第19話 ワームホール
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白衣の男。
その存在が、すっかり頭から抜け落ちていた。
いつからそこにいたのか、白衣の男は俺と美嘉の背後に悠然とたたずんでいる。俺たちになにかを言わせる隙など微塵も与えずに、重力で俺たちを吹き飛ばす。
「くっ」
「きゃああっ」
「うわああぁっ」
つないでいた手は簡単に引きはがされ、俺と美嘉はバラバラになってしまう。
白衣の男は悠然と美嘉へと近づいていく。
「彼女のこの力は、天使の中でも異質でね。余すことなく観測する必要がある」
蒼い瞳をひときわ輝かせ、美嘉の紅い光を……まるで、侵食するみたいに色を変えていく。
「なに……言ってやがる!」
俺の言葉にも、男は動じる様子などない。
「本音を言えば、そこのセルシオ・シュタイナー教授殿も、ワームホールを閉じて欲しいなんて思っていないさ」
「……!」
俺は教授を見るが、教授は片膝をついたまま荒い息をつき、反論しようとしない。
「やはり、紅の魔法陣を開けられるのも、彼女だけではなかったのだな」
俺たちなんて気にも留めずに、白衣の男は意味不明な言葉を並べている。
「ああああぁぁぁぁぁっ!」
「美嘉ッ!」
頭上のワームホールが、白衣の男から延びる蒼の光で地上へと引きずり落とされ、こじ開けられる。
頭上にあったワームホールが地上へと降りてくると、その空間のゆがみが常軌を逸しているのだとあらためて思い知らされる。
ワームホールは美嘉と白衣の男の向こう側に降りてきたのだと思うが、さっきまで青空と雲が混ざりあっていただけのゆがみは、いまでは地上と空、周囲の瓦礫、そして目の前にいる美嘉と白衣の男さえもまとめてまぜこぜにしたような光景になってしまっている。
視界がアテにならなくなるこの光景に、乗り物酔いなんて目じゃない気持ち悪さが込み上げてくる。
なにがなんだかわからないが、空間をゆがめ、なによりも暗い暗黒に染まっていたワームホールは、干渉を受けたせいか、その色を目まぐるしく変え始めた。
暗黒。
いや、まさか……宇宙?
その暗黒の中には、時おり色鮮やかな――星雲が浮いているように見える。
それに近づくと、星雲の中の銀河団が判別できるようになってくる。
その中の一つに近づく。
渦巻型銀河だ。
その内部には無数の星のきらめき。いくつもの光点。
一つの恒星に近づく。
周囲にいくつかの惑星があって、あれは……太陽系?
さらにズーム。
一つの衛星を従えた青い惑星。
……まさか。
惑星に接近し、大気圏内へ。
多層に重なる雲を抜けると、赤茶け、荒れた大地がどこまでも続いている。遠くには氷雪を抱いた雄大な山脈がある。
荒れた大地には都市が見えた。
それは近代的なものではない。大地と同じ赤茶けた石壁で作られた……歴史物の映画にでも出てきそうな、古の都市。
都市から少し離れた丘の上に、大きな――と言っても、他の建物と比較すると大きいというだけで、実際のところはせいぜい二階建ての一軒家くらいの――神殿らしき建物が。
建物内部は、明かり油のささやかな光があるだけで薄暗い。広間らしきその部屋の中央には、一人の女性がたたずんでいる。周囲には、その女性から距離をとって人々が立っている。彼らは貴金属や磨かれた石で作られた、博物館に鎮座してありそうな装飾品を身につけている。
中央の女性が顔を上げ、まっすぐに――ワームホール内からこっちを見てくる。
長い金髪に、整った容貌。
白人女性の年齢は、俺には見た目じゃ判別がつけられないが、それでも俺と同じか数歳上くらいだろう。
いったい……なんなんだ、あれ?
ワームホール内の光景は、俺の理解が全く及ばないものだった。
――だが。
「まさか……アンジェリカ……?」
教授はその女性を見つめて、呆然とそうつぶやいたのだ。
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