第4章 一通の手紙

第15話

 

 くすぐったい感触を覚えて僕は目覚める。

 目を開けると自室の天井が映った。

 表面は所々経年劣化でひび割れ、貼られたクロスは煙草の煙を吸い過ぎて黄ばんでいる。

 胸のあたりにじんわりと広がる様な温もりがあった。

 額から汗も滴り手の平で拭ってみるとべっとりと汗が拭われた。


「スー、スー」


 首元がまだくすぐったい。視線を下ろしてみるとその正体が分かった。

 なるほど、君のせいか。

 ユリナは僕の上半身を抱き着くように手を回し、頭は僕の頬に触れていた。

 自室のベッドで、男女の小学生が二人きりで眠っていた。

 その内一人は甘える様に密着している。

 決していかがわしい事をしていたわけではない。

 確かに僕は一人で布団に潜ったはずだ。

 僕が眠った後彼女が勝手にベッドの中に侵入してきたのだろう。

 窓のカーテンから光が射しこんでいる。

 まだ外は明るい。


 ベッドから起き上がろうと状態を起こすのと同時に彼女の一定の間隔で刻まれていた寝息が止み「ん、ん・・・」と声を漏らしていた。

 心地よさそうに眠る彼女を起こさないようそっと起き上がったつもりだったが、微妙な変化を感じ取られ起こしてしまったようだった。

 そういう所は案外繊細なんだな。

 両目が徐々に開いていき、僕を視界に捉えるとクスリと笑った。


「・・・リョウ君、おはよ。ふぁあぁ」


 寝起き特有の細い声で彼女は言う。

 あくびをしている辺りまだ眠たそうだ。

 眠る前まであんなに活発に動いていたんだ。

 その分消耗が激しくて当然だろう。

 僕はベッドから足を下ろし、窓の方へと向かう。

 カーテンを開くと雲一つない晴天がまだ世界を覆っていた。


「なぁ、僕達何時間位眠ってたのかな?」


「うーん・・・わかんないよぉ」


 布団を頭から被り彼女は外界の情報を遮断する。

 僕はダイニングまで早足で歩き、テレビの前に置かれたソファに腰掛ける。

 いくらなんでもおかしい。

 どれだけ経っても太陽が沈まない。

 沈まないどころかその位置から微動だに動いていないようにも見えた。

 少なくとも僕が初めてここで目覚めてから五時間以上は経っていると思う。

 あくまで個人の体感だから正確には分からないけど、とっくに夕方になってもおかしくない位の時間は確実に過ぎているはずだ。


 立ち上がって再び寝室へ戻る。

 ベッドボードの上に寝転がった目覚まし時を手に取って、表示された時刻を確認する。

 そこで僕は初めてこの世界の時間を目にした。

 電波時計が表示する時間は午後零時零分零秒。

 最初は時計が壊れているのかと思った。

 箪笥の引き出しを開き、まだ会社で勤めていた時に使用していた腕時計を久しぶりに取った。

 三つの針は全て十二の数字を指しており、先程の電波時計と意味する時間は同じだった。

 時計をしまい、再びリビングに戻ってテレビをつけるとザーと耳障りな音を立て砂嵐の映像が流れた。


 どうして今まで気づかなかったのだろう。

 この世界の時間は一秒たりとも刻まれていなかったのだ。

 どうりで太陽が沈まないわけだ。


 ユリナからうるさいとクレームが来そうだったのですぐにリモコンの電源ボタンを押して画面を消した。

 ここに来てから不思議なことが多く起こり過ぎていた。

 その為今更時間が進んでいない事実など、驚くに足らないし刺激としては今一つ足らないと思える余裕すらあった。

 時間が動いていないからなんだというのだと一瞬馬鹿らしく思ったが、考えてみればデメリットは確かにあった。

 時間が進まないということは、身体的な成長が促されることはないということだ。

 つまり僕とユリナは永遠に小学生のままで、年どころか一秒すら人生を重ねることはできない。


 僕達は気づかない内に不死身の体を手に入れてしまったのだ。

 出会いも別れもないこの世界で、無意味な特権を与えられてしまった。

 全く余計なことをしてくれる。

 また一つ世界の不思議を知れたところで、僕は玄関先に向かいスニーカーを履いた。


 玄関ドアを開け、そのままアパートの外周をぐるりと回り裏まで来る。

 水道メーターの箱が見えた。

 あの中に先程隠した煙草とライターが置いてある。

 ユリナとの約束を再び破ることには多少の罪悪感はあったが、やはり中毒性には勝てない。

 例え煙を受け付けない体になってしまったとしても、その先にある刺激的な快楽を僕は知ってしまった以上吸いたくてたまらなくなるのだ。


 カバーの溝に指を掛けて開けると、変わらず煙草とライターがポツリと置いてあった。

 同時に首を傾げる。

 見覚えのない封筒が一つ置かれていたからだ。なんだこれ?前に開けた時こんなものはなかった。

 白色の長形三号サイズで、A4サイズの紙を三つ折りにして入れられるよく見るタイプの封筒だ。

 種も仕掛けもなさそうな何の変哲もない封筒。

 中に何か入っているのだろうか?

 封筒の口を開け、親指と人差し指を突っ込むと一枚の白い紙が取れた。

 二つ折りに畳まれており、一部ノートの切れ端を破ったようなギザギザがあった。


 何かのメモだろうか?

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