第六音⑦
病院で検査を受けて結果を待っている間、鈴は木村から事情を聞かれていた。
「小林が発見したとき、桜井の他に三人の女生徒がいたそうだが、何があったんだ?
知り合いだったのか?」
木村の言葉に鈴はゆっくりと首を横に振って否定する。それから自分を発見してくれた人物が和真であったことを知る。
(良かった……。あれは、夢じゃなかったんだ……)
自分を助けてくれた和真の存在を意識するだけで、鈴は心がポッと温かくなるのを感じる。黙ってしまった鈴へ、
「それで、なんであんな所で揉めていたんだ?」
「それは……」
鈴は一瞬だけためらったが、昼食中に彼女たちに呼び出されたこと、因縁をつけられたこと、そこから暴力行為に発展したこと、全てを包み隠さず話した。
「悪質だな。停学、または退学処分の検討をしよう」
鈴の話を聞き終えた木村は苦虫をかみつぶしたような表情で言った。その重い処分内容に鈴は何も言えなくなってしまう。彼女たちが嫉妬した経緯も分からなくはない。しかしだからといって、擁護する気にもなれなかった。
それからしばらくして、検査結果が出た。
鈴の身体は全身打撲ではあったものの、内臓への異常は見られなかった。
「しばらく安静にしていれば、綺麗に治りますよ」
医者はそう言うと、もう帰ってもいいと許可を出した。鈴は痛む身体で再び木村の車に乗り、学校へと戻っていく。
学校に戻った鈴の元へ、カノンが駆け寄ってきた。
「鈴っ! 良かった、無事だったんだね!」
「カノン! 待っててくれたの?」
「もちろんだよ!」
そういうカノンの後ろには体操着から制服に着替えた和真の姿あり、その横には同じく制服に着替えている琴音の姿もあった。鈴は二人の姿に笑顔を向ける。
「親御さんに事情を話して迎えに来て貰うから、それまで教室で待っていなさい」
木村はそう言うと職員玄関の中へと消えていった。鈴がカノンに支えられて琴音と和真の傍へと行く。そこで鈴は和真にある小さな違和感に気付いた。
和真の表情はいつもの無表情なのだが、それでも心なしか暗く、何より鈴の方を全く見てくれないのだ。琴音がそんな和真へ言葉をかける。
「ほら、和真くん。鈴ちゃんに言いたいこと、あるんでしょ?」
「……」
琴音からの言葉に和真はゆっくりとその細い目を鈴に向けた。それから無言でスッと頭を下げる。
「え? えっ?」
鈴はそんな和真に、何が起きているのか分からない。和真は頭を下げたまま、
「悪かった。俺が原因で、鈴に怪我させた」
そう言ったまま、顔を上げようとはしない。鈴はその状況に慌てて口を開いた。
「和真くんのせいじゃないよ! それに和真くんは私を助けてくれたじゃない。だから、ありがとうね」
鈴の言葉に下げていた頭を上げた和真は驚いた。鈴が優しく笑いかけてくれていたからだ。
「ほら、鈴ちゃん、全然怒ってなかったでしょ?」
琴音が和真に言う。鈴もそんな琴音の言葉に、怒ってないよ、と告げた。それを聞いて安堵したのか、和真の硬かった表情から力が抜ける。
「ありがとう、鈴。でも俺、鈴の親にも謝りたいから、一緒に待ってても構わないか?」
和真の言葉に鈴は小さく頷いた。それから四人は揃って鈴のクラスへと向かうのだった。
教室に向かう途中、鈴たちを見る生徒の目は冷ややかで、何かをコソコソと話している。
「あの人でしょ?」
「らしいよ」
「女に手ぇ上げるとか、最低だな」
その声と視線は鈴ではなく、和真に向けられているように感じられた。鈴が不思議に思って和真を見上げていると、和真はそんな生徒たちの話し声など気にしている様子もなく涼しげだ。そのまま鈴のクラスへとやって来て、帰り支度をする鈴の傍に黙って立っていてくれる。鈴はそれでも、教室に来る途中に聞こえてきたウワサ話が気になり、
「ねぇ、カノン。みんなの様子がなんだか変なんだけど……」
そう言ってカノンの方を見た。カノンは一瞬、迷うような素振りを見せると琴音の方を見る。琴音はカノンの視線を受けて困ったような、曖昧な笑顔を浮かべる。どうやら鈴には言いづらいことのようだ。
鈴がそんな二人からの返答を待っていると、
「いた! 和真ー! お前、女に手ぇ上げたってウワサ、嘘だよなー?」
「大和! このバカっ!」
大声で教室に入ってきたのは大和だった。カノンがそれを見て、小さく舌打ちをしている。しかし鈴にはそんなカノンの様子よりも、大和の言葉の方が気になっていた。
「平野くん、そのウワサ、何?」
「あ、鈴ちゃん……」
鈴の顔を見た大和が、しまった、と表情を変える。しかし出してしまった言葉を引っ込めることはできない。目を泳がせる大和だったが、じーっと見つめてくる鈴に根負けして白状する。
「実はさ、和真が三人組の女の子を殴ったってウワサが広まっててさ。コイツ、空手、やってんだろ? 事実だとしたら問題じゃん?」
だから、大和はウワサが嘘であるための証拠を得るために、こうして和真本人を探して直接聞きに来たのだ。
「で、どうなんだ?」
「手は出していない」
「やっぱりなー! じゃあ俺、ウワサが嘘だって、みんなに言ってくるわ!」
大和はそう言うと、じゃっ! と手を挙げて去って行った。鈴たちの間に嵐が去った後のような静けさが戻ってくる。鈴は隣に立っている和真を見上げ、
「なんか、ごめんね、和真くん」
「問題ない」
しゅんとした気分になる鈴に、和真が即答する。
「鈴ちゃん、続き、手伝ってあげるから、帰る準備、終わらせちゃお?」
琴音の言葉に、鈴は制服をたたむのを手伝ってもらいながら、帰り支度を済ませるのだった。
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