第13話 情動


13

「でもなんで、私なんか……」

「まだ言ってんのか」

「だ、だって……」

 ベッドに座っている俺の膝の間に収まっているくせに、美嘉はそう漏らす。

「実際のとこ、それ言ったら俺の方が疑問だけどな」

「え?」

「美嘉が『なんで自分なんか』って思ってるのと同じで、俺も『美嘉はなんで俺のこと好きなんだろうな』って思ってるってこと」

 俺がそんなこと考えてるなんて思いもよらなかったのか、美嘉はぽかんとする。

「だって、徹は優しいし、私のこと気遣ってくれるし、いろいろ助けてもらってるもん。徹、かっこいいよ」

「そうかぁ?」

 俺からすれば、その評価すべてが自分に当てはまるとは思えない。

「俺よりかっこいいやつなんか他に山ほどいるし、運動ができるわけでも頭がいいわけでもないし。……それと比べたら、美嘉は美人でスタイルもいいから、昔から山ほど告白されてきただろ」

 その度、もう一緒にいられなくなるかもと思ってヒヤヒヤしてた――くせに、今の今まで「好き」とすら言えなかったんだから、俺はまごうことなきヘタレである。さすがにそこまで正直に話せやしないけど。

「でも、徹よりかっこいいって思えた人なんていなかったよ」

「うーん。そんなことねーって思うけど……でもまあ、そんなもんだよな」

「うん?」

「お互いの価値観って、結構違うよなって話」

「そう……なのかな?」

「俺は自分のことがかっこいいなんて欠片も思えねーけど、美嘉は違うわけだろ。美嘉は美嘉で、自分なんてみたいに思ってるけど、俺からしたら美人でスタイルもよくて、高嶺の花みたいなもんなんだよ」

「うーん。よくわかんないけど……徹が私なんかでいいなら、それでいいかな」

 理解するのをあきらめると、美嘉は身をよじって背後にいる俺に手を伸ばし、抱きついてくる。

 さっきまでは美嘉を落ち着かせようとか考えていたこともあって意識していなかったが、俺に密着した彼女の身体はあったかくて柔らかい。

 ……にしても、美嘉はなんていうか、無防備過ぎるだろ。

 部屋にいたんだから、美嘉は室内着だ。

 それは思っていたよりも薄着で、身をよじっているせいで襟からは胸の谷間がのぞけてしまうし、それはかなりしっかりと俺に押し付けられているし……いろいろとヤバい。主に俺の理性が。

「徹……」

 俺を見上げて、唇を差し出してくる美嘉。

 それに応えるが……理性を奪っていこうとするのは、美嘉の唇の感触だけじゃない。

 美嘉に押されて、ベッドにそのまま倒れ込む。

 俺の方が押し倒されているってどうなの、という問題には、とりあえず目をつぶる。

「み、か……?」

「とーるー」

 ついさっきまでとのギャップに困惑する俺なんてお構いなしだ。

 俺に「好き」と言ってからタガが外れたのか、さっきから美嘉は今までにないくらいに甘えてくる。これまで、ダメだ、と思っていた反動なのか、それとも付き合えるようになって遠慮がなくなったのか。……どっちもありそうだ。

「美嘉。ちょっと、それ以上は……ヤバい」

「……? なにが?」

 美嘉が俺の胸の上で首をかしげる。

 美嘉は、その仕草がもたらす破壊力をわかってない。

「そりゃ、その……」

 言えるか、バカ。

 ……なんて思っていたら、足を絡めてきていた美嘉の顔が固まる。と、顔をさらに赤くした。

「……あ」

「う」

「とーる……やらしい」

 俺がどうなっているか気づいたらしい。けど、どうにもできない。

「……美嘉がくっついてくるからだろ」

「え、私のせい?」

「……」

 視線をそらして、うなずいて見せる。

「えいっ」

 そしたら、服の上から美嘉が俺のものに触れてきた。

「うわっ!」

「わー。なんかすごい」

 顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにしながらも、なぜか美嘉はやめようとしない。

 むしろ俺の方が恥ずかしい。

「やめろって」

「私は――いいよ?」

 うろたえる俺に、やけに色っぽい笑みで答える美嘉。

「徹なら、していいよ。……ううん、してほしい」

「お前、意味わかって……言ってんのか?」

「……ふふ」

 抱きついたままだった美嘉は上体を起こして、俺の胸に手をつく。絵面的には、完全に俺に馬乗りになった状態なので、なんていうか美嘉のイメージにない光景だ。

 ……その、はずなのに。

 妖艶に微笑んで、美嘉は室内着を脱ぎ捨てる。

 キャミソール一枚になった美嘉に、俺は黙り込む。――息をのむって言い換えたっていい。

「そんなに……セクシーじゃないけど、ね」

 そんな言い訳じみた言葉を漏らしてはにかむ美嘉に、逆に気持ちが高ぶる自分がいた。

「美嘉」

「ひゃっ」

 彼女を抱き寄せて唇を重ねる。

 俺ももう、我慢してられなかった。

 お互いがお互いの肢体をむさぼりあうように求め合い、唇をついばみ、舌をからませ、服の下に手のひらをはわせる。

 お互いの服を競うように奪い合って、生まれたままの姿になる。

「徹」

「美嘉」

 ……とそこで気づく。

 気づくと、なぜか一気に冷静になってしまった。

「あ……」

「……?」

「その……こーゆーことになるなんて思ってなくて、ゴムとか、そーゆーのなんもないなって」

 いくらお互いの気持ちが一致していても、避妊しないわけにはいかない……よな?

「私、そのままでいい」

「は?」

「徹とだったら、そんなのいらない。私、徹の子供だったらほしいもん」

 なにをそんな冗談、なんて言おうとして……言えなかった。

 美嘉はまっすぐに俺を見てきている。その視線には冗談めいたものなんて一切ない。

 彼女は本当にそう思っていて、真剣にそう言っていると伝わってきたのだ。

「まだ……学生だぞ。それに俺らは――」

 ――親には頼れない。

 美嘉は母子家庭だ。その母親は美嘉を疎ましく思っていて……要するに、単に嫌っている。俺の方は俺の方で、両親共に頻繁に出張があって、家に居着かない。

 だから、なにかあったときはすべて自分達でなんとかしなければならない。

 でも、小学校の頃から一緒にいる俺たちは、お互いの家庭事情なんてとっくに知ってる。

「……しー」

 わかりきったこと言わないで、と言いたげに美嘉は人差し指を唇に当てる。

「徹となら、大丈夫だよ」

 その顔に、俺はそれ以上野暮なことは言えなかった。

「……そうだな」

「あ……んっ……っ!」

「美嘉、愛してる」

「んんっ! 私も、だけど……ひゃっ、徹、そんなことしながら言うのは、ずるい……ってば!」

「ははっ」

「もー」


 そうして俺たちは、十年以上の時間をかけてようやくお互いの気持ちを伝えることができ、初めて一つになった。

 一回じゃ収まらなくて、この長すぎた猶予期間を埋めようと何度も肌を重ねた。

 真夜中をとっくにすぎた頃からそんなことを始めて、疲れ果てて寝ようとしたときには、空が白み始めていた。

 ……ケダモノみたいだ、なんて言ったら、美嘉に「野獣だったね」 と笑われた。

 ……。

 なにも否定できなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る