第六音⑤
球技大会本番の火曜日。
学校に登校した生徒たちが体操着やジャージに着替えをする。外は梅雨の合間の晴れで、運動場の水たまりもすっかりその姿を消していた。絶好の球技大会日和である。
着替えの済んだ生徒たちは校庭に集まっていく。それから全校生徒が校庭に集まった頃に、球技大会の開会宣言が行われた。いよいよ初夏の球技大会が始まるのだった。
開会宣言が終わり生徒たちが散り散りになる。まだ試合のない鈴はキョロキョロと辺りを見回して琴音の姿を探した。今日は春の遠足以来の、クラス対抗イベントのため、琴音のクラスのことが心配だったのだ。
ドッジボールは第一グラウンドで行われるため、鈴はそこで琴音の姿を探し、そして見付けた。琴音はロングヘアを後ろに一本に縛り、女子生徒と話をしている。
「琴音!」
「あ、鈴ちゃん!」
琴音は話をしていた生徒に何かを言うと、鈴の元へと笑顔で駆けてきた。
「おはよう、鈴ちゃん! どうしたの?」
「さっきの子たちは?」
「クラスメイトの子たちなの」
「えっ?」
驚く鈴へと琴音が説明してくれる。
春の遠足以降、木村や鈴たちのお陰で、琴音にイヤガラセをしていたクラスのリーダー的存在だった女子生徒たちに反発出来なかった女子たちが、一斉に離反したのだと言う。彼女たちは今までのことを琴音に謝罪し、琴音も彼女たちを許したのだ。
「じゃあクラスに居づらいとか、今日の球技大会が憂鬱だとか、そういうのはないんだね?」
「うん! 鈴ちゃん、心配してくれてありがとう」
琴音の笑顔に鈴はホッと胸をなで下ろした。この琴音の笑顔なら、本当に大丈夫なのだろう。
「鈴ちゃんの方こそ、おめでとう!」
「ん? 何が?」
疑問符を浮かべる鈴に琴音が耳打ちしてきた。
「和真くんのこと」
その瞬間、鈴の顔がぼっと上気する。
男子と付き合う経験がない鈴は、これから何が待っているのか分からない。ただ、詰め込まれた知識が良からぬ妄想を生んでしまい、顔から火を噴いてしまいそうだ。
そんな鈴の心情を知ってか知らずか、
「大丈夫だよ、鈴ちゃん! 和真くんと自然体で付き合っていけば!」
琴音はそう言って、笑うのだった。
「琴音ちゃーん! 試合、始まるってー!」
「はぁい! じゃあ、鈴ちゃん、またね!」
琴音はクラスメイトに呼ばれ、試合のために走って行ってしまった。鈴もまた、自分のクラスメイトが待つ体育館に向けて走り出すのだった。
「鈴、おっそーい!」
体育館に到着した鈴へチームメイトの女子生徒がやって来て文句を言う。
「ごめん、ごめん。ちょっとドッジのコートに用があってさ」
「鈴がもたもたしている間に、あの練習中に見たイケメンが試合してるよ!」
「練習中に見たイケメンって?」
鈴の問いかけに女子生徒は体育館のコートを指さした。そこではバスケットボールの試合が行われていた。そのコートの中には半袖に短パンの体操着を着た和真が、ちょうどチームメイトからパスを貰って走り出したところだった。和真はドリブルで迫ってくるディフェンスをかわしていく。そうして長身の和真はそのまま、ゴールリングにダンクシュートを決めたのだった。その瞬間、コートを取り囲んでいた女子たちから黄色い声援と言うより、悲鳴が上がる。
鈴はその様子を呆然と見つめ、
「和真くん、凄い人気……」
「あの王子様、寡黙でカッコイイから目立つみたいよ」
思わず出た鈴の呟きに、傍にいた女子生徒が言葉を返す。その言葉を聞いた鈴は、改めて目の当たりにした和真の人気に圧倒されるのだった。
そうして和真の試合は進んでいき、初戦は見事に勝利を収めたのだった。
試合を終えた和真はコートの隅で呆然と立っている鈴の姿を見付けると、小走りに近付いてきた。鈴もそれに気付き、笑顔を向ける。
「和真くん、試合、お疲れ様」
「おう」
「和真くんって、女子から凄い人気があるんだね。私、ビックリしちゃった」
鈴が笑顔で言うのに、和真はチラリと鈴を見てから、
「他の女子はどうでもいい。俺は鈴のものだから」
そう言ってペットボトルに口をつける。言われた鈴は顔を赤らめながら、
「なんでそう、簡単に恥ずかしくなることが言えるのかな……」
「何か言ったか?」
「なんでもないですぅ……」
拗ねたような口ぶりの鈴に、和真は笑顔を向けるのだった。
そんな鈴と和真を敵意の目で見ている三名の女子生徒たちがいた。彼女たちは鈴と和真の方を見ながらコソコソと話をしている。
「あの子、和真様の何?」
「彼女面して、ウザイんですけど」
「ずっと和真様を見てきた私たちが、分からせてやらないとね」
三人の女子生徒たちはニヤリと卑下た笑いを浮かべているのだった。
球技大会の午前の試合が終わった。
鈴たちのチームは予選を通過出来なかったため、午後は応援に回ることになった。カノンと琴音のチームも一回戦で敗退したため、『ルナティック・ガールズ』の午後は比較的ゆっくりすることになった。対して和真と大和のチームは予選を突破したため、午後も試合がある。
カノンはそんな予選を突破した大和を応援するために昼食は大和と二人で摂ることにしたようだ。鈴が琴音と二人で弁当を広げていると、
「桜井鈴さんですよね?」
見知らぬ女子生徒三人組に声をかけられた。
「ちょっと、来てくれる? 邪魔の入らないところでお話がしたいの」
鈴は彼女たちの顔を見た後、
「琴音、私ちょっと行ってくるね」
「え? 鈴ちゃん?」
明らかに怪しい三人組からの呼び出しに琴音が心配そうな声を上げるが、鈴はそんな琴音へと笑顔を返す。
「そんな顔しないで、琴音。大丈夫だから。じゃ、行ってくる」
鈴は食べかけていた弁当を片付けると、三人の女子生徒たちについて歩いて行ってしまった。琴音は鈴の背中を見送ると、自分の弁当を片付けてどこかへと走り出したのだった。
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