もしも、もしも…………。


「こしあんくん、こしあんくん!」

「……え、何?」


 思考の渦に飲まれて、ニャン汰さんの声が聞こえてなかった。


「四体目にゃ! この調子だと時間差で一体づつ増えると思うにゃ」


 遠くに新たなエルダーデーモンが見える。のっしのっしと、地獄を背負いながら近づいてくる姿には絶望しかない。


「ニャン汰さん、焼け石に水だろうけど新しく入手した剣を装備して!」

「分かったにゃ! この際、何でもやってみるにゃ」


 ニャン汰さんをタップしてDブレイドを二本渡す。



 デーモンブレイド 物理攻撃力+500 攻撃回数+1


 これで七回連続攻撃のライジングサンが放てて、ダメージも上がるはずだ。でも、それでも……全然さっぱり倒すまでには届かない。オスカーさんたちに、Dロッドを配ったとしてもそれは変わらないだろう。一応配るけど。


「……ハゼロ……」

「……フキトベ……」

「うっく……」

「メガヒール!」

「メガヒール!」

「……ゴミムシメ……」

「……リアジュウシスベシ……」

「……バクハツシロ……」


 エルダーデーモンの台詞! 運営め、こんな壮絶バトルの最中にコメディポイントを仕込みやがって。沢田さん風に怒鳴れば、バッカじゃないの!?


「あふっ」

「嗚呼、ヴァネッサさんが!」

「リザレクト!」

「メガヒール!」

「メガヒール!」

「ありがとうございます」

「ライジングサンにゃ!」

「フレイムピラー!」

「フレイムピラー!」

「フレイムピラー!」


 これは無理かも。物理耐性が育つまで耐えきれない。HPが多すぎて倒せない、即死が効かない、麻痺も効かないから一方的に攻撃できない、混乱させるスキルや武器は持ってないから試せない、毒は効くけどダメージが少なすぎてどうにもならない。


 今でギリギリ、いやもう戦線は崩壊しかかってる。ヴァネッサの防御力はこれ以上何ともならない。ニャン汰さんやオスカーさん、クリームやエミリアやその他の面々も、ここから爆発的に攻撃力が上がることはない。


「ああっ、ヴァネッサさんが抜かれました! いちごさん、くい止めて!」

「リザレクト! わわっ、Mポーションがもうそろそろ……」


 ヴァネッサが殺られてるうちに、一体のエルダーデーモンが宿場町に押し入ってきた。死亡と蘇生の間隔に発生した、ほんの僅かな隙をぬって。


「くそっ、くそっ! アタック、ポイズンミスト、アシッドレイン!」

「シールドにゃ! ストロングにゃ! ライジングサンにゃっ!」

「フレイムピラー! ウィーク! メガヒール!」

「くっ……」

「ヴァネッサ! 蘇生薬!」

「メガヒール!」

「メガヒール!」


 止まらないエルダーデーモンの進行。ほとんど意味のない、僕たちの攻撃。


「……ハカイスル……」


 ドガッ! と、ひときわ大きな音をたてて崩れる冒険者ギルドの壁。そこから覗くのはむき出しのシンボル。


「みんな、シンボルを囲んで! 少しでも時間を稼ぐのよ!」


 オスカーさんの号令に、いつでもミルクティーの賢者やビショップたちがシンボルを取り囲む。シンボルにもHPは設定されてるはずだけど、この状況じゃすぐに破壊されてしまう。


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