第一音②
「駅まで一緒に帰ろうか」
「私、パス」
鈴の誘いを断ったのはカノンだった。鈴はカノンをじとーっと見つめると、
「さては、彼氏だな?」
「アタリ」
飄々と答えてくるカノンに、鈴はスッと冷たい視線を送る。
「相変わらず、ラブラブでありますこと! 行こう、琴音」
「待って、鈴ちゃん! カノンちゃん、また明日ね!」
「うん、また明日」
カノンは教室を出て行く二人に、ヒラヒラと手を振って見送るのだった。
「待って、鈴ちゃん!」
廊下をズカズカと歩いている鈴の背後から、琴音が小走りで近付いてくる。その声に鈴は立ち止まり振り返った。
「もー、鈴ちゃん。さっきの態度はどうかと思うなぁ~」
「何の話?」
「カノンちゃんへの態度、だよ。分かってるくせに……」
琴音は鈴に追いつくと、そのふっくらした頬をぷぅっと膨らませている。そんな琴音の言葉に鈴は俯く。どうやら心当たりはあるようだ。鈴は、だって、と暗い声を漏らす。
「だって、何?」
「だって……、羨ましいんだもん……」
鈴は元気のない声で、しかし素直に自分の本音を吐露した。そんな鈴の本音を聞いた琴音は、鈴の隣に立つとその頭をヨシヨシと撫でた。それから優しい声音でこう言った。
「鈴ちゃんは、素直だね。その素直さが、音にも表れているんだね」
「うぅ~……、琴音ぇ~……」
「よしよし。鈴ちゃん、帰ろうか」
琴音の言葉に鈴は小さく頷いた。
それから二人は一階の下駄箱へと降りていった。そこで上履きと靴を履き替えているときだった。
「あ、
「あぁ、清水か。うん、ちょっと、呼び出されて、遅くなった……」
日に焼けた色黒の肌で、背の高い男子生徒に琴音が親しげに声をかけた。見るからにスポーツ少年といった風体の彼は、細く鋭い目つきで少々威圧感がある。鈴は琴音の傍へ行くと、小声で、
「だ、誰……?」
恐る恐る尋ねた鈴に琴音は臆することなく男子生徒の紹介をしてくれる。
「この人は、
「は、はじめまして……」
「うっす」
ぎこちなく挨拶をする鈴へ、和真は軽く会釈をする。そんな二人の様子に琴音はクスクスと笑っていた。
「和真くん、昔からすっごくモテるのに、全然彼女を作ろうとしないの」
「好きでもないヤツを彼女にしても、そいつに失礼だろ?」
「うん、和真くんなりの優しさなんだよね」
にこにこと和真と会話をする琴音の様子を見た鈴は、
(琴音、この人のことが好きなのかな?)
そんなことを邪推してしまう。
「じゃあ、俺、帰るから」
「うん、バイバイ」
「おう」
和真はそう言うと、さっさと昇降口を出て校門へと向かうのだった。再び二人きりになった琴音と鈴も、二人で連れ立って校門へと向かう。そうして二人は他愛ない会話をしながら、駅への道のりを歩いて行くのだった。
一人教室に残っていたカノンは窓の外に広がる運動場をぼんやりと眺めていた。乾いた運動場の砂が時折風に乗って舞う。そんな光景をボーッと眺めていると、
「わりぃ! カノン!」
「
教室の扉がガラリと開き、騒がしい声が響いた。声の主の名を
カノンと大和は中学三年生の頃、受験対策で通っていた塾で出会った。カノンは大和のことをお調子者で騒がしいヤツと思っていたのだが、
『好きです! 付き合ってください!』
ある日突然、告白された。
『え? イヤです』
カノンの返答は即答だった。
『なんでっ!』
驚いた様子の大和にカノンは淡々と答えた。カノンに大和を好きな気持ちが全くないこと、自分が受験生で恋愛どころではないこと、そもそも大和がタイプではないこと。
『だから、ごめんなさい』
ここまで言えば、相手はショックを受けて引き下がるだろう。そう考えたカノンは甘かった。大和はショックを受けるどころか、
『長谷川さんの志望校って、どこですかっ?』
『は、い?』
『俺、長谷川さんと同じ高校に通います!』
『はぁ……』
呆れかえったカノンは思わず自分の志望校を大和に教えた。カノンと大和では学力に差があり、この差を埋めることは出来ないだろうと考えてのことだったのだが、
(まさか、本当に合格してくるなんてね……)
「カノン? どうした? ニヤニヤしちゃって」
「ん、何でもない。さ、帰ろう、大和」
いつの間にか笑っていたカノンは大和へと背を向けると、そのまま教室を出て行こうとした。カノンの傍に来ていた大和も慌ててそのカノンの背中を追う。
そうして二人は学校を後にしたのだった。
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