第二音③
「小林くん、だっけ? 来てくれて本当にありがとう。大和だけじゃ心もとなかったから、助かる」
「ちょっと、カノン! 俺一人でもしっかり務めは果たしていたよっ?」
「大和、声、デカ過ぎ」
カノンに注意された大和はぐっと押し黙る。しばらく鈴と尾形の動向を窺っていた四人だったが、
「あ、移動するっぽいよ、カノンちゃん!」
「行こう!」
二人が移動を始めたのを見て四人も移動するのだった。
しばらく歩いていくと駅の裏手へとやって来た。表通りよりも人が少なくあまり距離をつめて尾行することが出来ない。
「しかしあの男、鈴にベタベタと……! 気色悪いわ! 見て! あの手!」
憤慨するカノンが指さす先には尾形が鈴の手を握っている様子がはっきりと見て取れた。しかもただ握っているわけではない。自身の指を鈴の指に絡めた、いわゆる恋人つなぎをしているのだ。
「でも鈴ちゃん、本当に嫌がっているね……」
琴音の言うとおり、鈴はそんな尾形から少し距離を取るように歩いている。どう見ても鈴が嫌がっているのは一目瞭然なのだが、周囲を歩く大人の通行人は皆、我、関せずの様子だ。そうして少しずつ人の通りが減っていき、周囲の様子が変わっていくのだった。
「あの、尾形さん? 一体どこに向かっているんですか?」
「ゆっくりお話が出来るところ、ですよ」
鈴の少し前を行く尾形の表情は分からない。声の雰囲気からすると、笑っているように聞こえる。それが余計に鈴に不気味な印象を与えるのだった。
手を引かれてやって来たのは駅の裏通り。鈴は尾形にばかり気を向けていて気付かなかった。周りの風景や人通りの変化に。
そこはラブホテル街。女子高生がいるには少し違和感を覚える場所である。尾形は先程から外に出ている派手な看板を見やり、どこに入るか物色している。そしてその中の一軒、オレンジのビニールの、大きなのれんが下がっているラブホテルの前で立ち止まると、そこでようやく鈴を振り返った。
「じゃあ、入りましょうか」
「え?」
そう言われた鈴は初めて自分が置かれている状況に気付いた。さすがによろしくない状況だが、手をがっしりと握られている上に恐怖で声が出せなくなる。そんな鈴へ尾形がたたみかけるように飄々と声をかけた。
「芸能界の秘密が知りたいのでしょう? 中でゆっくりとお教えしますよ、鈴さん?」
薄ら笑いを浮かべながら舐めるように鈴の華奢な身体を見ている尾形に、紳士的な印象は全くない。
「い、いや……」
鈴はカラカラに渇いた喉から絞り出すようにそれだけを言うと、無意識に一歩、後ずさりをしてしまう。そんな鈴に尾形が距離を詰めてくる。
「芸能界で活躍したいのでしょう? 大丈夫ですよ、みんなやっていることです」
尾形はそう言うと鈴の手を引いてラブホテルへと入ろうとする。鈴は思わずその手を振りほどこうとした。しかし成人男性の握力に女子高生が勝てるはずもなく、そのまま引きずられそうになった時だった。
尾形と繋がっていた手が無理矢理離された。驚いて鈴の手を握っているもう一人の人物を見上げると、そこには和真が無言で立っていた。鈴が何故? と問う前に和真は鈴の手を引いて歩き出そうする。慌てたのは尾形の方だ。
「君っ! 何なんだっ? こっちはビジネスだぞっ?」
「嫌がる女子高生をこんなところに引き込もうとするビジネスって何なんっすかねー?」
「平野くん?」
鈴の別方向から声がした。その後ろから、
「おまわりさん! こっちです!」
「早くっ! 早くっ!」
琴音とカノンの声がする。警察はさすがにまずいと思ったのか、尾形はチッと舌打ちするとその場から逃げ出した。大和はそんな尾形の背中へ中指を立てる。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう……」
和真からの気遣いに鈴は短く返す。
その後現れた琴音とカノンは本当に警官を連れていた。鈴は少しずつ自分が助かった状況が飲み込め、気が緩んでしまい、膝がガクガクと震えてしまう。今になって改めて恐怖が襲ってきたのだ。
その後、鈴、カノン、琴音、大和、和真の五人は近くの交番で事情を聞かれることとなる。鈴は自身のスマートフォンに入っている尾形からのダイレクトメールのやり取りを提出し、他の四人はあの場に居た経緯を説明するのだった。
「はぁー、つっかれた!」
五人が交番を後にしたのは夕方に差し掛かった頃だった。大和は外に出た途端に大きく伸びをした。長時間にわたる事情聴取だったのだ、大和の反応は無理もない。五人はそれぞれ駅に向かって歩いていたのだが、
「あれ? 鈴、どうした? 置いてくぞー?」
カノンが後ろを振り返ると足取りの重い鈴が今にも立ち止まりそうになっていた。
「鈴ちゃん、どうしたの?」
琴音が心配し、鈴の傍へと行く。鈴はしばらく俯いてとぼとぼと歩いていたのだが、とうとうその足を止めてしまった。前を歩いていたカノン、大和、和真も立ち止まり、鈴の方を振り返る。鈴は全員の視線を受けて、
「ごめんなさいっ!」
そう言うとガバッと勢いよく頭を下げた。傍にいた琴音が鈴の肩に手を置く。その時鈴の身体がビクリと震えたのだが、琴音はそんな鈴に気付いても構わずこう言った。
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