第七音⑦

 そうして着実に準備を行い、


「『ルナティック・ガールズ』の皆さん、出番です」


 大会運営に呼ばれた三人は頷き合うと本番の舞台に向けてステージまで歩いて行くのだった。

 ステージの袖から覗いた客席はスタンディングライブ形式になっており、所狭しと客の頭が見えていた。さすがにその光景に三人は絶句する。


「ここまで来たんだし、楽しもう!」

「そうだね!」

「うん!」


 カノンの言葉に三人は自然と円陣を組み、気合いを入れた。それからステージの上へと登場する。三人の登場に、ガールズバンドコンテストの観客たちが熱を帯びる。

 三人は目配せをすると、カノンがドラムステッキを打ち鳴らす。それを合図に曲が始まった。激しいギターの音色に、ベースとドラムがリズムを刻む。そうして前奏が終わり、鈴はスタンドマイクの前に進むと大きく口を開いて歌った。


 この頃になると鈴の傷も完全ではなかったが癒えていた。そのため思うようにパフォーマンスをすることができた。時折三人は目を合わせ、笑顔で演奏を進めて行く。

 ステージ照明の熱を全身に感じる。そんな感覚も初めてだった。しかし、ステージの照明以上に観客の盛り上がりが熱気となって伝わってくる。鈴たち『ルナティック・ガールズ』の演奏に合わせて身体を揺らしている客も見え、それを目にすると自然と鈴たちも笑顔になるのだった。


 ステージの上から見るその光景は圧巻で、鈴たちは夢中になって演奏をする。そうすることであっという間に三分の演奏時間が終わってしまう。

 鈴たちはステージの上で客席に頭を下げると、肩で息をしながらステージからはけるのだった。

 ステージの裾に引っ込んだ三人は、満足げに笑い合っていた。そこに言葉はなかったが、今できる全力を三人は示すことができた。何よりも、


「楽しかったぁ~!」


 楽屋に戻った三人の意見はこの鈴の言葉に集約されていた。

 スポットライトに当たり、たくさんの客に見て貰い、この高揚感と興奮はすぐには冷めないだろう。

 それから結果発表までの時間はあっという間だった。


「参加者の皆さん、集まってください」


 大会運営者の言葉で、鈴たちを始め大会に参加した女子高生たちが集まっていく。順番にステージにあげられ、


「今回は、とてもレベルの高い大会になりました。審査員も選ぶのに苦労したようです! では、今回の結果を発表していきます!」


 司会のこの言葉で結果発表が始まった。

 審査員特別賞から発表されることになった緊張感の中、鈴たちは両手を組んで祈るように待った。


「審査員特別賞は『ドラマステージ』の皆さんです! おめでとうございます!」


 鈴たちはホッと胸をなで下ろす。自分たちが目指しているものは審査員特別賞ではなかったためだ。呼ばれた『ドラマステージ』と思われるガールズバンドのメンバーたちは泣いていた。


「続きまして、準大賞はなんと、2組です!」


 司会者のその言葉に、呼ばれなかったどのバンドもゴクリとつばを飲み込む。再びどの参加者にも緊張が走る。

 司会者はたっぷりと間を置いた後、はっきりとこう言った。


「『あさきゆめみし』さんと、『ルナティック・ガールズ』さんです!」


 その瞬間、鈴たちの間に喜びと悔しさが半々で襲ってきた。大賞に選ばれなかったこと、しかし名前を呼ばれた喜びと、複雑な心境になる。


「おめでとうございます!」


 司会者の声はあっさりしたもので、次の大賞の発表へと移っていく。

 鈴たちの頭の中は真っ白だった。しかし悔しさの中に、ここまでできたことを褒めたいと言う気持ちも生まれてくる。

 手放しでは喜べない結果となったガールズバンドコンテストの結果だったが、初挑戦で出した結果を、鈴たちは少しずつ飲み込んでいった。

 結果発表の後、会場の外で待っていた親と合流する。

 親と一緒に木村の姿もあった。鈴たちが駆け寄ると、


「よくやったな、お前たち!」


 普段は仏頂面の木村が笑顔で迎えてくれる。


「先生! 本当に来てくれたんですね!」

「もちろんだ」

「ありがとうございます!」


 木村と短い言葉を交わす。

 外は夕暮れで、間もなく日が沈みそうだ。すっかり夏の空気を纏っている。時々、セミがミミッと小さく鳴いていた。


「でも、悔しいです……」


 笑顔を向けてくれる親や先生に対し、鈴は思わず本音を漏らしてしまう。


「ここまで来たら、大賞、欲しかったね」


 カノンも苦い顔をしている。やはり手放しに喜べる結果ではないのだ。それを聞いた木村は、


「続けていれば、もっといい結果もついてくる。バンド活動、好きなら本気で続けなさい」


 木村のこの言葉に鈴たちは顔を上げる。

 そうか、続けていれば、あのステージで見た景色をもう一度見られる日も来るかもしれない。木村の言葉は目の前の結果にとらわれていた三人にとって、目からウロコだった。


「気をつけて帰ってきなさい」


 木村はそう言うと、親に頭を下げて歩いて行くのだった。


「さ、帰りましょうか」


 鈴も母親に促され、駅へと向かう。琴音は一泊してから帰って来るということだった。カノンも少し東京観光をしてから帰るということで、三人は会場前で解散するのだった。

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