第八音

第八音①

 地元へと戻った『ルナティック・ガールズ』の三人は夏休みの課題に追われることとなった。しかしその合間にも楽器を持ちだし、スタジオ練習も行いながらバンド活動に力を抜くことはなかった。

 いつの間にか梅雨は明け、夏本番のセミの鳴き声と入道雲の下でこの日も鈴は、ギターを担ぎながらスタジオへ向かう。今日はスタジオ練習の後、アップロードされた自分たちのガールズバンドコンテストでの演奏を観ることになっていた。


「おはよう、鈴」

「おはよう、カノン、琴音」

「鈴ちゃん、おはよう」


 夏休みと言うこともあり、鈴たちは午前中にスタジオを予約していた。朝からじわじわと暑いが、スタジオの中は冷房が効いていて心地よい。集まった三人はいつものように音を合わせていく。練習時間はきっかり一時間だ。

 そうして終わったスタジオ練習の後、すっかり日が高くなった町の中、三人はハンバーガーショップのチェーン店へと入っていった。飲み物やハンバーガーを注文し、席に着く。


「じゃあ、アドレスを送ります!」


 鈴は席に着いた後にスマートフォンを取り出しそう言うと、『ルナティック・ガールズ』のメッセージにガールズバンドコンテストの時の様子が映っているアドレスを貼り付けた。それを受け取ったカノンと琴音は、それぞれ鞄の中からイヤホンとスマートフォンを取り出すと、ドキドキした様子でそのアドレスを開く。


「……」

「……」


 二人は真剣な表情で自分たちの動画を見入っていた。こうしてデータとして自分たちのライブを観るのは春先の公開ライブ以来だった。


「どう?」


 見終わった頃合いに鈴が声をかけてきた。


「もっとお客さんの方を見てもいいかも」

「そうだね、私たちだけで楽しんでるって感じした」


 カノンの言葉に琴音も言う。鈴もそれは思ったことではあった。ついでに、と鈴は今回大賞を取ったバンドの動画も送る。その動画を見終わってから、


「やっぱり、お客さんへの意識が違うのかなぁ?」

「演奏技術も私たちより高いのかもしれないけど、見せ方の違いだとしたら、盛り上げ方だよね」


 琴音の言葉に鈴も言う。

 自分たちの次の課題が見つかったことに、『ルナティック・ガールズ』の三人は気持ちを新たにするのだった。

 そうしていると、カノンのスマートフォンが鳴った。


「ごめん」


 カノンはそう言うと、スマートフォンの呼び出しに応える。


「あ、大和? 何? ……、あ」


『ひどいっ!』


「ゴメンって。うん、うん、分かった。じゃあね」


 どうやら通話の相手は大和だったようだ。大和の声はよく通る。詳細までは聞こえなかったが、大和が何やら『酷い』と言った言葉だけは鈴たちにも漏れ聞こえていた。


「ねぇ、鈴、琴音」

「何?」

「明日、何の日か分かる?」

「明日……?」


 急に話を振られた二人は考える。しかし、


「思い当たる節はないなぁ……」

「今日なら、広島の原爆の日でしょ?」

「え? そうなの?」


 琴音の言葉に鈴が疑問を返した。そうして、んー、んーと唸る二人に、カノンが正解を言う。


「明日は、浴衣で花火大会の日です」

「あー!」


 その言葉に、鈴と琴音は花火大会のことをすっかり忘れていたことに気付いた。そう言えば、大会前にそんな話をしていたな、と思っていると、


「わざわざ、大和がそのことを言うためだけに、連絡してきたみたい」

「大和くん、楽しみにしてたみたいだもんね」


 呆れるカノンの言葉に琴音がクスクスと笑う。


「そんなわけで、明日は駅に夕方六時集合って」

「全員浴衣って、楽しみだね」


 カノンと琴音の言葉に、鈴もうんうんと頷くのだった。




 翌日の夕方。

 鈴は母親に手伝ってもらいながら浴衣の着付けを行っていた。セミロングの色素の薄い髪は一つにまとめあげ、メイクもしっかりとしている。外は快晴で、この様子なら花火大会は予定通り開催されることだろう。


「じゃあ、いってきまーす!」


 鈴は家を出る。夕暮れの迫った空の下、セミの大合唱が響いていた。


(んー! 夏だなぁ!)


 鈴はそんなことを思いながら、待ち合わせの駅までゆっくりと歩いて行くのだった。




 花火大会の会場近くになる駅は、多くの人でごった返していた。しかし、


「あ、和真くん!」


 背の高い和真は待ち合わせの場所でも目立っており、鈴はすぐに見付けることができたのだった。


「よう」


 鈴の声に和真が振り返る。その傍には人混みに紛れて大和とカノン、琴音の姿もあった。どうやら鈴が最後だったようだ。


「すっごい人だな!」


 大和の言葉に、黒地に朝顔柄の浴衣を着ているカノンがイヤそうに顔を歪める。


「人混み、嫌い……」


 そう呟くカノンの手を大和はぎゅっと握る。


「これで、はぐれないだろ!」

「ちょっ! バカ!」


 カノンが焦っている様子に、白地に金魚柄の浴衣を着ている琴音が、


「ごちそうさまです」


 そう言って笑った。

 鈴はと言うと、濃い青地に天の川をイメージした星空柄の浴衣だ。それぞれがそれぞれに似合った色の浴衣を着ているなと、和真はそっと思っていた。

 そんな和真の浴衣は黒字に縞模様の定番のものだ。白の帯を締めている。大和は生成りに黒猫柄で、帯は藍色だった。

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