第14話 前兆
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「……くそっ」
……山崎徹、どこにいる?
翌日。
もう昼過ぎになったというのに、私は山崎を見つけることができていないままだった。
神稜大学東京キャンパスの敷地は、人ひとりを探そうとすると、意外に広い。建物は一号館から八号館まであり、それぞれ事務棟や教室、図書館や講堂などが入っている。それとは別に体育館や武道場、グラウンドがあって、附属高校が隣接しているとなると、探すには広すぎる。
あらかた回り尽くしたものの、どこかですれ違っていたりするともうわからない。
今など、いるわけないと思いながらも、附属高校まで足を伸ばした帰りだ。
通りがかったグラウンドでは、相変わらず数人の学生がフットサルをしている。
私も燐のように、一秒たりとも対象から離れずに済む方法を考えておくべきだった。
内閣府多次元時空保全委員会からは、山崎徹の処遇について未だに回答がない。
午前中に訪れたシュタイナー教授は、そんなことわかっていた様子で「そうだろうな。ま、今日になって許可が出ても手遅れだがね」と言って苦笑していた。
……しかし、本当に今日、特異点が現れるのだとしたら、午前中の教授の態度は余裕がありすぎるような気もする。私が焦りすぎているだけなのか、それとも教授は特異点の発生時刻だけでなく、発生場所まで把握できているのか。教授に直接尋ねてみたものの、はぐらかされてハッキリとした回答は得られなかった。
……私はどうしたらいい。どうすれば、なにかあったときに後悔せずにいられる?
「……クソッ」
そう毒づきながら顔をあげると――そこに、グラウンドを突っ切ってくる少年が見えた。
学生服を着ているから、附属高校の生徒か。いや、あの顔は見たことが――。
「葉巻……和彦?」
私の脇を通りすぎて附属高校へと向かおうとしていた彼を、そうやって引き留める。
「……五条さん」
「……?」
少年が立ち止まって私の名を呼んだということが、意外だった。
私のことを知っているのか?
そう思ったが、すぐに察する。彼は昨日、私と燐が話しているところを見ているのだ。恐らく、燐が説明したのだろう。
「葉巻和彦。燐はどうした?」
考えてみれば、彼のとなりに燐の姿がないのは奇妙だ。
「……あんたには関係ないでしょう」
「いや、そんなことは――」
「時間がないんです。僕は行かなきゃならない」
そう言って葉巻和彦は腕時計を見る。が、その時刻を見てさらに毒づく。
「……くそっ、そうだった。五条さん、今何時ですか?」
「……? なにをそんなに焦って――」
「いいから! 早く!」
切羽詰まっているのか、鬼気迫る顔で私に詰め寄ってくる。
「別に構わないが……」
なにがなんだか分からないが、とりあえずは葉巻和彦の腕時計は正しい時刻を示していないようだ。
「今……そうだな。十三時七分だ」
「あと……十八分! いや、まだ間に合う」
私の告げた時刻に、葉巻和彦は顔を青くする。
あと十八分?
いったいなにがあるというんだ?
「葉巻和彦。いったいなんの話をしている?」
「僕は、あっちでやらなきゃいけないことがある。五条さん、あんたがやらなきゃいけないことは、向こうのはずだ」
葉巻はそう言って、自らの背後――大学の建物の方を指差す。
だからなにを、と言いそうになった瞬間、葉巻の指す方角で、蒼い光の奔流が建物の合間から溢れだした。
「なっ!」
「だから言っただろ!」
「あ、おい!」
その光景に気をとられている隙に、葉巻和彦は附属高校の方へと走り去っていく。あわてて声をかけるが、もう彼は振り返ることもなく行ってしまった。
彼の言動には不可解な点しかない。……だが、確かに彼の言う通りだ。私がやらなければならないことは、あの蒼い光の奔流――次元光放射――を止めることにある。
携帯端末をとり出し、すぐに姉さんに連絡を取る。
「姉さん」
『はーい』
「大学構内を封鎖してくれ。一般市民への退避命令もだ。ここはまもなく、災害の中心地となる」
その言葉の直後、目の前の一号館の向こうで凄まじい音が響く。一号館の向こうということは七号館か。……破壊されたとしか思えないほどの、とてつもない轟音。
『……っ! 特異点なの?』
「わからない。けど、大学の建物が破壊されている。……天使の力に伴う次元光放射も見える。特異点でなかったとしても、なにかが始まっている」
『確認して』
「もちろんだ。被害を抑えなければ」
『封鎖と退避はすぐに始めさせるわ。ケイとリンちゃんは――いえ、いいわ。こっちで連絡する。沃太郎はそっちに専念して。それじゃ、無理しちゃだめよ』
通話を切り、あの光の方へと走り出す。
葉巻和彦の件が気にならなくはないが、彼のことは珪介と燐に任せるしかない。
建物の隙間から、車が一台、浮き上がってくる。それは目に見えないなにかに斬り伏せられたのか、すぐにバラバラになってしまう。
悲鳴が聴こえる。
学生や教員たちが、建物の方から逃げ出してくる。離れたところにいる人たちは、何事かと様子をうかがい、携帯端末のカメラを向けていた。
すでにそこは……地獄のようだ。
「山崎。お前なのか……?」
建物の合間から漏れる蒼い光に、私はそうつぶやかずにはいられなかった。
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