第1話 神稜大学
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神稜大学四号館にある学食のカフェテリアで、斎藤美嘉が頬杖をついている。
落ち着いた紺色のロングスカートに、白いシャツとパステルブルーのカーディガンというコーディネートは、お世辞にも流行に乗っているとは言いがたい。けれど、その長い黒髪と落ち着いて見える雰囲気のせいか、そんな服装がピタリとはまっていた。
テーブルにはたらこスパゲティとミニサラダが置いてあり、彼女はその皿に鋭い視線を向けている。
とはいえ、彼女は別に食欲に対する誘惑と戦っているとか、そういうわけではない。
俺だからわかる、とか、そんな話ですらない。ただ、美嘉は話しかけられていて、それが美嘉の視線を鋭くさせているというだけの話だ。
知らない人から話しかけられるのが苦手だということは、俺しか知らない、と言ってもいいかもしれない。
「ね、一人? ここ、俺も座っていいかな」
「いえ、あの……」
明るい金髪をしっかりとセットして、シルバーアクセサリーでごてごてと飾った男は、美嘉の言葉をろくに聞きもしないまま、隣の席に座って馴れ馴れしく肩を抱こうとさえしていた。
「美嘉、おまたせ」
ああいうやつが、美嘉は一番苦手だ。だから俺は、男に有無を言わせない口調でそう告げて、二人に割り込む。
「あ、徹」
美嘉はことのほかほっとした様子で、スパゲティとミニサラダの器が載ったトレーを手に立ち上がる。馴れ馴れしい男を気に留める様子など欠片もない。
「あ、ちょっと――」
「徹、あっち行こ」
心外そうな声をあげる男など目もくれず、美嘉は俺のそばに駆け寄って俺の上着の裾をつかむ。あごで遠くの席を指す美嘉の露骨な態度に、俺は苦笑してしまう。
「そこまでしなくても」
「……だって、ああいう人苦手。なんか、怖いもん」
そう言って、美嘉は少しだけ強く裾を握りしめる。
離れていく俺たちに、男はわざと聞こえるような声で何事か愚痴っていた。
どうせろくでもないことを言っているんだろうから、聞きもしなかったけれど。
俺と彼女、山崎徹と斎藤美嘉は、この神稜大学の二年だ。
神稜大学は、都内と千葉にキャンパスを持つ私立大学だ。都内、と言えば聞こえはいいが、二十三区内とはいえ住宅街の中にあるせいか、あまり都会という雰囲気はない。都内のキャンパスには附属高校も併設されていて、一部の施設が共用になっていることもあり、大学内でも学生服をちらほらと見かける。
大学のランクとしては、さほど高いわけではない。だが、物理学に限った話をすれば、国内一、下手をするとアジア一に匹敵するほどなのだという。
千葉のキャンパスは、学生の教育というよりも研究者のための実験施設という側面が強い。
もちろん、外部の大学や研究機関と共同で実験を行ったり、施設の貸し出しをしたりもしている。とはいえ、施設の持ち主は大学側にあり、国家機関ではない研究施設としては国内最大なんだそうだ。
なんでも、とある資産家が「日本の技術力を衰えさせるわけにはいかない」と、多額の出資をしたとかなんとか。うさんくさい話だ。……どこまで本当なんだか。
俺と美嘉は、もう小学校低学年の頃からの付き合いになる。
恋人同士かというと、そういうわけでもない。どちらかというと仲のいい兄妹といった感覚が近い気もする。いや、美嘉からすれば姉弟、と思っていそうだけれど
大学生になっても常にお互いの傍らを離れようとしないのが、兄妹もしくは姉弟として普通なのかどうかはわからないが。
美嘉のことが好きかどうかと問われれば、それはもちろんイエスだ。けれど、未だにそれを美嘉に直接告げたことはない。
一緒にいるのが当たり前になりすぎてしまって、逆にそう告げることができなかった。
美嘉に「そんな風に考えたことなかった」と言われるのが……怖いから。
ヘタレだって言いたきゃ言え。そんなこと、俺だってわかってる。
それでも、伝えてしまうことで今のこの関係が崩れてしまうのを、俺は恐れている。
今が心地いいから。
この心地よさを、手放したくないから。
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