13話 門川砲とかいう害悪

(……何なんだろうな、門川砲って。何が門川砲だよ……)


健人とRINEのやり取りをして少しだけ安堵した次の日、朝目覚めると俺はふとまたそのことを思った。

俺たちの推しである鹿島真子が芸能界引退後にSNSやワイドショーであることないことを含め散々に叩かれ、アイドルオタクが今まで以上に肩身の狭い思いをし、そして俺の最も信頼した身近なオタクたちとも距離のある関係になってしまった。

すべての原因は門川砲などというゴシップ誌にあるわけだ。当たり前の事実にもう一度俺は向き合わざるを得なかった。


俺はネットやSNSを様々に漁り(無職なので時間だけは腐るほどあった)、週刊門川について今一度調べ始めた。


(あったな、そういえばそんな事件……)


『門川砲』で調べると色々な事件が出てきた。内容的には様々だし、中にはかなり重大な事件もあった。すべては門川砲というハイエナの餌食となった哀れな被害者だ。……いや、そんなことを言っては実物のハイエナに失礼だろう。ハイエナというのは死肉漁りもするがきちんと自分たちで狩りもする。知能も高く、骨を消化するほどの生命力を持った動物だ。何より自らも命を晒すというリスクを背負って狩りをしているわけだ。ヤツらとは生命の気高さにおいて雲泥の差がある。




(……たかだか2年前のことなのに、俺も忘れてたな……)


最初に目に飛び込んできたのは二枚目俳優の浮気報道の件だった。

毎クールドラマのメインキャストとなるほどのトップ俳優の浮気を週刊門川がスクープした。人気・実力ともトップクラスと目されていた彼は、報道が出てすぐにドラマを降板し、CMも降板し、女優の妻ともすぐに離婚し、それから数ヶ月後には「迷惑をかけてすみませんでした」という遺書を残して自殺してしまった。

これほどの大事件でありながら、俺も今SNSでこの情報を目にするまで忘れてしまっていた。

これはつまり、鹿島真子についての報道も世間はすぐに忘れてゆくということの証左だろう。

もちろん俺やオタクは死ぬまで忘れないだろう。だが世間の人々はさして興味のない事件に関してはこの程度の認識だということだ。


(真子は、大丈夫だよな……)


ふと、最悪な結末を予感してしまった。

大丈夫だ。大丈夫に決まっている。俺はそれを振り払う。

ああ見えて真子は芯が強い。それにもう芸能界を引退しているのだから、下らない報道が出ようと関係ないはずだ。


(しかしだな……)


その事件のことを改めて振り返る。

もちろん妻子ある身として浮気は良くないことだと思う。当人の家族は彼を責めるに充分ふさわしい。

だが……もしその浮気が門川のでっち上げでなく本当になされたことだとしたらという括弧付きの前提だが……浮気はあくまで家庭内の問題だ。

結局当該の俳優は「迷惑かけてすみません」と遺書を残して自殺した。何件ものCMにも出演していた彼は浮気報道のイメージ低下によってスポンサーから契約を切られ、億単位の損害賠償が発生した……という事情があったそうだ。

繰り返すが、自殺に追い込まれるまでのことを彼はしたのだろうか?

彼が自殺をしたのを受け、週刊門川は声明を出したようだ(当時事件にそこまで強い興味があったわけではない俺は、そんな声明が出されたことすら知らなかったが)。

彼に向けては「ご冥福をお祈りいたします」というその一言だけだ。

当然世論の中には週刊門川の報道が彼を自殺に追いやったのだ、という追求の声も上がった。だがそれに対し門川は「私たちはあくまで真実を追求します。残念なことではありますが、彼自身の浮気という行為がなければこうした悲しい結末には至らなかったでしょう。真実を知らないファンのために私たちに出来ることはあくまで真実を報道することだけです」という内容だ。


(マジか……)


改めて週刊門川のこうした態度を目にした俺は啞然とした。




それからも俺は週刊門川について調べ続けた。

SNSを過去まで遡り門川砲に対して人々がどんな反応をしたかを見ると共に、門川の有料の記事も買って読んでみた。


(気持ち悪いな……)


記事を読めば読むほど、ヤツらの尊大な態度が見えてきて俺は吐き気がした。


(そういえば、あんな事件もあったな!)


2年ほど前に性的暴行疑惑のあった野球選手が日本代表を外れたなんて事件もあった。

野球のワールドカップを1ヶ月後に控えた頃だった。

日本代表に選ばれていた彼は、所属チームでも好調を維持し、代表でも中軸となることを期待されている選手だった。

だがまるでワールドカップの時期に合わせたかのように、性的暴行疑惑が週刊門川によって報じられたのだ。事件があったとされるのはさらに2年も前のことだった。今頃になってその被害者とされる女性が証言を始め、門川に情報を持ち込んだというのが経緯とされている。

彼も報道が出てすぐに代表を辞退させられたし、所属クラブチームでも数ヶ月にわたって謹慎をした。幸いなことに彼は自殺もせず、今ではチームで活躍し代表にも復帰している、というのが救いではある。


もちろん野球選手もプロだしスポンサーもついていることだからイメージも大事だ。性的暴行疑惑なんてものはかなり大きな問題だから、報道が出た時点で慎重を期して彼が外されたのも理解は出来る。

だがこの問題に関しては当初から報道に対する疑惑が出ていた。

被害に遭ったという女性の証言もかなりあやふやで、二転三転していたようだ。そもそも本当に性的暴行に遭ったとしたら、なぜすぐその時に警察に被害を届け出なかったのだろうか? なぜ2年もの時を経て週刊門川などというゴシップ誌にわざわざ持ち込んだのだろうか? 疑念は尽きない。


結局この件は不起訴となり世間的にはシロだったということになっている。

実際は2年前の報道のこの事件を巡って未だに裁判が継続中のようだが。

だが当該の野球選手は甚大な被害を被っている。現役に復帰し今も活躍していることがせめてもの救いだが、日本代表を外され数ヶ月間はクラブでの試合にも出られなかったわけだ。

野球選手の現役でいられる時間というのはそんなに長いものではないだろう。その貴重な数ヶ月間を週刊門川が奪ったのだ。

もし事件が根も葉もないものだとしたらあまりに損害が大きくないだろうか? 数億の賠償金を週刊門川が彼に払ったとしても、彼の失われた現役期間は戻っては来ないのだ。




(ってか、マジで害悪じゃね? なんでこんな存在が許されてるんだ?)


その他の記事も読み進め、それを巡るSNSを見ていると、週刊門川に対する俺の反感は強まるばかりだった。

『門川砲』という言葉の強さに世間はかなり騙されているようだが、実際には裁判を起こされて負けているケースも結構多いようだ。

だがその場合の賠償金はたかだか百万円程度となることがほとんどのようで、週刊門川にしてみれば『門川砲』のインパクトによる売り上げやその他の付随する利益を考えると、その程度の金額は充分にペイ出来てしまうということらしい。



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