第四音

第四音①

 ガールズバンドの大会出場を決めた日の放課後。鈴たち『ルナティック・ガールズ』のメンバーはいつものようにカノンのクラスに集まっていた。そこで中間テストが終わったときに集まったのと同様、机を突き合わせてじっくりと募集要項や条件を確認することにしたのだ。


「とりあえず、部活って形じゃなくても応募できるみたいだね」


 鈴はそう言うものの、先のページを見ていたカノンの言葉にその場の空気が固まることとなる。


「この大会さ、学校側の許可がいるっぽい」

「え?」

「更に応募の締め切り、今月末になってる」


 カノンの言葉に鈴と琴音が頭を突き合わせてカノンのスマートフォンを覗き込んだ。カノンも二人に画面が見えるようにスマートフォンを傾ける。


「本当だ……」

「本当だね」


 それは今回の大会へ出場するための応募フォーム画面であった。そこにはバンドの代表者の連絡先以外にも、学校名と、その学校の先生の名前を書く欄がしっかりと載っていたのだった。


「これもうさ、適当な先生の名前を書いて出しちゃダメかな?」

「ダメでしょ」

「ダメかなぁ~……」


 カノンの言葉に鈴は頭を抱える。確かに虚偽の情報が何らかの形で大会運営に知られ、出場停止になってしまっては悔やんでも悔やみきれない。出場自体が危険にさらされるようなことはとにかく避けたいシチュエーションではある。


「誰か適当な先生にお願いするしかないかなぁ……」


 鈴は椅子の背もたれに身体を預けると宙を見やった。適当な先生とは言っても、誰も良さそうな先生の見当がまるで付かない。鈴が、んー……と唸っていると、今まで黙っていた琴音がおもむろに口を開いた。


「ねぇ、木村先生とか、どうかな?」

「木村ぁ?」

「学年主任かぁ……」


 琴音から出た学年主任である木村の名前を聞いた鈴とカノンが苦い顔をした。そんな二人へ琴音が言う。


「やっぱり、私たちの学年でいちばん偉い先生って言えば、学年主任の木村先生だと思うの。もし木村先生以外の先生が出場をオッケーしても、木村先生がノーって言ったら……」

「全部が振りだし、か。確かに琴音の意見はもっともかも」


 琴音の言葉を継いでカノンが言う。二人の脳裏にはもちろん去年の文化祭ライブを行うまでの苦労が浮かんでいた。そのため今回の話に気が進むものではない。ないのだが、


「やるしかない、かぁ……」


 鈴は渋々と言った風に声を上げた。

 大会応募締め切りは今月末。今から三週間ほどしか時間がないのだ。他の先生の許可が下りた後に木村から反対されては、結局木村を説得する羽目になる。そんな遠回りをするくらいなら、始めから琴音の言うように木村を説得する方が賢い選択と言うものだ。


「じゃあ、先生の欄は木村先生にお願いするってことで、決定ね」


 そう言ってにっこり笑う琴音はどこか嬉しそうなのだった。




「駄目だ」

「やっぱり!」


 鈴の声が響く。

 鈴たち『ルナティック・ガールズ』の三人は学年主任の先生である木村の元へとやって来ていた。木村は職員室で何やら書類に向かっていたのだが、そこへやって来た鈴たちに呼び出されると手を止めて廊下へと出てきてくれた。背の高い木村は相変わらず鈴たち生徒に威圧的である。


 そんな木村へ、鈴たちはこの夏に開催されるガールズバンドの大会についての説明をし、学校の先生の欄に木村の名前を書いて良いか打診していた。話を聞き終えた木村の返答に鈴が声を上げた形になる。


「どうして駄目なのか、理由を教えてください」


 カノンが冷静な声で木村に問いかける。木村はそんなカノンを含め三人に、迷うことなくこう言った。


「学生の本分は学業だ。お前たち、ちゃんと勉強はしているのか? 今月は期末テストもある。対策はちゃんとしているのか?」


 矢継ぎ早に問われた三人は押し黙ってしまった。

 痛い所を突かれた。三人は学業の成績がいまいちなのだ。加えて、


「清水と長谷川はまだいいとして、桜井。お前、この前の中間で赤点を取っただろう? 次の期末でも赤点を取ったら夏休みは補習で潰れるってことを忘れていないだろうな?」

「うっ……」


 木村の言うとおり、鈴は前回の中間テストで赤点を一つ取ってしまっていた。そんな現実から逃げるかのようにバンド活動をしていることは、木村にはお見通しだったようだ。


「そんな状態のお前らに、大会へ出る許可は出せないな。分かったら、今日はもう帰れ」


 木村はそう言うと職員室の中へと戻っていった。残された三人は木村が消えた職員室の扉をしばらく見つめていたのだが、


「帰ろう? 鈴ちゃん、カノンちゃん」


 琴音の言葉にとぼとぼと帰路へと就くのだった。




 帰り道。

 カノンは大和と今日は帰ると言うことで、道中は鈴と琴音のみだった。二人は口数も少なく駅までの道のりを行く。


「はぁ~……」


 鈴は何度目になるか分からないため息を盛大に吐き出した。


「鈴ちゃん……」


 琴音が心配そうな声をかける。その声に応えるように鈴はもう一度、はぁ~……と大きくため息をついた。それからその重い口を開く。


「なんか、私のせいでごめんね、琴音……」

「え?」

「私がこの前の中間で赤点を取ったばっかりに、今回学年主任から大会の許可が出なかったじゃない?」


 だから、ごめん、と鈴は呟いた。それを聞いた琴音が笑う。

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