第12話

 ステータスを確認すると、HPとMPを含む全ての数値が【1】に固定されていた。これが噂の死亡ペナルティか。この状態は三十分続くらしいので、それまで放置しておこう。


 今回は初見で油断してしまった。少し慢心もあったと思う。いくら物理攻撃力が高くても、こしあんは紙装甲。リザードマンのステータスならワンキルされるのも当然だ。


 それにしても奴の攻撃が速い。戦闘開始と同時に突っ込んで攻撃したのに、二回目の攻撃をする暇がなかった。攻撃ボタンはタップし続けていたから、別段、僕の攻撃速度が遅かった感じでもない。火力は充分足りているだけに残念だ。


 今から物理防御力を増やそうにも、この周辺ではもう経験値が入らない。やはりパーティを組まないと厳しいのか。


 あ、そうだ。死に戻る前にスチール成功したんだった。序盤の敵とはいえ、腐ってもボス。何か良いものを持っていても、おかしくはない。


 インベントリを開くと、トカゲ肉がひとつだけ鎮座していた。効果は【HPを100回復する】なので、リザードマンのノーマルドロップと同じものだろう。起死回生のアイテムとかを期待したのにトカゲ肉とは。あって困るものじゃないけど、現状を打破できるものでもない。


 これは岩ちゃんに手伝ってもらうしかないか。そう思い、スマホで岩ちゃんの連絡先をタップ。呼び出し音に交響曲第五番が流れる。めっちゃ渋い趣味してるな。君に運命感じちゃうよ。


『おう、どうした?』

「岩ちゃん、レガリアのクエ手伝って」

『いいぞ。俺もちょうどインしたところだ』

「僕もインしてるよ、はじまりの街の入口にいる」

『俺もその辺りにいるけど……木下のキャラネームは?』

「こしあん。岩ちゃんは?」

『ガンテツだ。こしあん、こしあん……いないな』


 僕も画面でガンテツを探したけど、そんなプレイヤーはいない。それにしても、みんなめちゃくちゃな名前をつけるなぁ。オカンやオトンなんて人もいるし、記号だけの人もいる。もっと愛情を持って自分の分身となるキャラを作れば良いのに。こしあんの僕を含めて。


『あ! ……ちがうか』

「あ! って何?」

『いや、ロシアンとユリアンを見つけたから』

「あんつながりだね、でもそれじゃない」


 ロシアンとユリアンすら見当たらない。パラレルワールドに迷い込んでしまった気分だ。


『つか、木下はどこのサーバーだ?』

「え? このゲームって複数サーバー?」

『そりゃそうだろ。登録者数百万人超えだぜ? ちなみに俺は第三サーバー』

「確認してみる」


 一旦ログアウトしてから、またスタート画面をタップ。あ……右下に小さく、第四サーバーって書いてある。このゲームってサーバーを選べたのか。適当に始めたから気にしてなかった。


「ごめん、第四サーバーだった」

『そりゃ、いないわな』

「時間を取らせて悪かったね。エロ本の続きでも見てて」

『見てないわ! 俺イコール、エロ本の思考から離れろや』

「じゃあまた」

『まてコラ、エロ本なんて持ってないから――』


 通話終了をタップして、会話を終了した。サーバーが違うのなら、岩ちゃんに手伝ってもらうのは絶対に無理。僕と岩ちゃんの運命は交差しないようだ。


 さてどうするか。


 ニャン太郎様に泣きつけば何とかしてくれそうな気もするけど、さすがにそれは避けたいところ。彼とは持ちつ持たれつの対等な関係でいたい。明らかに僕のほうが得してるけど、それでもだ。


 防具屋で皮の盾(物理防御力+2)を購入してもワンキルなのは変わらないし、むしろ武器を片方外すことになるので状況は悪化する。こうなったら冒険者ギルドで募集するしかないな。ダメ元で。


 レガリアワールドオンラインには、日々たくさんの人が新規加入してくる。サービス開始から一ヶ月以上経つのに、はじまりの街に幾人ものプレイヤーがいるのもそれを裏づける証拠だ。中にはシーフでも良いと言ってくれる奇特な人もいるに違いない。


 冒険者ギルドに移動して、ドキドキしながら周囲に呼びかけた。


「シーフですけど、リザードマン討伐を手伝ってくれませんかー」


 それまで色んな呼びかけや会話があったのに、その一言で場が静まり返ってしまった。ああ恥ずかしい、でももう後には引けない。


「シーフですけど、リザードマン討伐を手伝ってくれませんかー」

「……シーフはちょっと」

「シーフは、ねぇ?」

「ごめん、シーフ入れる余裕がない」

「ファイターに作り直してこい」

「まだいたんだ、シーフって」

「絶滅危惧種だよねぇ」


 想像していた通りの結果に悲しくなった。なぜ僕はあのとき、ダークを選択しなかったのか。ファイターやメイジを選んでも普通に遊べただろうし、ナイトやヒーラーだと引く手数多だったはず。ああもう、シーフ、ダメダメじゃん。


 でも可能性はゼロじゃない。挫けず毎日呼びかけを続けていれば、いつかは報われると思う。僕は機械、僕は自動再生する音声。しばらくは、リザードマン討伐を手伝ってほしいマンになろう……。


「うちのパーティに入る?」


 悲嘆にくれていたら女性の声が響いた。背中に弓を背負ったブロンドの容姿。どう見ても初期装備のレンジャー的なその出で立ちが、今は戦乙女ヴァルキリーほどにも神々しい。


 キャラネームは、ナナ。タップして情報を確認すると、やはり【LV5】のレンジャーだった。声の感じからすると、僕と同じくらいの年齢だと思う。


「あ、えっと。シーフだけど良いの?」

「困ってるんでしょ? 一緒に行こうよ」

「ありがとう! 泣いていい?」

「恥ずかしいから、やめて」


 この出会いが、後にレガリアワールドオンラインを震撼させる最強コンビ誕生の瞬間だった――みたいなテロップが頭に浮かんだ。そんなことは絶対ないと思うけど。

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