第一音③

 その日の夜。

 鈴は日課になっているギター演奏の生配信をしていた。鈴のチャンネルはそれなりに人気があり、やはり本物の女子高生の顔出し配信と言うこともあってか、男性リスナーが多いようだ。


『今日も鈴ちゃんの声が聞けて幸せです』

『ギターも歌も上手い』

『88888』


 こんなコメントが流れていく中、鈴は自身のギターと歌の練習を兼ねて配信を続けていく。


「皆さん、今夜も来てくれてありがとう! いよいよ明日は、メンバー総出の『ルナティック・ガールズ』初! 生ライブ配信です!」


 鈴の言葉にコメント欄が一気に盛り上がる。


「スタジオの都合上、明日の配信は夕方からになります。来れる人は是非、観に来てください!」


 それでは、と言って鈴は配信停止のボタンを押す。お疲れ様でした、と滝のように流れるコメントが止まったのを見て、鈴はふぅと一息ついた。




 ピロン!




 鈴がギターの片付けをしていると、メッセージの受信を告げる着信音が鳴り響いた。鈴は自分のスマートフォンに手を伸ばし、そのロック画面を見た。どうやらメッセージの送信者は琴音のようだ。バンドのグループメッセージに送られていた琴音からの文章は、鈴の生配信を労う文章から始まっていた。


『生配信、お疲れ様、鈴ちゃん。

 明日は文化祭の時の衣装を持っていけば良かったよね?』


 簡潔な内容ではあったが、明日のスタジオで行われる生ライブのことを心配しての確認メッセージは、実に琴音らしかった。


『うん! 制服だと学校がバレちゃうから、文化祭の時の衣装でよろしく』


 鈴が素早く返信を打つと、しばらくしてすぐに、


『分かった! 疲れているところ、ありがとう、鈴ちゃん!』


 そう琴音から返信が送られてきた。鈴はそれを確認すると再びギターをケースへとしまっていった。


 鈴たちは毎週一日、一時間だけスタジオを借りて練習を行っていた。たった一時間のスタジオ練習ではあったが、それでもスタジオ利用料として一人毎回八五〇円はかかってしまう。

 一回の練習でこれだけかかってしまうのは高校生にとっては痛い出費ではあった。それでも毎週スタジオを借りて練習を行うのは、やはり本格的にバンド活動を行いたいからである。

 幸いにも鈴たちの両親も鈴たち『ルナティック・ガールズ』の活動を応援してくれていた。そのため毎月のお小遣いの中にはスタジオ代も加味してくれていた。


(いつか、小さくてもいいから、ライブハウスでライブがやりたいなぁ……)


 鈴はそんなことを思いながら、明日の学校とスタジオ練習の準備を行うのだった。

 鈴のスマートフォンの中にあるメッセージアプリの、グループメッセージのところでは、既読が二件あることを知らせており、カノンも先程の琴音と鈴のやり取りを確認したことを教えていたのだった。




 翌日の放課後。

 鈴、カノン、琴音の三人は帰りのホームルームが終わると同時に自分たちの教室を飛び出していた。学校の用具以外に楽器や衣装、メイク道具などを持って昇降口に向かう三人は、その大荷物から目立っていた。しかし廊下ですれ違う生徒たちは皆一様に道を譲り、三人に声をかけるものはいなかったのだった。

 そうして昇降口に集まった鈴は、眉根を寄せていた。


「カノン……、なんで、平野くんがいるの?」


 そうなのだ。

 昇降口に集まったのは荷物と楽器を持った鈴、琴音、カノンだけではなかったのだ。そこには、


「ちーっす! ボディガードに来ましたぁ!」


 笑顔のカノンの彼氏である、大和の姿があった。鈴は正直、この大和のことが苦手だった。言動は軽いのに、その行動の原動力の中心には必ずカノンがいたからだ。




『カノンのこと、どんどん羨ましくなってきて、どんどん黒くて醜い自分が出てきちゃうの……。ねぇ、私、どうしたらいいかな? カノンのこと、嫌いになりたくないよ……』


 鈴は以前、カノンと琴音にそう相談したことがあった。鈴の悩みが深刻だと思ったカノンと琴音の二人は、鈴のことを両サイドから抱きしめて言葉をかけた。


『ありがとう、鈴。鈴の気持ち、嬉しいよ』

『うん。鈴ちゃんが真っ直ぐ気持ちを打ち明けてくれて、嬉しい』


 そう言った二人は鈴を抱きしめる腕に力を込めた。


『鈴、鈴の黒くてドロドロなところ、隠さなくてもいいよ。私、理解していくから』

『そうだよ、鈴ちゃん。隠さずにぶつけて? 私も、精一杯受け止めていくから』

『二人とも……』


 二人の言葉を受けた鈴は涙声だった。

 それから鈴はカノンと大和のカップルについて、自分の感情に素直になっていった。素直にカノンのことを応援できない自分がイヤになることもあったが、そんな子供っぽい自分を受け入れてくれるカノンと琴音のことが、鈴はどんどん好きになっていくのだった。

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