第六音⑥
鈴が連れてこられたのは人通りのあまりない、屋上へと続く階段の踊り場だった。鈴は壁に背中をつける形で、三人の女子生徒に囲まれて立っている。
「それで、話って何?」
鈴の言葉に三人の女子たちの空気が剣呑になる。三人の中のリーダーと思われる真ん中の生徒が一歩前に進んで言う。
「率直に聞くけど、アンタ、何様なわけ?」
「はぁ? 何様って……」
鈴が返答に困っていると、真ん中の生徒の左側に立っていた女子生徒が一歩前へと進み出て、
「和真様の何なのかって聞いてるの!」
そう言って詰め寄ってきた。鈴はそこであからさまに嫌そうな顔をして盛大なため息を吐き出した。
(やっぱり、そういう系の話だったか)
鈴は彼女たちの顔に見覚えがあった。それは午前中の和真の試合後にさかのぼる。彼女たちが、話をしていた自分と和真をじっと見ていたことを鈴は気付いていたのだ。そしてその目が自分を歓迎していないことにも気付いていた。大方、和真のファンだろうなとあたりをつけていたのだ。
「黙ってないで、何とか言いなさいよ!」
「いった!」
右側に立っていた女子生徒が力一杯、鈴の肩を押した。鈴はその衝撃で後ろの壁にしたたかに背中を打ち付ける。鈴の顔が痛みに歪んだのを見た三人は、
「ちょっとギターやってて目立つからって、いい気になってんじゃないのっ?」
「コイツの手、砕いてやろうよ」
「それ、最高!」
そう言うと、真ん中の女子が鈴を壁際に追い詰め、その足を思いっきり踏んできた。
「……っ!」
鈴はその痛みに下唇を噛むことで耐える。すると足を踏んでいる女子生徒は、グリグリと足の甲をそのまま踏みつけてくる。
「ほら、床に手ぇつけなよ」
「粉々にしてやるからさ」
女子生徒たちはそう言いながら鈴の足を踏みつけ続ける。鈴はその痛みに耐えながら三人の女子生徒たちを睨み付けた。その瞳には絶対に、この圧力に屈しないという意思が感じられる。
その視線を受けた三人は、
「生意気な目」
「ムカつくんですけどっ!」
そう言うともう一方の鈴の足を踏みつける。さすがの鈴もその衝撃には耐えられず、身体をうずくませた。そんな鈴に自分たちが優位と思ったのか、
「手ぇ、出せよ」
そう言って女子生徒が鈴の神を引っ張り、無理矢理その顔を上向かせる。鈴はそれでも下唇を血がにじむまで噛んで耐える。そんな鈴の態度に逆上した女子生徒は思いっきり鈴の脇腹を蹴り上げた。鈴は痛みに気が遠くなる。
(ダメ、今、気絶しちゃ、ダメ……)
そう思っていても、鈴の身体は何度も蹴り上げられて身体を起こしておくことも困難になる。もはや三人の少女たちが何を話しているのかさえも聞き取れないほどだ。
(待って……、私、ここで気絶は、マズイって……)
「鈴っ!」
その時、聞き覚えのある声が階段の踊り場に響いた。鈴が薄目を開けてその声の主を確認すると、そこには息を切らした和真の姿があった。
(和真、くん……)
鈴はその姿に安心し、ゆっくりと意識を手放したのだった。
屋上の階段に駆けつけた和真は、鈴の置かれていた状況に静かに怒りを覚えていた。
「お前ら、鈴に何をしてる……?」
和真の声は静かだ。しかしその目の奥には誰が見ても明らかな怒りが見て取れた。その目で見られた三人の少女たちがヒッと小さな悲鳴を上げる。和真はその少女たちの足の間から、倒れている鈴を見て、階段を一段一段上っていく。その足取りは重く、目つきは鋭い。
無言のまま近寄ってくる和真に、今まで鈴のことを蹴っていた三人の女子生徒たちの足が震える。和真の怒りの視線に射貫かれ、完全に身をすくませてしまった三人に、和真が更に静かな声で言った。
「俺の視界から、今すぐ消えろ」
その声に、少女たちは蜘蛛の子を散らすように慌ててその場から立ち去っていく。そうして残ったのは気絶している鈴と和真だった。和真はゆっくりと倒れている鈴へと近付くと、
「守ってやれなくて、ごめんな」
そう呟くと鈴を抱きかかえ、保健室へと運ぶのだった。
(ここは……?)
鈴が目覚めたときに目に入ったのは白い天井と、隣と仕切るための白いカーテンだった。すぐにここが保健室だと分かる。しかし鈴は何故自分が保健室で横になっているのかが分からない。とりあえず身体を起こそうと力を入れたときだった。
(痛っ!)
全身に電気が走ったような感覚があり、入れた力が一気に抜けていく。鈴が一人ベッドの上でもんどり打っていると、カーテンの開く音がして誰かが鈴のベッドへ近付いてくるのが分かった。鈴が首を巡らせるとそこには、
「琴音?」
「鈴ちゃん! 先生! 鈴ちゃんが目を覚ましました!」
琴音がカーテンの向こうへ呼びかける。するとカーテンの隙間から保険医とジャージ姿の木村が現れた。しかし和真の姿はそこには見当たらなかった。
(気絶する前に見たあれは、幻覚……?)
鈴がそう思っていると、
「桜井さん、気分はどうですか? 吐き気とか、ありませんか?」
「あ……、えっと、身体が痛いだけで吐き気とかはないです」
「良かった……。念のため、病院へ行きましょう。内臓に傷が付いていないか、ちゃんと看て貰いましょうね」
保険医の言葉に木村が頷いた。
「動けるか?」
木村の言葉に鈴は何とか身体を起こす。今度は全身に走る痛みを予想出来たため、ある程度は堪えられた。身体を起こした鈴は琴音に支えられる。
「木村先生、私も病院に付き添ってはダメですか?」
琴音の言葉に木村は少し考えた後、
「ダメだ。清水は午後の球技大会に集中しなさい」
そう言って保健室を出て行く。琴音は一瞬だけ沈んだ顔をしたが、保険医のこの言葉で気持ちを切り替えた。
「もう木村先生の車が外にあるから、ゆっくり行きましょうね」
立ち上がる鈴を保険医が支える。その反対側を琴音が支え、保健室の大きな窓からゆっくりと外へ出て、用意されていた木村の車へと乗り込むのだった。
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