第7章 あれから十年後
第40話
仕事から帰り玄関のポスト受けを見ると一通の封筒が入っていた。
香山リョウ様と書かれた宛名を確認し、封を切ると中身は同窓会の案内状だった。
また来たか、と心の中でうんざりとする。
これを見て懐かしいなという心持にはなれないし、彼らと再会し語る様な思い出もなければ卒業後の動向が気になるという事もない。
案内状の入った封筒をローテーブルの机の上に放り投げ、彼女の残した日記帳の上に被さる形になる。
彼女が持っていてほしいと、僕に託してくれたのだ。
僕はスーツから上下スウェットの寝巻に着替えて直ぐに寝床に着く。
新しいアパートに引っ越してから八年は経とうとしているが、清潔感が保たれた部屋の中で充実した睡眠を得ることができた。
お酒と煙草をきっぱりとやめたことが大きな転換になったのだろう。
明日は休日だから昼まで寝てやろう、そう思っていたのだが、朝になれば携帯電話のけたたましい着信音に叩き起こされ、その計画は呆気なく失敗に終わった。
同窓会、絶対来いよな!もう顔も思い出すことのできない元同級生からの電話だった。
めんどくさい、興味が無いから行きたくない、当然その旨を伝える度胸が僕にはあるはずもなく誰もが仕方がないと納得するような理由を持ち合わせていない僕は渋々同窓会に参加することになった。
数週間後、僕は生まれ故郷に帰る。
一年に数回は実家に顔を出し、決まった記念日には彼女の元へ行くのでそう久しぶりな事ではなかった。
実家に少ない荷物を置き、元の自室で一旦腰を落ち着ける。
腕時計で時間を確認すると、集合の十九時まではまだまだ時間が余っていた。
彼女に、会いに行くか。
近所の花屋で買った白いカーネーションを一束持って、もう片方の手には水が汲まれたバケツとひしゃくを持っている。
並べられた多くの墓石の間を潜り抜けるように進んでいき、急勾配の坂道を転げ落ちないよう気を付けながら登っていく。
途中右に曲がり、コンクリートから砂利になった道を歩き、少しすると立ち止まる。
木村家之墓、墓石に彫られた文字を確認して目の前に立つ。
「ただいま」
そう笑って挨拶する。
当然返事など返ってくるはずもないが、僕はしばらく待ってみた。
花立に先程買った白いカーネーションを活け、ひしゃくで水を汲んで注いであげる。
棹石や灯篭にも水を上からゆっくりと流し、付着した汚れを洗い流してあげた。
「最近、温かくなったよなー。真昼はもう上着なんて暑くて着ていられないよ」
水滴のついた墓石は陽の光を反射して輝く。
時折吹く春の風が、僕達の間に流れていった。
君がいなくなってから、八年の月日が流れた。
僕達の過ごした日々よりも長い時間が経ち、日を追うごとに君の存在が離れてしまうようだった。
「僕、三十二歳になったんだぜ。もうとっくにおっさんだよ。時間なんて、流れてほしくないのにな」
地面にしゃがんで、胸ポケットから線香入れを取り出して中の一本を手に取り火を点ける。
振るって火を消すと白い煙が宙を漂って、慎重な手つきで線香を立てる。
両手を合わせ、目を閉じると彼女の笑顔が呼び起こされた。
子供の様に無邪気にはしゃいで、僕に抱き着いてくる彼女。
その温もりや感触を今でも鮮明に覚えている。
今ここに君がいてくれたなら、どんなに幸せだったんだろう。
「・・・それじゃ、行くね」
僕は立ちあがり、バケツとひしゃくを持って立ち去ろうとする。
一歩足を踏み出した瞬間、僕はすぐ歩を止めて振り返る。
「違うな。また、いつか。夢の中で」
風が、再び吹く。
ほんのりと温かみを帯びた風が、肌を優しく撫でる様に過ぎ去っていく。
うん!と答える彼女の声が、どこからか聞こえてきたような気がした。
僕は空を仰いで小さく笑う。
「ユリナ、今でも僕は、君の事を愛しているよ」
そう告げて、僕は再び歩き始めた。
〈私も、愛してる〉
また、彼女の声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます