12話 仲間たち
(……アイツらはどう思ってるんだろうな?)
俺はふと思った。
俺と近しいオタクたち。俺にとっては長年の戦友とも呼べる存在だ。
ヤツらとも鹿島真子の卒コン以来会っていなかった。……いや会うどころか連絡も取っていなかった。
『門川砲』が出てからの俺は、毎日のようにヤツらと連絡することを考えていたが、それを実行できないまま一月ほどが過ぎていた。
それが出来なかったのは……怖かったという他ない。
最初は「門川砲? こんなものガセに決まってるよな! わざわざ俺たちが言及するほどのことでもないだろ笑」という気持ちだった。
その後、ワイドショーやSNSの拡散などによって世間的注目を集めてからは、俺自身が動揺していた。それに今連絡をしてしまったら他の4人の神経を逆撫でしてしまうのではないか? という気もした。
そしてオタク同士の対立が顕在化してからは、もう他の4人がどう感じているのか、本心を知るのが怖くなってきた。
もしかしたらヤツらも、鹿島真子を推していたことを既に過去のものとしているのではないだろうか? 鹿島真子を推していた過去を恥じているのではないだろうか? むしろ熱狂的なアンチに転身しているのではないだろうか? そんな疑念を俺の中から消すことは出来なかった。
俺がオタクとして幸せだったのはもちろん鹿島真子という最高の推しに会えたからだが、ヤツらとの出会いも同じくらい大きなことだった。ヤツらがいなかったら俺はオタクで有り続けられたか……正直言ってわからない。
だけど、そんなヤツらのことも今は信じられなくなってしまっていた。
その要因は、オタクにも多様な種類の人間がおりオタク同士といえども必ずしも分かり合えるわけでないことがSNS上で可視化されてしまっていたからだ。
(クソ……クソ! クソ!クソ!)
もっと早く連絡を取っておくべきだった。「門川砲出た笑」とか言って、毎週会っていたころと同じように軽いノリで連絡を取っておくべきだった。
そうしていたら……他の4人がどう感じどんな反応をしたかはもちろんわからない。もしかしたらそんな軽いノリの俺に腹を立てたヤツも出たかもしれない。
だけどその時、俺たちはしっかりとお互いの気持ちをぶつけ合えたはずだ。俺たちは共に過ごした時間と推しを共有していたのだ。そこには絆があった。
だがもう遅い。軽口を叩くには時間が空きすぎてしまった。今どんなことを言っても何か違った意味を持ってきてしまうように俺には思えた。
(いや……皆が俺と同じように単に遠慮しているだけの可能性もあるだろ! ヤツらはやっぱり俺と似たような人間なんだよ! だって鹿島真子を推していたんだぜ!)
だが不思議なもので一晩寝るとそんな気持ちが出てきた。
とにかくどう転んでも構わない。俺からコミュニケーションを取ってみよう!
そう思い、俺は連絡用のSNS『RINE』を開いてみた。
(……は?)
「幸人はグループを退会しました」
「真人はグループを退会しました」
「将人はグループを退会しました」
久々に開いた俺たちのグループ。表示されていたのはその3行だった。
「……マジかよ、ははは……」
思わず口に出していた。俺が俺の言葉を耳にしたのは久々だった。
すぐにそれぞれと個別の連絡を取ろうと思い立ったが、3人とも俺の『友だち』欄からはその名前を消していた。俺のことをブロックしたのか、あるいはアカウントごと削除したのかはわからない。
「……んだよ! 馬鹿野郎!」
思わずスマホを壁に投げ付けていた。
今までのどの出来事よりも悲しかった。真子の報道が出た時よりも、真子がSNSで叩かれているのを見た時よりも、過剰な叩きをしているアンチとやり取りをして無力感を覚えた時よりも悲しかった。
一緒に鹿島真子を推していたあの頃は、3人にとってそんなに容易く捨てられるものなのだろうか? 5人のグループに強い絆を感じていたのは俺だけだったのだろうか?
すべてが俺の独り相撲だったとしたら、こんなに滑稽なことはない。
(……いや、まだ健人はいる! ヤツだけは……)
3人が抜けたショックに茫然自失としかけたが、失ったものよりも今は少しでも繋がっているものを確実に保持することを意識すべきだ。
俺はスマホを慌てて拾い上げた。
画面の液晶に少しヒビが入っていた。俺の自業自得だ。
「よう健人、元気か? 最近どうしてる?」
言いたいことは幾らでも出てきそうだったが、あまり長文を送ってヤツに迷惑を掛けてはといけないと思い最小限の文面に留めた。
健人が俺と連絡を取っても良いと思うのならば、何かしらの返事はくれるはずだ。
だが2時間経っても3時間経っても『既読』にはならなかった。
(健人もか……)
健人は他の4人の中で最も早くオタク仲間になったヤツだ。
年齢も俺の1つ下で一番近く、性格的に周りに気を遣える人間で、ぶっきらぼうで協調性の薄い俺のことを面白がってくれた。健人がいなければ俺はずっと孤独なままオタ活をしていただろう。
その健人もダメとなると……どう考えても俺に問題があったと思わざるを得ない。
仲良く5人でオタクをしていたと思っていたのは俺だけで、実は他の4人は俺のことを煙たがっていたのだろう。
まあ、仕方ない。俺に原因があったのだろう。心を許し合えていると俺が一方的に思い込んで、彼らを不快にさせる言動があったのかもしれない……そんな気がした。
だが夜になって健人からあっさりと連絡は返ってきた。
「おう、なんとかやってるよ。マコさんは?」
正直ってこの時ほどホッとした時はない。すべては俺の思い込みにすぎない……かはわからないが、少なくとも健人は俺に対してあの頃のまま接してくれるようだ。
「俺もなんとか。でも実は真子の件で会社のヤツに
「は!? 笑じゃないでしょ、何やってんのよ、マコさん! ……まあ気持ちはわからなくもないけどさ……それで会社の方は大丈夫だったの?」
「おう、おかげで今は絶賛無職を満喫中だよ」
「あちゃ~! まあ笑うしかないか笑」
「だろ? 笑うしかないよな!」
久々の会話……もちろんスマホの文面だけのやり取りだったけど……をする中で健人との関係性を思い出せたし、その中で俺の心もだいぶ軽くなっていくのを感じた。
今はとにかく健人がいてくれて良かった、と本気で思った。
「……なあ、幸人たちのこと、何か聞いてる?」
「え、何が? 俺も全然連絡とってなかったけど、マコさんと何かあったの?」
「なんだ、健人もか。グループを退会してるんだよ。幸人だけじゃなくて真人も将人もだよ」
「マジで!? 俺も全然知らなかった! 今グループの方を見てきたけど、確かにそうだね」
「な。なんか、俺にムリヤリ付き合わせてたのかな? 皆は真子のことそこまで好きじゃなかったのかな? ……とか思っちゃうよな」
健人との連絡が続いていることが俺はよほど嬉しかったのかもしれない。
自分の気持ちを正直に相手に打ち明けることが必ずしも正しいコミュニケーションとは限らない……ということに思い至ったのは『RINE』を送ってすぐのことだった。
こうして俺は、自分勝手なコミュニケーションで、残された唯一の仲間である健人にも愛想を尽かされるんだ……俺はなんて愚かなんだろう……ほんの一つ前の失敗からすら学べないのか……。
やはりこの時の俺はどこか病んでいたのかもしれない。すぐにそんなことを思っていた。
「マコさん、それは違うって。3人が何を考えてグループを退会したのかはわからないけどさ、皆それぞれの事情と考えがあるんだと思う。俺だって報道が出た時はスゴいショックだったし、何が本当のことかわからなくもなったし、混乱してた。……でもさ、真子の卒コンの時のこと覚えてるでしょ? あの時の感動は間違いなくホンモノだったでしょ?」
「そっか、そうだよな」
健人の言葉で、俺の脳裏には真子の卒コンの時の光景が鮮明に浮かんできた。
そうだ、あの時を共に過ごしたことは間違いなく本当だ。あの時の感動は間違いなく今も俺の胸にある。そして俺の胸にあるということは他の皆にも深く刻まれているに違いないのだ。
「俺たちは鹿島真子を推していた仲間でしょ? 鹿島真子のオタクがそんな無責任で不誠実な人間なわけがないでしょ? 今はショックもあるだろうし、それぞれ事情があるんだと思う。少なくとも俺はマコさんに合わせてムリヤリ付き合ってたとかは一切無いからね! っていうか俺の方が真子のことを推している度合いでいったら強いからね!」
「は? ふざけんなって。俺の方が絶対推してるし。俺は真子のためだったら死ねるからな!」
「死んだら真子にも迷惑かけるから、そんなこと言わないんじゃなかったっけ? マコさん?」
「はは、そうだった。ゴメン」
「わかれば良いのだよ」
それからもしばらく下らないことも含めてやり取りは続いた。
少なくとも共に真子を推していた時間は本物だ。もう一度そう思えたことは俺をとても楽にしてくれた。
健人がいてくれて本当に良かったと思った。
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