第四音②
「鈴ちゃんだけのせいじゃないよ。木村先生は私たち三人に言ったんだよ? 学生の本分が勉強だって。私たちも勉強しないと、先生、納得しないと思うなぁ……」
琴音の言葉に鈴は落ち込んでしまう。しかしそんな鈴には気になっていることが一つあった。それは、
「なんか琴音、楽しそうじゃない?」
「そうかな?」
「うん。もしかして、木村になんか思うところがあるの?」
「そんなことっ!」
鈴の指摘に琴音がわかりやすく顔を赤らめて動揺している。木村に対する印象が琴音の中で変わったことは明白だった。鈴がじーっと琴音を見つめていると、
「木村先生ってさ、わざと生徒の敵に回っているんだと思うの」
去年の文化祭の時、自分たちのライブに反対したのは木村が『ルナティック・ガールズ』の壁となることで、自分たちがどれだけ本気でライブがしたいのかを試すためだったと言える。
「だから私たちの演奏から本気さが伝わって、先生、文化祭ライブを許可してくれたと思うの」
他にも木村が生徒の前に立ちはだかるときは常に正論で向かってきている。そこをどうにかして木村を納得させた者たちには木村は全力で応援している。
「今回だって、木村先生の言い分におかしなところはなかったし。でもここで木村先生を説得できたらきっと、強い味方になってくれると思うの」
「とは言ってもなぁ……。今回ばかりは演奏を聴いてもらうだけで納得して貰えるとは思えないし……」
どうしようかなぁ、と呟く鈴に琴音は何でもないことのように言ってのけた。
「ねぇ、鈴ちゃん。勉強、しよ?」
「えっ? マジで言ってる?」
「うん」
琴音の言葉に鈴の顔が青ざめる。鈴は何よりも勉強が嫌いなのだ。しかし今回ばかりはそうも言っていられない。分かっている。分かっているのだが、
「イヤだなぁ……、勉強……」
鈴はがっくりと肩を落とすのだった。
帰宅した鈴は学校での学年主任である木村に言われたことと、帰路での琴音との会話を思い出していた。
(学生の本分、かぁ……)
確かに、学生の本分は学業だと聞く。聞くのだが、
(ガリ勉なんてかっこ悪いし、したくないなぁ……)
それに、人生はいつも勉強だ、なんて言葉も聞く。だったら自分の興味のあることだけを勉強したい。
(例えば、音楽、とか)
それが甘えた考えだと言われたらそれまでなのだが、一生嫌いな勉強をしなければいけないのならやはり、こう考えてしまうのだった。
夕食や風呂を済ませた鈴は日課のギター練習配信を開始した。常連となっているリスナーが開始直後から続々と集まってくる。ある程度の曲の練習をしたその後、鈴はこのインターネット上の人物たちに今回の一件を相談することにした。
「以前リスナーさんに教えてもらったガールズバンドの大会、出場しようって話になりました!」
鈴の言葉にチャット欄が湧く。『88888』や『応援してます!』と言うコメントが流れる中、鈴は言いにくそうに次の言葉を探す。
「ただ、問題がありまして……」
その鈴の言葉に『問題とは?』と賑わうコメントに鈴は自分のふがいなさで学校側の許可が下りなかったことを正直に話す。それに対するリスナーの反応は『鈴ちゃんらしい』や『大草原』など、一様に楽しんでいるようなコメントだ。
「これは『ルナティック・ガールズ』史上最大の壁なんだよ! みんな、楽しみ過ぎ!」
鈴が必死になればなるほど、リスナーたちは楽しそうにコメントを流していく。その中に『鈴ちゃんは大会を諦めるの?』と言うコメントが目に付いた。
「諦めたくは、ない……。大会には、出たい……」
鈴の声は小さい。それに対してのリスナーたちは『ん? 聞こえない』と煽っているものばかりだった。それを見た鈴は悔しそうに表情を歪めると、今度ははっきりと強い口調でこう言った。
「大会には出たい。てゆか、出る!」
決意表明をした鈴にリスナーたちがコメント欄を湧かせた。それから『勉強、頑張れ』や『脱、赤点』などのコメントが溢れる。それを見た鈴は気付いた。
(乗せられた!)
顔面蒼白となった鈴の反応を楽しむコメントの中、鈴は腹をくくった。
「分かった! 明日から弾き語りじゃなくて勉強配信する! みんな、絶対に明日からも付き合ってよねっ!」
鈴はそう言うと本日の配信を終えた。その直後、今まで配信に使っていたスマートフォンがメッセージの受信を伝えた。見るとそこにはカノンの名前があった。
『鈴、明日から勉強配信って本当?』
端的なメッセージではあったが、そこにはカノンの驚きが十分詰まっていた。鈴は配信に使っていたギターを片付けるとすぐにスマートフォンを手に取り、カノンへ電話をかけた。
『もしもし?』
「あ、カノン? 私、明日から夜は勉強するよ。絶対、木村のヤツを説得して、大会に出る!」
配信越しではない鈴の決意にカノンも、
『じゃあ、鈴が勉強している間、私も画面の向こうで一緒に勉強していくね』
「本当っ? それ、すっごく頑張れる! ありがとう、カノン!」
カノンの言葉に鈴の表情と声が明るくなる。一人ではなく、明日から一緒に勉強してくれる人がいる。それがこんなにも心強いことだと、鈴は改めて実感するのだった。
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